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「城丸君事件」の不可解 中編


 
殺人罪で起訴されながらも、一審で無罪を言い渡された工藤加寿子被告。11月27日から始まる控訴審を目前に、前田尚一弁護士がこの事件の“不可解”に迫った。
もし、起訴された犯罪が、有罪なのか、無罪なのか、どっちともいえないという場合には、無罪になる。無罪になるのは、どう考えても“真っ白”だという場合だけではなく、「検察官もガンバッテ結構いいとこまで行ったんだけどねぇ」という“灰色”の場合も含まれる。
弁護人として活動する場合、“真っ白”であることまで頑張らなくとも、“灰色”にまで持っていけば、無罪となるわけだ。そし、無罪である以上、刑事裁判手続において、“真っ白”であろうと、“灰色”であろうと、被告人の立場に違いはない。
城丸君事件の場合、検察官は、工藤被告人を殺人罪で起訴したのだから、殺人罪を犯したとするための必要な要件をすべて証明しなければならない。殺人罪とするためには、人を死に至らせる行為、死の結果のほか、「殺意」、つまり自分の行動によって他人に死の結果が起こると認識していたことが必要とされる。
人を死を招く行為が認められ、その行為によって死の結果が起きていることが認定されても、「殺意」が認定されなければ、殺人罪とすることはできない。暴力を振るって死なせてしまった場合であれ、傷害致死罪となるし、ウッカリしていて人を死に至らせてしまった場合は、過失致死罪、ウッカリの程度が高ければ、重過失致死罪である。また、例えば、交通事故で人を死なせてしまったら、業務上過失致死罪とされる。
しかし、いずれの場合も、「殺意」が認められない以上、刑事裁判において殺人罪とはされない。
殺人罪とすることはできくなくとも、過失致死罪、傷害致死罪等々、別の犯罪として刑罰が科される場合もある。
しかし、城丸君事件の場合、検察官は、殺人罪として起訴しなければ、それより軽い過失致死罪とか、傷害致死罪等々で起訴することはできなかった。これらの犯罪で起訴しても、いずれも時効が完成していることになり、刑罰を科することはできないためだ(その場合は、「免訴」という判決が言い渡される)。
札幌地裁は、「殺意」を検察官が証拠で証明していないと判断した。そして、検察官が工藤被告人を殺人罪として起訴しているにもかかわらず、その要件が1つ足りないから無罪とした。刑事裁判、理屈で見る限り、城丸君事件の場合も、ただそれだけのことである。
ところで、地裁判決について、弁護側は、「疑わしきは被告人の利益に」という刑事裁判の鉄則に忠実な判断であると評価する一方、事実認定について疑問が残るとしている。「重大な犯罪」となぜ言及したのか、まるで有罪判決のようだ、と評した識者もいる。
というのは、“真っ白”であって、“灰色”であっても、“黒”ではないと判断されたのだから、刑事事件の結論として、無罪として同じ扱いを受ける。だから、敢えて、「殺意」以外の要件が認定できることを、断定する必要はない、と考えるからである。
“灰色”と判断するのは、余計なお世話であるばかりか、裁判所は、人様(ひとさま)の人生に関わることを国家権力を盾に独自に決定する訳で、そのために与えられているのは、“黒”か“黒でないか”を決める権限だけである。それ以上に、“白”か“白でないか”を判断し、人様の人生を左右する判断をする権限までは与えていない、ということになろう。
つまり、裁判官の単なる“述懐めいた感想”によって、場合によっては刑罰を科されるのに匹敵するような不利益を負うことさえある、という考え方を基礎とするものであろう。<以下、後編>







関連サイト

前田尚一法律事務所
http://www.smaedalaw.com/






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