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ピースウィンズスタッフ林直光 アフガン支援帰還報告 第5回


 
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| 雑貨屋。化粧品、下着、石鹸、鏡、釘、金槌…何でもそろう |
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職業NGO。
アフガニスタンで本格的な支援活動を始めたPWJだが、スタッフはどういう生活をしているのか、ここで紹介してみよう。
まずカブールに入った私たちは、大きめの民家を借り上げ、オフィスをオープン。ここは自分たちの宿泊所も兼ねるため、机や椅子、事務用品、パソコンの他、衛星放送を見るためのテレビ、ジェネレーター(発電機)、ストーブ、ベッド、毛布、カーテン、食器等々、生活に必要なものは全てそろえる。これらは今回全て現地調達することができた。そして持ち込んだ衛星電話を設置。なかなか近代的?なオフィスに満足。
住環境を整えることは長期のプロジェクトを行う上では欠かせない。自分たちも難民のような生活では、まともな仕事はできないのだ。
そしてコック、ドライバー、守衛、プロジェクト担当といったローカルスタッフを雇用。
紅茶とナン、バター、蜂蜜などで軽い朝食をとり、8時から仕事。日中は、UNHCR(国連高等難民弁務官事務所)、WFP(世界食糧計画)、UNICEF(国連児童基金)、UNDP(国連開発計画)などの国連機関との折衝や各国NGOとの調整会議、被災地や難民キャンプの現地調査、物資調達や輸送のための地元業者との交渉、支援計画の立案や報告書の作成等々多忙を極める。仕事は5時で終了。
昼食と夕食はコックが用意してくれるが、気が向けば市場で食材を買ってきて夕食を自炊することもある。これが結構気分転換になって良いのだ。ちなみに、カブールでキッコーマン醤油を見つけたときは、「NGOをやってて本当に良かった」などと冗談を言い合ったが、それほど嬉しかったのは事実だ。
夜は外出禁止令が出ているため出歩くこともできず、皆で話をしたり、日本から持って行った本や雑誌を読み返したりして過ごす。結局、普段全く読まない記事や広告ページなど、隅々まで読んでしまうことになるのだが、これは他のスタッフも同じなのだった。
ところで国連や他のNGOでは、イスラム圏のため困難な酒の入手に多大なエネルギーを費やすスタッフもいるようだが、なぜかPWJには酒が無くて騒ぐ人はいない。私も全く飲まないので、何も困らない。
その後、サリプルでは日本人は私一人。夜はローカルスタッフたちとお茶を飲みながらトランプや雑談をして過ごす。他に楽しみと言っても特にない、というのが正直なところ。唯一、たまに衛星電話で友人と話すことが、私にとってのストレス解消になっていた。
まあ私に限らず、仲間たちはこの様な土地に派遣され、仕事をすること自体に、何らかの喜びや楽しみを見いだしていることは確かなようだ。
こうしてスタッフは、数ヶ月から1年で海外のプロジェクトの現場を移動して行く。
最後に、気になるスタッフの給料を公開しよう。今回のアフガン派遣で、私の月給は手取りで約25万円。これには危険手当3万円が含まれている。年齢や、クルド、コソボ、東チモールでの経験などが考慮されているせいか、PWJの中では高給の部類。同行した24歳の新人女性スタッフは16万円だった。
私たちPWJは、紛争地や災害現場での支援活動を仕事として行う『職業NGO』のひとつであるが、これが日本では概念として定着しておらず、ボランティア団体と混同される場合が多い。このため、「ボランティアが金をもらって良いのか」と言われることもしばしば。職業としてみれば、この金額は決して高いものではないと思うのだが。
アフガン支援は今後10年以上続けられる見込みである。私もまた現地へ飛ぶことになるのかもしれない。
■林直光■ 札幌在住。絶滅の恐れがあるニホンザリガニから、アラブ諸国で発生するクルド難民までをファインダーに収めるフォトジャーナリスト。国会で話題が沸騰した非政府組織(NGO)「ピースウィンズ・ジャパン」の非常勤職員として、アフガニスタンでの難民支援活動にも従事した。







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| タリバンが去って小鳥も飼えるようになった。カナリアが人気 |
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