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「ちゅぎは大通」


 
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| 昨年は華々しく第6回「障害者インターナショナル世界会議札幌大会」が行われたが…。 |
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前回、予告した「命について」のテーマを急遽変更させていただく。「でっかく出たのはいいけど、壮大なテーマが書けねえな」(塾生が罵倒)。
今回は「ちゅぎは大通」について語らせてもらう。「ちゅぎは大通」とは、「次は大通」のことである。
広く全国で鍛錬に励む塾生同様、「東直哉の男塾」の読者も津々浦々かと思われる。少し解説が必要だろう。ご存知の方には少し我慢していただきたい。
大通とは先ごろ幕を閉じた「さっぽろ雪まつり」の会場として知られる大通のことだ。ここは札幌市内を走る3本の地下鉄の乗り継ぎ駅でもある。
俺はざっと2年前から地下鉄通勤をしている。「老化防止でっか」とまたまた塾生からのヤジ。俺は朝、「新さっぽろ」駅発「宮の沢」行の東西線に乗り、「大通」駅で降りる。
元来、いい加減なせいか、午前9時の出勤時間に間に合わないこともしばしばだが、遅刻確実な8時50分頃の地下鉄に乗ると、嫌な光景に遭遇することがある。
俺が乗車してから10分ほどすると、知的障害者が乗ってくるのだ。年齢は10代にも見えるし、30代にも映る。つまり年齢は不詳。俺は大体、最後尾の車両に乗るが、その青年?が吊り革につかまっている俺の横に立つことがある。
青年は、俺の首ほど。恐らく身長は1メートル55ぐらいだが、頑健なタイプ。吊り革にはつかまらず、仁王立ち。そして、右手をマイクに見立て、車掌ヨロシク「ちゅぎは東札幌。降りぎゅちは右側に変わります」といった具合に、駅ごとにアナウンスをはじめるのだ。
この間、地下鉄が揺れても、青年?は微動だにせず、アナウンスを続ける。男らしい奴!…と関心しながらほかの乗客の様子を見てみると、これが非常に不快なのだ。
「静かにしろ」と注意する人間もいなければ、面白がって「クスクス」笑う人間もいない。はっきり言えば、無視だ。青年の前に座っているOLも、会社でエラソーにしてそうな課長サンとおぼしきオヤジも、ただうつむいているか、あたかも青年が透明人間でもあるかのように存在を透かして、背後の壁を見ているかのように振舞うのだ。
世の中は何かといえば、「人権」(擁護)だが、やはり「本音」と「建前」は別。「ちゅぎは大通」のアナウンスなど聞こえないかのように、みんながみんなシラ―ッとしている。
俺もガキのころは、同じクラスの知的障害者を随分とからかった。しかし、いまこそ思う。存在そのものを「無視」することも、恥ずべき行為でないか、と。
大通駅に到着すると、乗客の中にはこの青年と接触するのが嫌らしく、わざわざ離れたドアから地下鉄を降りる奴が何人もいた。
朝から不快な気分になった俺は青年に「マネがうまいな」と声をかけてみた。一瞬、笑ったような、うなずいたような気もしたが、小さな青年の姿は人ごみのエスカレーターの中に瞬く間に消えた。
「次は命だぞッ」と塾生の叫び。 










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