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after Saddam〜イラク渡航記 第三章


06月05日(木) 20時45分
文:東  



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ボランティアで施設を管理するバグダッドの学生ら
 サダム独裁下で長らく続いた戦争。

 イラクはサダムフセインが大統領に就任した翌年の1980年から88年まで隣国・イランと戦争を続けた。さらに90年8月クウェートに侵攻。91年1月、アメリカを中心とする多国籍軍がイラクを空爆、湾岸戦争が勃発した。

 そして今年3月20日、米英軍がイラク攻撃を開始。ブッシュが戦闘の終結宣言をしたのは、44日後、5月1日のことだった。

 このようにイラク国民はフセインによる独裁の下、実に23年に及ぶ大半を戦争と国連による経済制裁に苦しめられた。

 5月23日、私は、フリーランス・ライターの吉田由紀子、北京留学中の田中奈美の3人でバクダッドの住宅地・アーメリーヤ地区に向かった。ここには戦争で被害を受けながら、当時の状況のまま保存される数少ない防空壕「アーメリーヤ・シェルター」がある。

 1991年2月13日午前4時(現地時間)、ここを多国籍軍がミサイル攻撃した。1発目は厚さ5メートルとされるシェルターの屋根を破壊、2発目は屋根の穴から内部に飛び込んだ。イラン・イラク戦争の最中に造られたこの民間施設には攻撃時、486人の市民が非難していたが、爆撃で472人が死亡。生存者はわずかに14人だった。

 現在も「アーメリーヤ・シェルター」には、亡くなった市民の顔写真と爆撃後の凄惨な様子を物語る写真が展示されている。このシェルターは、学生らがボランティアで管理している。

 懇切丁寧な説明を受けた我々は、ほんの気持ちと1ドル札を手渡したが、学生たちは最後まで受け取らなかった。(敬称略)






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結婚を控えて爆死した女性。遺影と一緒にウエディングドレスが展示されていた


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戦死者たちの墓


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犠牲者たち


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ミサイルで破壊された屋根は、鉄筋が剥き出しのまま保存されている


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爆死した子どもの写真


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花束と一緒に置かれていた「イラクよ、生きろ」のポスター


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壁にはミサイル攻撃による高熱で死んだ幼児の影が刻まれていた






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