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after Saddam〜イラク渡航記 第六章


06月13日(金) 20時05分
文:東  



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トルコ系イラン人の運転手と私
 バグダッド市民は、大の日本人好きだった。

 私が渡航前から持ち得ていたイラクに関する予備知識は極めて少なかった。

 それでも、すぐさま脳裏に浮かんだ言葉があった。イラク渡航歴10回、札幌在住フォトジャーナリスト・林直光の次なる一言だった。

 「イラクの人々は親切で心優しい。特に日本人に対して親近感を抱いている。世界でも最も人が良いのではないか。第二次世界大戦で日本は原爆を投下されて負けた。しかし、米英の列強と臆せず戦ったこと、そしていち早く経済復興を成し遂げことが高く評価されている。イラク国民は車やテレビに限らず、ボールペンまで日本製のものを使っており、日本の工業技術とそれを生み出した日本人には尊敬の念すら抱いている」
 それでも、英米によるイラク攻撃を日本が支持した事実がある。これを期にイラクの人々の日本人に対する「思い」が急速に悪化したとしても、不思議はない。

 日本人に対する憎悪の念は芽生えはじめたのか――。それを確かめるチャンスはいくつもあった。私自ら確かめたことも少なくなかったが、むしろ、イラクの人々から気軽に声を掛けられたことで、「思い」に変わりがないことを確信することができた。

 5月25日、我々9人は「まだ危険」だと言う現地ガイドの忠告に反して、バグダッド中央駅に向かった。ブッシュの戦闘終結宣言後、運行を再開した列車に乗るためである。

 日本ではおよそ考えられないことだが、列車は毎週金曜日、ただの1本も動かずに全休する。イラクは産油国だけにどうやら「国民の足」は自動車らしく、列車の利用者は限られているようだ。実際、1日の運行本数は数本だった。

 それでも運賃はことのほか安い。バグダッドから約150キロの目的地バビロンまで1,000イラク・ディナール。この料金は330ミリリットルのペプシと同じ。日本円にすればわずかに120円である。

 繰り返しになるが、私は9人の中でただ一人、英語を話すことができない。現地の人とは、ごくわずかな単語の羅列と身振りしか、意思の伝達手段がない。イラクの人々の多くは英語を話せるにもかかわらずだ。そこでふと思い付いた。ディーゼル機関車のはしごを登り、運転手に「ロコモ―ティブ、OK」と嘆願、いきなりドシリと運転席に乗ってみた。

 「一緒に運転席に乗って、バビロンまで連れて行ってほしい」などと英語で話せるわけもなかったが、意外にも運転手から返ってきたのは、「ジャパニーズ?グッド、OK」の言葉と力強い握手だった。

 ところが、発車時刻の午前8時を経過しても、列車が動き出す気配は一向に見受けられない。仕方がなく、コンパートメントに移ると、窓ガラスは銃弾で割れ、座席もボロボロ。それでも車両は、生まれたての赤ん坊を連れた母親や中高年の男女で満席状態だった。

 午前8時30分。何と、ホームにタンクローリーが出現、列車に軽油を給油しているではないか。給油作業が終了した午前9時、「ようやく発車」と思いきや、今度は肝心要のディーゼル機関車の姿がない。

 ホームで新聞を売る少年と話しをすること15分、ようやく機関車が再登場。汎アラブ紙を抱えた少年は、私に「ミスター早く乗れ」(という意味らしい)と何度も催促。

 私が機関車に乗った途端、列車が動き出した。駅を出発したのは2時間遅れの午前10時。

 運転手見習いとおぼしき青年は、私が乗車して椅子が足りなくなったため、椅子を運んできてくれた。運転室には4人のイラク人が所狭しと乗っていたが、制服姿はわずかに1人。

 同じく、運転席に乗せてもらった英語の堪能な田中奈美によれば、ほかの3人は「途中で交代する運転手と運転手志望の14歳の息子、そして助手」なのだそうだ。

 自分の息子を運転席に同乗させるなど職権乱用だが、ずうずうしくも乗せてもらった私が思うべきことではない。フセイン政権崩壊による無政府状態がなした業なのか、はたまたこれがイラク人気質か。

 ともかく発車後、列車が「国民の足」となり得ない理由が分かった。とにかく遅いのだ。中でもバグダッド市街の運行速度は20キロ。日本のように踏み切りもなければ、高架もない。市内を走っている間は、邪魔な車を蹴散らすため、常時、警笛を鳴らしている。その上、線路の周りはゴミだらけ。最高速も80キロ。バビロンまでの道中には、破壊されたイラク軍戦車はもちろん、空爆された列車の残骸もあった。

 ようやく郊外に達した時、列車の左側にガラクタの山と屈強そうな数人の男の姿が見えた。トルコ系イラク人の運転手はそこを指差し、「アリババ!、アリババ!」と怒りのあまり絶叫。各地で略奪を繰り返す、盗人であることは私にも分かった。

 その横で田中は、“第2運転手”とノート広げ、親しげな会話に花を咲かせていた。ノートに目を凝らすと、“第2運転手”が目的地までの駅、ざっと30以上の名前をノートに列挙している。どうやら田中の美貌にゾッコンの様子。

 林の「イラクの人々は日本人に親近感を抱いている」なる言説は確かにその通りだったが、現地の男性はヤマトナデシコにこそ、ゾッコンになるようだ。

 トルコ系のイラン人運転手は英語をほとんど話せなかったが、自分の妻が交通事故で亡くなったことまで教えてくれた。“第2運転手”の息子は湯を沸かし、私たちにアツアツの「シャイ」(紅茶)を飲ませてくれた。

 サッカー好きの息子は、私が持っていた大きなリュックに着替えが入っていたと思ったのか、私が着ていたイタリア・セリエA「ユベントス」のTシャツを欲しいとせがんだ。残念ながら着替えの持ち合わせがなかった私は、バビロンに停車した時、余分に持っていた「マルボロ」を未成年の息子に渡してしまった。

 「無政府状態なわけだし、喜んでくれたから、まぁいいか」(敬称略)

 






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空爆された列車


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車と列車の交差地点に踏み切りはなく、人1人が車を制止するだけ


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線路周辺はゴミの山


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バグダッド市内は市電のように低速で走る


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出発時刻を過ぎたにもかかわらず、タンクローリーが給油


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ホームで汎アラブ紙を売っていた少年


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窓拭きは“助手”の任務。列車は中国・大連製


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午前8時のバグダッド中央駅






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