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after Saddam〜イラク渡航記 第七章


 
わずか12畳ほどの家にクルド人一家が16人。
第六章でお伝えしたように我々9人は、バグダッド中央駅からバビロンに向かったが、目的だった遺跡は米軍管理下で目にすることができなかった。
ところが、これで意気消沈するメンバーなどいなかった。9人はそれぞれ、イラク渡航を職場や家族の反対を押し切り、あるいは反対されることなどないような鉄砲玉ごとき面々ばかりであったためだ。そのため、第七章にしてなお、このシリーズはまだまだ続く。
日本のマス・メディアに携わる決して少なくない人たちは、「日本人はアラブ世界を簡単に理解できない」と言う。
確かに日本からバグダッドまでの直行便などないし、直線距離でも8,000キロ以上ある。宗教や文化、民族の違いなど改めて言うまでもない。その上、現地のガイドも「アラブには本音と建前がある」と、アラブ人が理解し難いことを示唆した。これはイスラム教の厳しい戒律に表向き従順な姿勢を見せる建前と、プライベートでは必ずしもそうはしない本音の部分を根拠とした話だった。
だが「中東」のアラブと「極東」の日本は、距離こそ遠く離れているが、同じアジアである。
私はイラクを訪れる前も、そしてその後も、この国を理解できないと思った。だが、この思いは前段の「日本人はアラブ世界を簡単には理解できない」事とは違った。「自分の国すら大して理解できない者が、よその国など…」という程度の気持ちである。
私はバグダッドの人々に随分親切にしてもらった。例えば、バスに乗っている時には、横の車の運転手が窓から手を伸ばし、冷えたビールを渡してくれた。バクダッドの人々の平均収入は、月に5、60ドルだそうだが、ビールは2ドルもする。万一、このビールが盗品だったとしても、そうそう他人に無償で差し出すことなどないのではなかろうか。
イラクでは公共の場における飲酒が禁じられている。しかし、私は飲酒運転という行為が前出ガイドの指摘した「本音」と「建前」に当てはまるとは思えなかった。飲酒運転などどこの国にもあるし、単純に日本人の姿を見て舞い上がっただけに思えたためだ。さらに言えば、「イラクは西側が報じているほど、サイテ―の国ではないぞ」と教えたかったようにも見えた。
度々、現地の“白タク”に乗った際には、運転手がたばこをくれる。しかも、1度だけではない。自分が吸う時に必ずくれるのだ。もちろん、心根がいいことは間違いないが、自分一人でたばこを吸ってもマズイと、誘っているかのようだ。
私の推測に過ぎないが、イラク国民はイラク・イラン戦争から湾岸戦争を経て、今回の戦闘終結宣言後も、サダム・フセインの独裁や経済制裁、米軍の駐留などに抑制されてきたため、多くの日本人のハートであれば、到底、揺るがしようのない些細な喜びを感じ取ることのできるセンサーが体内のどこかに埋め込まれているのではないか、と思われた。
イラク国民にこのようなセンサーは本当に埋め込まれているのか――私は米軍のピンポイント攻撃で破壊された劇場に程近い民家に“突撃”した。
門の前でサッカーボールを蹴って遊んでいた少年が珍しい日本人の姿を見てざわめいたせいか、家中で暑さをしのいでいた家長とおぼしき男性が路上に姿を現した。すかさず、私は「家の中に入らせてほしい」と頼み込んだ。一瞬、男性は躊躇した。
再度、拝み倒し家の中に入れてもらうとすぐにその理由が分かった。
貧しい人々が多いバグダッドの中でも、その家は格別だった。ろくな家電製品もないわずか12畳ほどの住居に一家16人が暮らしていたのである。これでは家に入れるのをためらっても無理はない。
しかし、一家が我々を歓迎してくれたことは明らかだった。家長によれば、一家はクルド人で略奪によって住んでた家を破壊されたという。これが新居というわけで、入り口にはまだ完成していないれんが造りの門となるはずの小さな工事現場があった。
「ピクチャー、OK」と写真を撮る真似をすると、家長はすぐに家族を集めてくれた。一緒にこのクルド人一家を訪問したフリーランス・ライターの吉田由紀子がビデオを回すと不思議そうにしていた子どもたちだったが、吉田が再生した画像を見せると、まるで新居に自分の個室ができたかでもあるかのように喜んだ。
何度もビデオを再生する横で、家長は私を隣の家に連れて行ってくれた。塀で閉ざされたその家の庭には、ミサイル攻撃で屍となった戦車があった。
私は突然の訪問の礼にと思い、日本の「100円ショップ」で買ったノートとクレヨンを子どもたちに渡したが、子どもたちはもちろんのこと、家長は感激のあまり、しばらく私の手を離してくれなかった。
恐らく英語を話すことのできない家長は「家があるだけましさ」と伝えたに違いあるまい。(敬称略)







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| 子どもたちにとって、ビデオカメラは信じられないほど不思議なものだった |
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