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検証 「恵庭OL殺人事件」第30回 犯行時刻、現場にはデリカらしき車が停まっていた


 
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| 遺体発見現場に停まっていた旧式の三菱デリカ(写真の車は事件に関係ありません) |
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殺害推定時刻、現場付近での目撃証言。
第30回は、02年7月17日に行われた第39回公判に出廷した証人に改めて聞いた「目撃情報」を報じる。
シリーズ第29回で●●●●と記載したこの証人は、第39回公判で証言した際、札幌地裁の判断により、三方を間仕切られたため、傍聴席からその姿を見ることができなかった。
しかし、証人の顔は、被告人席の大越美奈子被告からは見ることができた。そのため、裁判所は証人の素姓が明らかになることで、真犯人に危害を加えられることを危惧したための措置とも観測された。
それでも、大越被告が1審の札幌地裁で懲役16年を言い渡されたことは、周知のとおりである。
ともかく、この稿ではこの人物の氏名並びに住所を推測できるような記載はせず、前回同様、●●●●と記す。
以下、●●●●の回想。
私は2000年3月16日午後11時5分頃(被害者の橋向香さんが殺害されたと推測される時刻)、遺体発見現場付近に停まっていた2台の車を見ました。車はボンゴ車タイプと軽自動車で、2台とも運転席は遺体発見現場の方を向いていました。
私は娘をJRの駅に迎えに行くため、車で家を出ましたが、前方に2台の車が停車しているため、こんな夜中に気味悪いなと思いました。駅に行くため、私は右折しましたが、2台は右折する直前、私の車の約10メートル手前に停車していたのです。
私がハイビームをつけていたせいか、私の前方に止まっていたボンゴタイプの車は、ブレキーランプを点灯させました。軽自動車は、その前方、つまり遺体発見現場側に停まっていました。この日は夜10時ころにも外に出たので、暖かく天気が良く、明るかったことを覚えています。
私はそのままやりすごして駅に行き、娘を乗せて戻ってきましたが、帰りの道でも2台を見ました。この時、時刻は11時25分だと思います。2台は私がはじめに通った時よりも、遺体発見近く(筆者の調べでは300メートル付近)に移動していました。
2台の前方(遺体発見現場側)には、ボンゴ車と同じ高さほどの赤い光が灯っており、この時はパトカーのサイレンかと思いました。
翌日、朝10時過ぎ自宅に警察が来るまでは、何か事故があった、としか考えていませんでしたが、刑事の話で事件を知りました。この時、2台の車のことは警察に話しましたし、その後、2台に関する捜査もしていたようなので、(犯人逮捕後)いずれ共犯者も逮捕されると思っていました。
その後、私は証人として法廷でも、見たことを話しましたが、共犯者のことは話題にもならず、危険を犯してまでした私の証言は一体、何だったんだろうという気持ちです。
軽自動車の色は黒か、紺、ボンゴ車は白かベージュだったと記憶しています。
しかしながら、私は車のことに疎く、国産車と外車の区別もつきません。
そのため、私は2台を目撃後、ボンゴ車の車種は何だったのかと、ほかの車とよく見比べるようになりました。ボンゴ車のブレーキランプには特徴があり、あの形をした車はどの車種かと、道行く車に目を凝らして探したのです。
その結果、あの時、目にした車は、ひとつ前の型の三菱デリカだったのではないかと思うに至りました。
「だったのでは」、というのは、ほかの車種でデリカ以外に似た車がないためです。 大越被告が犯人であれば、2台のドライバーは少なくとも20分間にわたり、大越被告が遺体を焼くところを目撃しているはずなのだが…。







関連サイト

シリーズ一括読み
http://www.bnn-s.com/news/series_cd13.html






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