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北大・櫻井義秀助教授が語る「北の新宗教」中編


02月17日(火) 12時00分
文:東  



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櫻井義秀氏
 「宗教は堂々と価値を正攻法で語ればよい」

 宗教社会学を専攻する北海道大学大学院の櫻井義秀助教授に聞く、「北の新宗教」2回目。

 ――多くの新宗教にとっては、新たな信者を獲得するよりも現状維持というのが実状か。

 櫻井 現状維持ができれば、かなりよい教団だ。大抵の教団は信者の高齢化が進んでいる。

 どこの教団についても総じて言えることだが、おじいさんやおばあさんが、息子や娘、孫に同じ信仰を伝えることに苦労している。仮に伝えたとしても信じてもらえない。宗教に行かなくても病院に行けばいい、あるいはカウンセラーがあるとなってしまう。

 しかし、いろいろな所を回っても問題が解決できない人もいる。そういう人が若くても入信するケースはある。行く先が常識的な新宗教か、あるいはライフスペースのような所かはその人の運としか、言いようがない。伝統教団が生活者のこころの問題をケアしきれていないのが残念だ。

 新宗教は高齢者のクラブ的機能も果たしている。その地域の人たちがかなりの数、教団に入っていれば、地元密着型のコミュニティが形成されるが、信者が減り、地方から集まってくると、そこの場だけのコミュニティとなり、必ずしも生活には密着しなくなる。

 全国的に支部活動を展開する大きな新宗教ではコミュニティ型宗教になりうるが、規模の小さな新宗教では、信仰だけで人を集めることになって、それがまた信者を集める困難さにつながっている。

 ――教祖がお告げや啓示を受けたとして、信者はもとより、それ以外の人に信じてもらうことは難しいはずだが…。

 櫻井 それが難しいことになってしまえば、ほとんどの宗教は、成立の根拠がなくなってしまう。キリスト教も同じだ。

 宗教は大きく解釈すれば物語だ。物語には、物語のリアリティーがある。その部分と事実がどうであったかは、切り離して考えなければならない。

 我々の文化はこの物語に依存している部分が極めて大きい。歴史的な史実にどのような価値を与えているか、それによって意味ある記憶が可能になる。だから、一見事実無根のように現代人や一般の人に思える宗教的な物語でも、当時の人々や信者に人には十分なリアリティをもっているものもあるのだ。

 どこの宗教も、立教伝があり、そこの発端には神や仏といった超自然的存在からのお告げを含んだ物語がある。それは必ずしも教祖が語ったとは限らず、後から信者が伝承をつくり上げるという例はいくらでもある。物語は信者に信じられることで事実的なものになる。

 ――物語に関して言えば、キリスト教信者の中には科学者もいる。科学者は人間がサルから進化した動物であることを理解しながらも、信者としては、人間は神が創造したと信じている。この矛盾は。

 櫻井 人間がサルから進化した生き物であっても、「神がこの世を作った」「イエスが人間の原罪すべてを背負って死んでくれた」ことを信じるのが信仰だ。だから信者の中には、科学的な部分と信仰は別々にある。

 ――信者の中で矛盾はないということか。

 櫻井 矛盾は信者の価値観として正反対のものがあれば生じる。信仰の中で個人の生き方や社会生活の指針が出る。しかし、自然科学的な認識は価値の領域にはめったに入り込まないから、個人の生き方は社会のあり方を論じる際に、分けて考える人も多いと思う。もっとも、こういう発想は、かなり近代的な世界観だが。

 キリスト教の信仰にもかなりの幅があり、神学者で牧師の資格を持つ人でも、「イエスを信じる」しかし「実体的天国の存在は信じない」という人がいる。

 あるいは仏教徒であっても、「極楽や地獄は人間が考えたものであって、そんなものはない」と否定する人もいる。

 物語にはいろいろと付加された部分があり、そういう部分は信用しない、エッセンスの部分だけしか信じないという信仰の形もあり、いろいろな形態があって、簡単には言えないところもある。宗教というのは、人間の実存や社会認識を含んだ伝統的価値観、現代的世界認識であって、宗教心がないことを他の国でいうと、何をするか分からない怖い人間と思われることすらある。

 日本には宗教への忌避感やアレルギーがある。昨今、こころの問題などが教育行政、マスコミ、心理療法関連で論じられるようになったが、価値中立、科学的という体裁のもとに特定の価値観を注入しようとする動きにも見て取れる。人間や社会について悩み、考えようとしている人に、価値観の問題を抜きにしてアドバイスやカウンセリングなどできるわけがない。

 だから、その人のためにということで行政的、学問的、福祉的体裁で支援するといった場合、政策立案者や臨床家の個人的価値観でやってしまうのである。そのくらいであれば、むしろ、旗幟鮮明な宗教こそ、特定の価値観に基づいて、人間や社会について語り、世の中の問題についてこうしたらどうだとはっきり言ってくれた方が、価値観を選択する側の方としてはかえって安心である。宗教は堂々と価値を正攻法で語ればよいのである。へたな信者集めや資金集めに小細工をろうする教団にろくなところはない。

■櫻井 義秀(さくらい よしひで)氏 1961年4月、山形県上山市生まれの42歳。84年、北海道大学文学部哲学科卒業。87年3月北大大学院文学研究科博士課程中退。北星学園女子短期大学家政学科専任講師、北大文学部講師を経て、96年から同大大学院助教授。専攻は宗教社会学。







関連サイト

櫻井義秀氏HP
http://www.hucc.hokudai.ac.jp/~n16260/

シリーズ一括読み
http://www.bnn-s.com/news/series_cd66.html






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