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「高みの見物」――存続するアーレフに対する“寛容”という名の放任


 
一連の事件は教祖の野望か、宗教犯罪か。
宗教社会学を専攻する北海道大学大学院・櫻井義秀助教授の寄稿。
1審東京地裁は、オウムによる一連の殺戮事件の深淵を宗教ではなく、被告個人の「空想虚言」と「自己を提示し人を支配しようとする欲望」と断定した。そこに欠けていた「社会全体での総括」とは…。
判決は妥当なものと思われる。もちろん、大方のメディアの反応にあったように不満が残るものであったことも確かである。警察庁長官への狙撃、村井秀夫元幹部の刺殺等の国内の事件、及び、オウムがロシアで信者を激増させ、武器や化学薬品等の交渉を行った経緯など、未解明の部分は多い。
また、メディアで語られる理系エリート、有為の若者がなぜという紋切り型の疑問にも、教団独特の教化方法、支配―服従の関係をもたらした宗教的な構造にも判決は十分に切り込んではいない。しかし、この裁判が教団犯罪を裁くという目的にあった以上、教祖の有罪判決は、現在も麻原彰晃教祖(開祖)を崇拝する教団に社会的責任をいっそう迫るものだ。
松本智津夫被告、教団の組織的犯罪に対して最高裁の最終的審判が下るまでさらに数年を要するだろうが、この段階で教団は活動を総括してもらいたい。
さて、この判決の特徴は、オウム犯罪の「淵源」は松本被告個人の「空想虚言」と「自己を提示し人を支配しようとする欲望」と断定し、「宗教団体の装いを隠れみのとして都合のよいようにねじ曲げた宗教の解釈で犯行を正当化しつつ更に凶悪化させていった」という判断にあった。つまり、宗教的情熱・信念体系から一連の凶悪な事件が生まれたわけではない。個人の野心、恣意によるというわけだ。宗教犯罪ではないという仮定が2つの問題を生むことになる。
第一に、松本被告の弟子達、実行犯が最後の一線を越えたのも、互いの利得、野心を満足させるための共犯関係に由来するもので、グルイズムという権威主義的隷従の構造がもたらしたものではないという判断を導き出す。彼等が洗脳された、マインド・コントロールされたという説明は採用されない。自らの自由意志で行った犯行に対して責任を取らすことが可能という論理である。
刑事事件の審判という特徴から犯行者の過失、責任能力を強調する必要があるのだろうが、自己の覚醒と世界救済のためにサリンをまいたという心理の説明としては不十分なものだろう。彼等を踏み込ませる強烈な動機付け、情念が、オウムの教義、修行方法、グルと弟子の社会関係から生み出されたものと考える必要があるのではないか。このように考えないと次の問題が解決できない。
第二に、「極限ともいうべき非難に値する」犯行をなした首謀者と共犯者を断罪すれば、現存する教団組織に問題はないと言えるのかということである。道義的責任を謝罪として表明し、被害者への弁済を独自の事業収益から少しなりとも返済しているアーレフに、もはや危険行為・違法行為の蓋然性はないとみなせるのか。
彼等の集団居住を頑なに拒み続ける地域社会の方が信教の自由や人権への配慮がないといえるのか。或いは、オウム的なるものを排除するという社会の風潮は寛容さを失った日本の姿なのか。
こうした一見リベラルな物言いは所詮、高みの見物でしかない。アーレフが隣組になり、布教活動も行うとしたら、それを認めるのか。自分の関係者、家族、友人、若い学生等々が入信したとしたら、脱会を促さないのか。信教の自由、自己決定を尊重するのか。
私は、このような教団に対しては寛容という名の放任ではなく、現役信者が集団生活をやめて各々の居場所を作り出すよう促す方策を社会全体で考え出す形での総括が必要だと考えている。そのための智恵をマスメディアに期待していたが、オウム報道ではほとんど見受けられなかった。 ■櫻井 義秀(さくらい よしひで)氏 1961年4月、山形県上山市生まれの42歳。84年、北海道大学文学部哲学科卒業。87年3月北大大学院文学研究科博士課程中退。北星学園女子短期大学家政学科専任講師、北大文学部講師を経て、96年から同大大学院助教授。専攻は宗教社会学。







関連サイト

櫻井義秀氏HP
http://www.hucc.hokudai.ac.jp/~n16260/

シリーズ一括読み
http://www.bnn-s.com/news/series_cd135.html






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