|
裏金づくりを証言!原田宏二元釧路方面本部長が明かす道警の腐敗体質 中編


 
「警察本部長が毅然たる態度を取れないことは非常に寂しい」
自身の体験をもとに道議会総務委員会で道警裏金問題の実態を証言した原田宏二元道警釧路方面本部長。
以下、原田氏のインタビュー中編。
――原田さん自身が1カ月に使っていた裏金の金額は。
原田 私もきちんと管理していたわけではないのでわからないが、(1カ月に)署長時代で5万前後、部長や本部長時代で7、8万前後くらいではないか、これは本当に分かりません。議会で私は、私に渡していた人に聞いてもらえないかって言ったくらいです。その人が10万渡してたと言えば10万だと思いますよ。
そのほか、マスコミの人との付き合いも随分ありました。サツ回りをしていないと分からないかもしれないが、取材時間が夜だったらちょっと酒を飲みに行こうかとか、自宅に何もない時は近所のスナック行こうかとかあります。
最初に言ったように、もし私がこんなことになるのを承知していて、そこのところ主張しようと思っていたならば、意図的にきちんと自分で管理していた。いまになって考えれば、自分で帳簿を作って、これは別の金ですよと。公的な交際として管理していたときちんと説明できるようにしておくべきだったと思う。
しかし、そうしたことはやっておらず、私がいま言ったことは弁解になってしまいます。決して当然のことのように受け取って、正規の交際費がもらえなかったからって、当たり前だって、言っているわけではありません。
――堀道政時代に官官接待が問題になった。この時、なぜか道警は問題視されなかった。
原田 表立ってはね。私はあの問題が出た時には退職していました。確か平成7年の秋でしょう。たまたま道警を退職し、ある会社に務めていました。その会社には道のOBの人たちが何人かいたのですが、その人たちは辞めてからも額こそ分かりませんがお金を返済していました。その人たちとよく酒を飲んだりする機会があり、その人たちはよく(裏金のことを)言っていました。道の人たちも道警も同じだって。これはもう公然の秘密ですよ。
私が警察はやってませんよと言ったって通用しない。やってましたとは言わないけど否定もしない。その人たちは「警察は組織がしっかりしてるから(公にならず)いいですよね」と言ってました。
国費は何年かに1回、2年に1回ほどペースで国の会計検査を受ける。これはかなり時間を費やして準備する。つまり道の監査に比べたら非常に厳しい監査だと警察では受け取っていた。
警察庁の監査があるとなれば、地方方面本部にいた場合は、道警本部の方から何回も確認したり書類を全部チェックし、非常に周到に準備していました。警察の場合は、道の監査と国の監査がある。ですから監査としては非常にしっかりしていたわけです。しかもそこに捜査の秘密がある。だから漏れにくい、システムが崩れにくいわけです。そういうことであの時点で表立ったことにならなかったのではないか、と私は想像しています。
――「月刊現代」6月号には、原田さんの「裏金作り懺悔録 警察官生活38年の膿を吐き出す」と題する手記が掲載されている。この中に「弟子屈署と北見方面本部については、秘密中の秘密と言われる警備・公安関係の予算です。ここにメスが入ることになれば、強固なシステムも解体せざるを得ないかもしれません」との記述がある。これは具体的にどういうことか。
原田 警備・公安警察と書いてありますか、これはほぼ全額国費です。私は警備・公安警察に籍を置いたことは一度もなく、詳しいことは分かりません。
ただ、分かっているのは、あまり外部と接触のないところで、非常に組織的にしっかりしているということです。彼ら(警備・公安警察)の仕事は、さきほど(前編で)言った日本で革命を起こそうとする団体の視察や過激派など、あくまでも暴力的な行為で日本に革命を起こそうとする勢力を取り締まるところで、そういう組織犯罪の情報を得るためのセクションです。
情報を取るためには協力者が必要です。そういう協力者を得たり、協力者から情報を取るという仕事をメインにやっている人が結構いる。この部署には非常に優秀な人が行く。非常に結束が固く、秘密が外に漏れないシステムで仕事をやっている。ところが今回この問題(警備・公安警察)が問われているのが、北見方面本部の警備課です。弟子屈署問題は弟子屈警察署の警備の予算が問題になっている。しかも国費です。旭川中央署の場合は道費が問題になりました。拳銃捜査や覚せい剤捜査の予算は国費です。
ですから私のように内部にいた人間からすれば、道費が問題になっている旭川中央署よりも、国費に関する方が気になるのではないでしょうか。
――“金庫番”と目された斎藤邦雄元弟子屈署次長は裏金づくりの会計書類を暴露した。斎藤さんとは連絡を取っているのか。
原田 たまにメールのやり取りをしています。私はあの人があんなことするなんて思っていませんでした。誰も信用しないが、彼と事前に打ち合わせたことは全くありませんでした。仕事で直接一緒になったことはなく、10年一緒に走った自転車仲間です。彼が警察を53歳で辞める時も、彼と自転車で走った。彼は一言も私に言わないで辞めました。
――斎藤さんは最後に原田さんと自転車に乗った時は既に辞める覚悟だったのか。
原田 多分そう考えてたのではないか。私に言ったのは、辞職願い出してからのことです。
新聞を見た時はすぐに彼(斎藤氏)だとわかりました。弟子屈でこんなことを言ったのなら彼しかいないなと思いました。その日の朝7時前に彼から電話が来て「私ですから」って言ってました。「聞かなくても分かっているから」と言いました。間もなく、彼は「道警から会いたい」と言われたと私に相談した。
私は「会う必要はない」と言いました。私は彼に市川弁護士のところに2人で行こうと言い、初めて連れて行ったんです。道警が(私と斎藤さんが)2人が示しあわせてやったと思ったらしいですけども、私がいま話したことが事実です。
――示し合わせたという話は、どこから原田さんの耳に入ったのか。
原田 みんな教えてくれます、内部で何を言っているか。議会でも言いましたが、私が「何も知らなかった」と言っても、道警の人は誰も信用してないんだと聞きました。
――それは芦刈勝治道警本部長もですか
原田 そこまで知りませんよ。
――道議会総務委員会で答弁した佐々木友善総務課長も同様か。
原田 じゃないのかな。何考えてるかは知らないが、彼は昔、私の部下だった。それでも私のことを組織の裏切り者と思っているでしょうから。
――芦刈本部長が最初、のらりくらりと答弁をはぐらかしてきたこと、報償費疑惑の説明や調査に関し誠実さを欠いたことが、道警に対する不信感をより増幅させた一因ではないか。
原田 我々にとって警察本部長というのは、ある意味シンボルみたいなものです。そういう人たちが毅然たる態度を取れないということは非常に寂しいというか、残念に思う。ただ、誠実さを欠いたという単純な話ではなく、結局、彼だって言えないんです。私も内部にいるときは言えなかった。彼はあそこでなんとか支えなければならない立場だったんですよ。
以下、後編。







関連サイト

シリーズ一括読み
http://www.bnn-s.com/news/series_cd143.html






このページのTOPへ




|