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前人未到、七大陸最高峰の単独登頂を目指す札幌国際大学の栗城史多さん


 
エルブルース、モンブランを連続制覇、9月はキリマンジャロに挑戦。
ヨーロッパ、アフリカ、アジア、オーストラリア、南米、北米、南極の七大陸の最高峰を制覇した登山家は「セブンサミッター」と呼ばれ、称賛される。
しかし、七大陸すべての最高峰を単独登頂した例はいまだにないという。その前人未踏の偉業に挑んでいるのが、札幌国際大学4年生の栗城史多(くりき・のぶかず)さんだ。
北海道の今金町生まれ。中学校、高校時代は野球と空手、登山を始めたのは大学1年から。羊蹄山、大雪山系、富士山などを登り、昨年6月、北米最高峰のマッキンリー(標高6,149メートル)の単独登頂に成功。続いて今年1月、南米のアコンカグア(6,960メートル)氷壁登頂を果たした。
栗城さんは「一人では無謀、危険とも見られるが、山と自分が一対一になることができる」とあくまでも単独登頂にこだわっている。
先月23日、空路モスクワ入り、ロシア南西部のヨーロッパ最高峰エルブルース(5,642メートル)とアルプスのモンブラン(4,808メートル)を制覇したばかり。エルブルースに続き、モンブランにも登頂したのは、「ヨーロッパの最高峰はモンブランとする見方もある」ことが理由だった。
5月27日、エルブルースの3,800メートル地点で高所順応を行い、体を慣らして30日午前1時にアタック、山頂には午後零時30分辿り着いた。
「現地ではマカロニとトマトジュースしか買うことができず、栄養不足だった。エルブルースは一見、尾根がなだらかで景観はスキー場のようだった。見た目こそモチベーションの上がらない山だったが、クレバスが多い上に気象条件が厳しく、毎年死者も出ている。山頂は晴れており、友人から託されたコンサドーレ札幌の旗を手にスタンドを立てて、自分の姿を撮影した」
下山後、モスクワに戻った栗城さんは、ジュネーブを経て、バスでフランスのシャモニーに到着。6月5日、3,500メートル地点にベースキャンプを張った。モンブラン登頂はノーマルルートでなく、タキュル(4,248メートル)、モディ(4,465メートル)の登頂を加えた縦走ルートで挑んだ。
アタック開始は6月8日午前1時。登山中はセラックと呼ばれる氷が頭上に迫り、いつ崩れるか分からない危険な状態だったという。
「モンブランに登っている途中、ヘリコプターがたくさん飛んでいた。下山して分かったことだったが、アタックの2日前に雪崩が起きて11人が負傷していた。モンブランの山頂には、登山者を慰霊するバラの花があった。天気は良かったが、気温はマイナス25度。上にいるのが辛いほどの寒さだった」
モンブラン下山後、マッターホルンを偵察。帰国したのは6月21日。時差ぼけが激しく、中々眠れなかった栗城さんは、25、26の両日行われた大学祭でダンスを取り入れた空手の演舞をプロデュース、自身もステージに上がった。
エルブルース、モンブランの単独登頂を終えて実感したのは、体力や登山スピードはもちろん、疲労からの回復力が向上したことだった。
9月はアフリカ最高峰のキリマンジャロ(5,895メートル)、12月には南極最高峰のビンソンマシフ(4,897メートル)の単独登頂に挑戦する計画。
「山に登ることと同時に、山を通じて世界の花や食物、文化や慣習を学びたい。オセアニア大陸では、インドネシアのカルテンツピラミッド(4,884メートル)を最高峰とする説とオーストラリアのゴジウスコ(2,230メートル)を最高峰とする見方があるため、来年は両方に登頂したい。そして再来年までにはエベレスト(8,848メートル)に挑戦し、七大陸最高峰の単独登頂を目指す」
すでに大学の単位はほぼ取得済みのため、卒業できるかどうかの心配はないという。身長162センチ、体重61キロ。23歳。
※登頂時の写真はいずれも栗城さんの提供







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| 日本人初のエルブルース単独登頂に成功した栗城史多さん |
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