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駅伝初入賞 森田修一ホクレン女子陸上部監督が語る全国レベルへの布石 前編


 
「せこいオーダーとか、せこいレースをするのではなく、堂々と最初から行くのがチャレンジャーです」
6区間42.195キロメートルの合計タイムを競う全日本実業団対抗女子駅伝が、12月18日、岐阜県の長良川競技場発着コースで行われた。
12度目のチャレンジとなるホクレン女子陸上部は、オンゴリ・フィレス、根城早織、赤羽有紀子、蛯名可菜子、細川好子、佐々木望の6選手が出走。
1区のフィレスは6.6キロを20分6秒の区間新記録で独走。2区の根城も区間賞となる快走で2位との差を35秒に広げた。3区を走るエース・赤羽もデットヒートを演じながらトップを死守した。4区の蛯名は三井住友海上にトップを明渡し、5区の細川は4位に後退、アンカーの佐々木が6位でゴールした。
タイムは2時間16分26秒。ホクレン女子陸上部は、過去最高だった昨年の12位から大きく前進、初の入賞を果たした。
歴史的快挙とされる6位入賞だが、森田修一監督はさらに高いレベルを目指している。神奈川県出身、40歳。専修大学を卒業後、日産自動車入り。1991年の福岡国際マラソンで優勝した。2000年4月の監督就任以降、さまざまなチーム改革を断行、選手の自主性を重んじた指導方針で特筆すべき実績を挙げてきた。
以下、森田監督が語るホクレン女子陸上部の課題と今後の戦略。
――先日の駅伝6位入賞は快挙と言うべき成績ですね。
森田 快挙は快挙かもしれないが、ようやく北海道のチームが全国と肩を並べるくらいの位置まで上り詰めてきたかなと思っています。快挙というよりは、この成績が本来普通であってほしいと願っています。
――当初の目標は入賞(8位以内)ですか。
森田 年頭に8位入賞の目標を掲げていたので、最低限の目標は達成できました。
――ホクレン女子陸上部は、3区までトップを走っていました。
森田 予定通りの展開です。うちはまだ1回も入賞したことのないチームだったので、全国にアピールしなければならないと考えていました。前評判(フィレス、根城、赤羽の3人は“ホクレンの3段ロケット”と呼ばれた)もあったので。
まだディフェンディングチャンピオンでもありませんし、あくまでもチャレンジャーです。せこいオーダーとか、せこいレースをするのではなく、堂々とダメもとで、最初から行くのがチャレンジャーらしさです。
力のある選手を最初に並べ、その貯金で粘ってゴールする作戦でした。細かく言えば、いろいろあるが、前半に関してはほぼ予定通りに行けたかなという感じです。
――考えられていたレース展開ができたということですか。
森田 とりあえず1、2区までは、ほぼ予定通りでした。ただエースの3区・赤羽の体調が良くなかった。何とか首位は守ったが、本来の走りではありませんでした。
本来の走りができれば、もっと後半にもつれていたと思います。それができなかったのは心残りだが、そういう意味ではまだ力がないかなという感じはします。
――3区ではさらに2位との差を広げる作戦だったのですか。
森田 ええ。細かく言えば、1区はもう10秒くらいのプラスアルファがほしかった。2区は風の影響もあるんでしょうが、まずまずかなと思っています。
3区のエース・赤羽は本来であれば、区間賞争いをしてもおかしくない選手です。それを考えると、結果的に1、2区でつくった貯金は、3区が終わった時点でほぼなくなってしまう状態になりました。1、2区でつくった貯金を保ってほしかったというのが正直なところです。
ただそうは言っても生身の体ですから。エースの意地で「首位だけは渡さないぞ」という、あの走りはやはり素晴らしかった。抜きつ抜かれつ意地を見せてくれた点は評価したいと思っています。区間タイムがどうだとか、順位がどうだとかということは抜きにして、やはりエースの走りをあそこで見せてくれたことは、さすがだなとしか言いようがありません。
――昨年の女子駅伝からは大きく順位を上げました。昨年と比較して違った部分は。
森田 やはりレベルアップしています。新人のフィレスが加入したこともありますが、同じく新人で2区の区間賞を取った根城は急成長を遂げました。この2人が十分に力を発揮してくれました。
エースの赤羽と5区の長丁場を走った細川は今年十分に力をつけてくれました。この4人がしっかりと安定していたことが、結果を残せた要因だと思っています。
――2000年の監督就任後、選手の待遇、指導方法、トレーニングルームの新設などさまざまな点を改善された。ホクレンとの折衝を含めてその辺りを伺えますか。
森田 どこの会社でもそれほど変わらないと思うが、我々競技人にとっての宣伝広告はかなり大きいと思います。通常のテレビコマーシャルも大切ですが、純粋な競技スポーツの中でのマラソンや駅伝はブームですし、注目度も非常に高い。
そういう意味で企業イメージや選手のやりがいは大きい。高いことは理解していても、そういうレベルにまで達していなければ、注目もされなし、評価もされません。
注目されるようになれば、当然それだけの宣伝効果があるわけです。実力、成績、宣伝ということで見れば、新聞や雑誌などいろいろなものに露出することは、宣伝効果が十分ある。それだけの仕事をしてテレビなどに出られるので、純粋に仕事の質に対する評価はきちんとしなければなりません。
いまのうちの選手はあくまでも選手として契約しています。以前のように事務所で仕事をすることは一切ありません。全国を狙っていくチームが事務の仕事をすることは基本的に難しい。練習をしなければ、強くなりませんから。
選手は朝早く起きて、暑かろうが寒かろうが、雨であろうが雪であろうが、練習をして時間を取られるわけです。
ホクレンに関して言えば、選手が正職員であった時代は、正職員という立場上、正当な評価ができなかったわけです。
ですから、いくら頑張っていようが、逆に悪い言い方をすれば、いい加減にしていようが、給与の面での評価は何ら変わりがありませんでした。何歳だとか、何年目だからとか、そういう処理のされ方しかされませんでした。それではやはり不公平だろうと。
それだけの仕事をしている者に対しては、それだけの評価をしなければなりません。結果的にはフロントもそういった考えの下に現場の主張を受け入れ、いまの体制に落ち着きました。
――現在、選手は嘱託職員として雇用されていますね。
森田 はい。
――正職員の時代に正当な評価がなされなかったと言われたのは、選手としての評価の部分ですか。
森田 選手としては評価できず、あくまでも職員としての評価しかできません。もちろん、その中で査定は当然ありますが、ごくごくわずかです。(メディアに対する)露出度など宣伝に関わる費用や広告料に換算すれば、非常に微々たるものです。選手のやりがいを含めて、安い給与で頑張らせて、選手(生命)が終わる時に「ご苦労さん」とそれだけで終わるのではやりがいはありません。
やはり「ホクレンでやっていて良かった」「ホクレンは私たちが頑張ったからきちんと評価をしてくれるんだ」「思いっきり競技に打ち込める環境なんだ」と言ってもらいたい。
最終的には選手からそう言ってもらって競技をあがってもらいたいし、そういう環境を求めて新しい人材が入ってきてくれればいいなと思っています。そういう魅力的な環境は非常に大事です。
うちのチームは北海道でやっていますが、拠点があくまでも札幌ということで、1年を通して環境の良いところに移動しますから恵まれたチームだと思っています。
以下、中編に続く。
■ホクレン女子陸上部■ 87年創部。道内唯一の女子実業団チーム。森田監督就任後、選手は1日のすべての業務時間を練習に費やす“プロチーム”に変貌した。チームには駅伝を走った6選手のほか、井川真由美、本平知子、牧瀬翼の計9選手が所属。







関連サイト

ホクレン女子陸上部
http://www.hokuren.or.jp/track/index.html






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