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「シュイマセン」


 
先日、札幌市役所内の議場で市議会を傍聴した。途中で休憩時間となったため、俺は1階ロビーの椅子で休んでいた。
突然、耳元で微かに「シュイマセン」「シュイマセン」の声。
声の主は眼前の老婆。
しかし、老婆の声には、顔面同様、張りがなかった。大きな声で「スミマセン」と言えば、済むものを誰に発した「シュイマセン」かは判然としなかった。
恐らく俺に話しているとは思いつつ、俺は老婆の呼びかけを無視したわけだが、2、3分後、「シュイマセン」は改まり、「スミマセン」と少し大きな声で再び呼びかけられたのだ。
「500円貸してもらえないだろうか。明日返しますから」
老婆の用件は、金の無心だった。
俺は老婆の無心が嫌いだ。
かつてバグダッドのスラム街サドルシティーでは、非常に多くの老婆から「マネー、マネー」とねだられた経験がある。
正直な話、干からびた老婆に金をせがまれるのは不快だった。何しろ「マネー」としか言わないのだ。
そんなスラム街には目をキラキラさせた子どもたちもたくさんいた。
ババァには一度金を渡したが礼の言葉もないまま、無気味に立ち去られた。頭にきた俺は、二番手、三番手、確か、十五番手くらいまで金をせがむババァを無視して、横にいる子どもたちに金をやった。さすがに子どもは礼を言うし、渡したこっちがうれしくなるほど喜ぶ。
そんなわけで市役所の老婆も無視したわけだ。
だが、考えてみると、周りにいたほかの人間ではなく、俺に金を貸せと言ってるわけだから、考えなければなるまい。
小銭入れを持つ習慣がない俺は、スーツのポケットから小銭を出して数えた。290円。
財布から千円札を出そうかとも思ったが、「何に使う」と老婆に聞いてみた。
「帰りの地下鉄代。家まで320円いるのよ」
胸中、俺は「ヒッヒッヒ。290円ではちと足りんな」とほくそえんだ。
「明日、返すってどうやってよ」と内心憤り、誠実さが伝わってこない老婆には千円札をやめ、290円を渡した。
「290円で大丈夫、足りるかい」
「はい大丈夫です。シュイマセン」
しばらくして、気付いた。スイマセンがシュイマセンに戻っているではないか。小心者に戻っているではないか。
「申し訳ないことをした。千円やればよかった」と反省した時、すでに老婆の姿はなかった。 










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