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ジャーナリスト・惠谷 治「独裁者の秘密を徹底検証ドキュメンタリー金正日」
独裁者の秘密を徹底検証 ドキュメンタリー金正日 第8回


01月22日(日) 00時00分
文:惠谷 治 



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現在の☆頭山遊撃根拠地(著者撮影)。☆は女ヘンに乃。間島省安図縣と通化省撫松縣の縣境の白頭山北麓にあった「☆頭山遊撃根拠地」は、現在革命史跡に指定され案内板が建てられているが、当時のものは何も残っていない
 第1部 金正日の出生の秘密を暴く

 第1章 抗日パルチザン時代の金正日の母親の活躍

 生母・金貞淑のパルチザン部隊入隊(その3)

 私は中国延辺朝鮮族自治州の延吉市で、金貞淑の戦友で3歳年下の女性隊員だった金善から、次のような証言を得た。

 「私の本当の名前は金順玉ですが、家を離れて革命に参加するときに、金善と名前を変えました。私が抗日連軍に正式に参加したのは15歳のときです。1936年の冬、長白縣に入って、6師[実際は3師]と合流しました。

 そこには金日成夫人になる金貞淑がいました。そのとき私は髪を全部帽子のなかに入れて、男の子のようにしていました。何をしても、仕種は男のようでした。金貞淑と一緒に山に木を切りに行ったことがありますが、金貞淑は私を見ても、全然話しかけてきませんでした。彼女は私を男だと思っていたのです。

 ある日、私は金貞淑と一緒に髪を洗いました。そのころ髪を洗うには、野の雪をこすりつけていたのです。先に金貞淑が髪を洗ってから、私が帽子を脱ぎました。すると金貞淑が『あら、あなたは女なの』と驚いたのでした。帽子から髪がたくさん出てきたからです」

 前述した1936年3月末の迷魂陣会議では、1932年より続いていた「民生団事件」に終止符を打つことも決定された。民生団という組織は、日本が東満洲に組織した親日反共団体で、その手先が東北人民革命軍第2軍に多数潜入しているとして、多くの朝鮮人パルチザンたちがスパイの嫌疑をかけられ、430人が第2軍内部で処刑されたという。この「民生団事件」というのは実際には、漢人幹部たちを疑心暗鬼にして、無実の朝鮮人パルチザンを殺害させるという日満軍による治安工作の大成果だった。「こうした時に、馬鞍山に児童団員たちが集まっているということを耳にした金日成同志は、多忙ななかをただちに迷魂陣をたって馬鞍山にむかった。通化省撫松縣の深い山中にある馬鞍山の秘密宿営地では、数十名の児童団員たちと兵器修理所、裁縫隊、病院など後方部隊の同志たちが活躍していた」(朴英淳「革命の血すじをうけつぐ後継者をしっかりとそだてなければならない」『朝鮮人民の自由と解放』111頁)

 馬鞍山密営で兵器修理所の責任者をしていた朴英淳は、以上のように書いている。

 『炎の女性』(44頁)によれば、1935年11月、東北人民革命軍は車厰子根拠地を解散して、内奥に撤退するという方針を打ち出した。車厰子根拠地にいた部隊は、迷魂陣と☆頭山の遊撃根拠地に移動することになり、11月初旬、金貞淑たちは「降りしきる雪をついて行軍」し、10日余りで安図縣ニ道溝付近に至り、11月末に☆頭山遊撃根拠地に到着したという(『金正淑伝』55頁)。☆頭山根拠地には、児童団の子供たち、病気や負傷した隊員、そして、民生団事件の嫌疑をかけられたパルチザンたちが生活していた。1936年1月、☆頭山根拠地は日満軍警に襲撃されたため、金貞淑たちは翌2月、徒歩で2日の距離にある撫松縣の馬鞍山密営に移動した(『金正淑伝』59頁)。

 「迷魂陣を発つとき、われわれの隊は20名足らずであった。2人の幼い伝令兵と呉白龍をはじめ10名の護衛兵、〔連隊政治委員の〕金山虎・・・」(『世紀とともに』第4巻245頁)

 金日成は新編成された「第3師」のぶざまな実態を、率直に書いている。金日成は馬鞍山密営において、スパイの嫌疑が晴れたパルチザンたちを第3師に編入した。また、金日成は次のように語って、馬鞍山密営にいた児童団の少年たちを隊員に加えた、と朴英淳は伝えている。

 「この子どもたちは、革命の嵐のなかをつき進まなければならない子どもたちであり、わが革命の勝利するその日まで、休みなく革命の炎のなかを前進しなければならぬ、未来の朝鮮の共産主義者であります」(朴英淳「革命の血すじをうけつぐ後継者をしっかりとそだてなければならない」『朝鮮人民の自由と解放』127頁)

 こうした実情を知ると、金日成はスパイ嫌疑から解放されたパルチザン、孤児や親と離れていた少年たちなどを補充して、心理的に追込まれ盲目的に自分に従う忠誠心の強い「第3師」を作り上げていたことが分かる。18歳で入隊した金貞淑も、そうした隊員のひとりだったのだ。

 「わたしは正式に連隊と中隊を編制した。〈略〉馬鞍山に到着したときは15、6名に過ぎなかった隊伍が、東崗にいたっては数百名に増えた」(『世紀とともに』第4巻265頁)(つづく)

☆は女ヘンに乃







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