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独裁者の秘密を徹底検証 ドキュメンタリー金正日 第11回


 
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| 中朝国境を流れる鴨緑江上流部(著者撮影)。金貞淑が地下工作員として朝鮮国内に潜入した付近の鴨緑江上流部。川幅は広くないので渡河することは困難ではなく、現在は脱北ルートとなっている |
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第1部 金正日の出生の秘密を暴く
第1章 抗日パルチザン時代の金正日の母親の活躍
地下工作員として任務遂行(その1) 1936年の冬、金貞淑たちは紅頭山密営で過ごした。
伝記『白あんずの花のように』(1989年刊)は、金貞淑が1936年から37年にかけての冬に、何をしていたかは触れていないが、その後の伝記は、次のように書いている。
「[女史は]1937年1月、共産党に入党した」『炎の女』(1990年刊)
「女史はチュチェ26(1937)年1月に共産党に入党した」『朝鮮の母』(1997年刊)
そして、5年後にはいつものように更に具体的になる。
「1937年1月3日、正淑は共産党に入党した」『金正淑伝』(2002年刊)
これらの記述では、入党したのは単に「共産党」となっているが、当然ながら朝鮮共産党ではなく中国共産党だった。しかし、入党年月を裏付ける中共文書は存在しない。
「翌年〔1937年〕の3月に撫松遠征の途につきました。その遠征のきびしさについては再三話していることです。正直な話、わたしも疲労困憊していました。夜になると、ほとんどの隊員がへとへとになって眠りこけるのでした。
しかし、金正淑だけは焚き火のそばで夜通し隊員たちの裂けた軍服を繕っていました。行軍路がひどく険しかったので、軍服がすぐ破れてしまうのです。新入隊員の馬東煕もその遠征の焚き火で帽子を焦がしたのを、彼女がきれいに繕ってやりました。その後も見たことですが、彼女は何事であれいったん手にすると、根をつめてきれいに仕上げずにはおきませんでした。〈略〉こういう経緯があったので、指揮官たちが彼女を桃泉里の地下工作班に網羅しようとしたとき、私はためらうことなくそれに同意したのです」(『世紀とともに』第8巻・平壌版163頁)
金日成は金貞淑の地下工作員として資質を認め、1937年3月、通化省長白縣の下崗区地域の中心に位置する桃泉里に潜入するよう指示した。
「金正淑は厳玉順という偽名を使い、茂山からの移住民家族の一員だということにして桃泉里へ向かった。赤紫のチョゴリに紺サージのチマ、首の長いポソン、これが『茂山の家のセエギ』厳玉順が桃泉里の人たちのなかに入っていったときの身なりである。咸鏡道の人たちは若い女性をさして『セエギ』と呼んでいた」(『世紀とともに』第5巻327頁)
共産党員となった金貞淑は、金日成から地下工作員としての秘密任務の指令を受けると、任務遂行のため一張羅の黒いチマを脱いで、紺色のサージのチマにはき変えたようである。金貞淑は4月中旬から桃泉里に定住し、婦女会を組織し、村びとをオルグし、多くの住民たちをパルチザンに参加させたという。
金日成はすで1930年代半ばから、現在の北朝鮮と同じように、女性スパイを活用していたのである。
1937年5月26日、金貞淑は桃泉里から鴨緑江を挟んで対岸の朝鮮側にある新坡郡に潜入し、地下組織を作り、物資を調達した(『炎の女』59頁)。金貞淑が朝鮮内に初潜入した場所を記念して、1981年8月17日、新坡郡は「金正淑郡」と改名された。また、新坡女子高等中学校も「金正淑女子高等中学校」に改称され、同時に両江道恵山市にある恵山第二師範大学も「金正淑範大学」に変更された。こうした改名は、継母を嫌った金正日が、生母の存在を強調するためにおこなったものだった。
金貞淑は7月中旬、再び朝鮮に潜入し、豊山郡(現在の両江道金亨権郡)で李仁模に会ったという(『世紀とともに』第6巻254頁)。李仁模は朝鮮戦争当時、朝鮮人民軍の従軍記者として南下したさいに捕虜になり、非転向政治囚として40年もの長期間、韓国の牢獄に繋がれていたが、金泳三政権が誕生した直後の1993年3月、北朝鮮に送還された人物である。
国内潜入から戻った8月初旬、金貞淑は桃泉里において靖安軍に逮捕された(『炎の女』63頁)。靖安軍というのは満洲国軍のなかでも悪名が高く、人びとから恐れられていた部隊だった。鞭に赤い紐をつけているところから「赤い紐」とも呼ばれていた。
この逮捕事件について、金貞淑の戦友だった金明花は手記に次のように書いている。
「金貞淑同志が〈略〉婦女会員たちに革命歌謡を教えているところを逮捕され、〈略〉かの女のいた家から、遊撃隊で着ていた服と遊撃隊に送ろうと準備しておいた紙たばを発見した敵は、かの女を腰房子部落にひっぱっていき、とある農民の家に監禁して、遊撃隊の秘密をいわなければ殺すとおどしながら、ひどい拷問をくわえた。金貞淑同志の革命的節操いかんに、革命組織の命運がかかっていた」(「金貞淑同志を回想して」『朝鮮人民の自由と解放』362頁)(つづく) 






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