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ジャーナリスト・惠谷 治「独裁者の秘密を徹底検証ドキュメンタリー金正日」
独裁者の秘密を徹底検証 ドキュメンタリー金正日 第13回


02月06日(月) 00時00分
文:惠谷 治 



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金日成が金貞淑に与えたといわれる指輪(『朝鮮の母金正淑』より)
 第1部 金正日の出生の秘密を暴く

 第1章 抗日パルチザン時代の金正日の母親の活躍

 金日成が金貞淑に与えた金の指輪

 1938年4月28日、通化省臨江縣で展開された「双山子戦闘」は、王八☆子密営襲撃事件の「熾烈な復讐戦となった」と伝記作家は書いている。その戦闘での金貞淑の活躍について、金日成は次のように回想している。

 「4月、六道溝の敵を討っての帰途、双山子という地点で戦闘があったときのことです。戦闘があまりにも熾烈だったので、わたしは機関銃を手にして一線で戦わなければならないくらいでした。四方八方から敵が攻めてくるので、抜け出るすきも、一息入れて食事をとるひまもありませんでした。ところが、急に脇腹にぬくもりを感じました。ポケットを探ってみると、なんとマントー〔饅頭〕が入っているではありませんか。あたりを見回すと、金正淑が戦場をぬって戦友たちにマントーを配っていました。われわれはそれを一つずつ取り出して口に入れながら戦闘を続けました。炊事場は崖の下の泉のそばにありました。彼女がマントーを盛った容器を持って、その急斜面をどのように登ってきたのか解せませんでした」(『世紀とともに』第8巻・平壌版165頁)

 似たような話がもうひとつある。

 「いつだったか、われわれが食糧を切らし、何食も抜いた状態で戦闘をつづけていたときのことです。戦闘指揮の最中に誰かがわたしのポケットに何かを入れてくれるのでした。振り返ってみると金正淑でした。戦闘が終わってからそれを取り出してみると、松の実を一粒一粒割って紙につつんだものでした。わたしは彼女にどこで手に入れたのかと尋ねました。しかし、彼女はただ微笑をたたえるだけでした。後日、他の女子隊員が言うには、彼女が自分で木に登って取ったものだったとのことでした」(『世紀とともに』第8巻・平壌版168頁)

 金日成は「双山子戦闘」での金貞淑の活躍を大いに評価し、彼女に金の指輪を与え、次のように語ったと伝記は伝えている。

 「これは私のオモニ〔母〕の形見で、いちばん大切なときに使って欲しいと戴いたものです。これからも正淑トンム〔同志〕とは、祖国解放の日まで一緒に闘わなければなりません。この指輪を正淑トンムが嵌めてくれれば、亡くなったオモニもきっと満足するでしょう」(『白あんずの花のように』150頁)

 伝記『白あんずの花のように』が描写する場面は、あたかも金日成が婚約指輪を与えているかのようである。このころまでに、2人は深い関係になっていたのだろう。

 射撃の名手であり、秘密工作員としての能力を高く評価していた金日成は、金貞淑に3度目の国内潜入の任務を与えた。金日成回顧録によれば、1938年9月下旬、金貞淑は咸鏡南道豊山郡まで深く潜入し、豊山地区革命委員会に所属していた李仁模たちと再び会って、地下活動を展開する対策を協議したという(『世紀とともに』第6巻255頁)。

 金正日の生母は、射撃が得意で有能な女スパイだったのである。(つづく)

☆は目へんに「勃」の左側







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