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ジャーナリスト・惠谷 治「独裁者の秘密を徹底検証ドキュメンタリー金正日」
独裁者の秘密を徹底検証 ドキュメンタリー金正日 第15回


02月12日(日) 00時00分
文:惠谷 治 



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女性パルチザン隊員たち。この写真は「野副討伐隊司令部」が1941年3月に発行した『三省治安粛正工作記念写真帳』に掲載されており、「東北抗日第一路軍女隊員(共匪の撮影せるもの)」というキャプションがついている。満洲における抗日パルチザンの写真は数は少なく、パルチザンたちが撮影した女性隊員の貴重なショットである。『朝鮮の母金正淑』68頁には、左から3人目の肩から弾帯をかけたスカート姿の女性が金貞淑という説明があるが、真偽は不明である
 第1部 金正日の出生の秘密を暴く

 第1章 抗日パルチザン時代の金正日の母親の活躍

 青峰密営での「歯磨き粉毒薬事件」

 部隊が3方向に分散されるのにともない、金貞淑を含む女性隊員たちは、負傷者や病人とともに本隊と別れ、青峰密営に入ることになった。彼女たちは戦病者を介護しながら、青峰密営で越冬したのだった。

 金益鉉は「苦難の行軍」の途上で、機関銃射手と副射手が撫松縣付近での戦闘で重傷を負い、雪原で手術する必要に迫られたとき、金貞淑が機転をきかせて、手術を成功させた話を紹介している。このエピソードは、金貞淑の人柄を彷彿とさせるものである。

 「金正淑女史は背負い袋から明ばんを取りだして塩水にといた。用途をたずねると、消毒薬の代用だという。けれども、消毒薬だけでは手術ができない。綿とガーゼはどうするのか。みな途方にくれていると、女史はそれもなんとかしてみようと言って、どこかへ走って行った。そしてほどなく肌着を脱いで戻り、これで間に合わせようと言った。〈略〉女史は微笑して下着を細かく引き裂き、熱湯で消毒した」(『永遠の女性革命家(2)』167頁)

 負傷者たちの名前は不明だが、金貞淑の看病によって傷は完治したという。伝記『炎の女性』には、1935年の春、車厰子遊撃根拠地の病院で金貞淑が看護婦として活躍したという話がある。金益鉉の話は伝聞情報であり、伝記のエピソードと同じ話かもしれない。いずれにしても、金貞淑は看護婦としての役割もこなしていたのだった。

 金日成の部隊が白頭山南麓の長白縣富厚の谷間に到着したとき、新入隊員の1人が雪中行軍に耐えきれず脱走した。

 「裏切り者をつうじてわれわれの苦境をくわしく知った敵は、愚かにも気楽な生活と安逸と女色でわれわれをつろうとした。

 『山のなかで飢え、凍え死ぬ必要がどこにあろうか? 山を降りさえすれば、おまえたちも良い暮らしができる』

 敵はパルチザンを侮辱する絵やビラとか、投降した者がりっぱな家で、安楽な暮らしをしているという宣伝ビラや、見るにたえない内容の絵や写真をばらまいた」(全文燮・崔仁徳「苦難の行軍の先頭に立ち」『朝鮮人民の自由と解放』282頁)

 日満軍警は抗日パルチザンの士気を低下させて帰順させるため、宣伝ビラだけではなくポルノ写真も散布していたのである。

 こうした追い詰められた状況のなかで、金貞淑たちが越冬していた青峰密営では「スパイ団事件」が発生していた。

 「連絡員は『スパイ団事件』のいきさつを要約した李東傑の手紙とともに、証拠物件として押収したという『毒薬』袋なるものまで差し出すのでした。李東傑の手紙には、女子隊員の金正淑、金恵順、金善、徐順玉などはみな日本帝国主義のスパイであり、彼女らが毒薬で革命戦友たちの殺害を企んだことが判明したという内容がしたためてありました。連絡員の話によれば、青峰へ行ってみると当の女子隊員たちは縄で縛られており、拷問された跡まで見受けられたとのことでした」(『世紀とともに』第7巻・平壌版178頁)

 金日成が回想しているスパイ団事件は、「歯磨き粉毒薬事件」とも呼ばれている。第7連隊の給養担当で青峰密営の責任者だった厳光浩は横暴で「思想的に変質、堕落して革命の裏切り者に成り果てていた」ため、金貞淑をはじめとする女性隊員は厳光浩の指示に従わなかった。そのため、厳光浩は陰謀を企み、女性隊員たちを日本軍のスパイだとして監禁したのだった。青峰密営には第7連隊政治委員で負傷していた李東傑もいたが、彼は厳光浩の言うがままに金日成に報告書を書いたが、添付した証拠品の「毒薬」というは歯磨き粉だったという。

 「厳光浩は桃泉里で数か月、金正淑とともに地下工作をしたこともあるのです。にもかかわらず金正淑をスパイに仕立てあげるとは、無頼漢ならではの乱行といわざるを得ません。彼は金正淑がどんな女性であるかを知りつくしていたはずです」(『世紀とともに』第7巻・平壌版190頁)

 金日成は恋人が濡れ衣を着せられたことで、怒り心頭に達していたに違いない。厳光浩は処断されたと思われるが、金日成は彼の最期については言及していない。(つづく)







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