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独裁者の秘密を徹底検証 ドキュメンタリー金正日 第29回


 
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| 金日成のソ連脱出ルート(原図制作・惠谷治、デザイン・鍵本博子) |
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第1部 金正日の出生の秘密を暴く
第2章 ソ連逃避行の途上で父母は電撃結婚
ソ連への逃避行の途上であげた結婚式 ソ連領への逃避行の途上で、金日成(当時28歳)は金貞淑(当時23歳)と結婚式を挙げた。しかし、2人がいつどこで結婚したのか、金日成自身は具体的には語っていない。
金貞淑の生涯をまとめた伝記『白あんずの花のように』では、金日成が金貞淑と結婚し、その披露宴が開かれたという話が書かれている。著者はゲリラ生活での祝宴の料理について、作家的想像力を最大限に発揮して、次のように描いている。
「まず草餅をつくるために、隊員たちの背のうからありったけの豆を集め、それをすばやく煎ってきな粉をつくった。餅は粟、とももろこしの粉を蒸してつくった。リンゴ箱の上には、隊員が村に行って手に入れた鶏が2羽蒸して載っていた。料理ができ上がると、女子隊員の中でいちばん年輩の朴順伊が将軍と正淑を迎えにいった。〈略〉りんご箱の上には鶏のスープ、ぜんまいの煮付、野草のおひたし、沙參(ドドク)の味噌焼き、野いちご、粟餅などが並べてある」(『白あんずの花のように』162頁)
そして、参列した隊員たちは、村で入手した濁酒で祝杯をあげ、新郎新婦は「思郷歌」を合唱したという。著者は北朝鮮における取材で、以上のような創作話を聞いて、書いたのだろう。
しかし、逃避行に参加した16人のうち、女性隊員は金貞淑と徐順玉の2人だけで、「一番年配の朴順伊」という女子隊員は存在せず、その名前も聞き間違いのようである。また、実際には、伝記に書かれたような宴を催すどころではなかったのである。結婚式に参列した徐順玉は、私の問いに対して次のように答えた。
「結婚の話があったのは、夜の食事をしたあとでした。機関銃小隊長の姜渭龍が、金日成と金貞淑が結婚するという話をしたので、私も結婚式に参加しました。16人の部隊のうち2人が歩哨のため離れており、残った人たちが一緒に集まりました。しかし、結婚式としては、何もなかったんです。歌もないし、単に結婚するということで、結婚しました。祈りもなく、挨拶もありませんでした。2人はいつも一緒にいたわけですから」
----- 結婚式のため何か普段とは違う食事とか、何かありませんでしたか?
「何も準備することはできませんでした。いたるところに討伐隊がいましたから、何もできませんでした」
金日成は金貞淑との結婚を回想して、次のように書いている。
「わたしと金正淑が結婚した日、戦友たちは何かしてくれようと気をつかいましたが、何も手に入れることができませんでした。部隊全体が食糧難で苦しんでいたおりに、どこから何が手に入るというのでしょうか。礼服も祝膳も、媒酌人も、介ぞえ役もいませんでしたが、その婚礼は一生忘れることができません。金正淑も生前、その日をいつも追想していたものです」(『世紀とともに』第8巻・平壌版173頁)
徐順玉が続ける。
「その場所は何もなかったところです。深い山でしたしたから、何もすることができませんでした。本当に、何もすることができなかったんですよ。ここで、私がこんなことを話しても、誰も信じないと思います。そのときの環境がそうでしたから、仕方がなかったのです。特別なことはなに一つありませんでした。いまの環境だったら、何でもあるわけでしょう。その当時は、夜だけ道を歩くことができたんです」 金日成の回想と徐順玉の証言は、見事に一致している。
私は中国東北部で取材中、延辺自治州の朝鮮族の歴史家たちに、金日成が結婚した場所について尋ねてみた。延辺博物館の金哲洙副館長(1992年当時)は、金日成部隊は汪清縣から琿春縣に入り、雪帯山に至り、そこで結婚式をしたと語った。延辺社会科学院歴史研究所の権立教授も、金日成が結婚したのは雪帯山だったと明言した。
金日成が結婚したという「雪帯山」の標高は中国地図出版社吉林省新華書店が1994年に発行した地図では1200mとなっているが、1048mと記された地図もある。また、戦前の日本の地図では、誤植なのか「雲帯山(1126m)」となっており、まだきちんとした測量がおこなわれていなのようである。
金日成はソ連への移動中に、なぜ、唐突に結婚したのだろうか。徐順玉証言にあるように「2人はいつも一緒にいた」のであり、2人が親密な関係であることは周知の事実であり、慌てて結婚する必要などなかったはずである。にもかかわらず、不自由な環境のなかで式らしい式もけずに、単に「結婚する」と皆の前で正式に発表したのだった。
ソ連に入る前に急いで結婚したのは、新天地では夫婦のほうが生活しやすいと考えたためだろうか。あるいは、ソ連では妻をもつ指揮官として、威厳を保とうとするためだったのだろうか。金日成研究で知られる東京大学の和田春樹教授は『北朝鮮-遊撃国家の現在』43頁において「入ソ直前に、金日成が金貞淑と結婚したのは腹のすわったところをみせたものと言えるだろう」としている。
結婚を急ぐ理由に、誰もが思いつくものがある。だが、結論を急ぐ前に、事実関係をもう少しじっくりと検証してみよう。(つづく) 






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