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地下鉄、化粧、バケモノ


 
俺は5年ほど前から地下鉄通勤をしている。
その前はマイカー通勤で、さらに以前の学生時代は、JRで通っていた。
最近、ほぼ毎日のように思うことだが、地下鉄利用者の乗車マナーは年々、悪くなっている。
まず、一人あるいはその半分、隣の乗客とのスペースを空けて座る輩が非常に多い。そんな連中も、大抵は次の駅で新たな乗客が乗ってくるため、余分なスペースを詰めることになるわけだが、それまでは偉そうに座ったり、鞄や紙袋を横に置いているケースが少なくない。
「どうせ後で席を詰めるぐらいなら最初からきちんと座れ」ということだ。
さらに昨今、地下街などで人目を憚らず、地べたに腰を下ろしている女子高生などの振る舞いが、景観上?の問題となっているが、地下鉄に乗ると、大切なはずの鞄を床に置き、両足首で挟んでいる中間管理職とおぼしきサラリーマンの姿を垣間見る。
「汚ねえなぁ」という感想だ。
また誰しもが見たことがあるように車掌が「携帯電話の電源はお切りください」とアナウンスしても、平気でメールを打っている奴が必ず、ひとつの車両に数人存在する。
これを「最近の若者は」と、まとめてしまえば、事は簡単だが、若者ばかりか、中高年の馬鹿者までいるのだから始末が悪い。
ついでに言えば、乗車駅で降りる奴の中には、人をよけることなく、ぶつかったまま降りる奴が多い。
ここで俺が言いたいことはふたつ。
まず、人をよけずにぶつかる奴の大半に悪気はないはずだということ。地下鉄に限らず、地下街や歩道で人とすれ違う時、きちんとよけられない輩は珍しくない。
恐らく基礎体力が落ち、障害物を回避するという運動能力が低下しているためだろう。
「席を詰めない」「メールをする」などは、社会のルールや協調性を重視することない利己的な判断の上に成り立った行為だ。自己愛は人一倍強いが、見ず知らずの他人のことは、敵視、あるいは軽視している結果ではないか。
注意深く観察すれば、車中で化粧をする女にも一定の法則があることが判明する。
化粧は美人をより一層美人に、バケモノは人様にその素顔がばれないように化かしてしまう古来からの手法で、近年は一部の男にも重宝されている。
しかし、地下鉄での化粧は、土台を一から作り直す手法にあらず、ある程度、化粧を終えた段階での手直しや時間がないゆえのマスカラ作業だろう。
車両内での化粧に対して、デリカシーに欠けるなどの批判はあるものの、俺は崖崩れした素顔を晒さないという一点において、最低限のデリカシーを有していると考えた。 










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