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恵庭OL殺人事件 最高裁提出「上告理由書」 vol.2


 
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| 恵庭市北島の遺体発見現場。事件を知ってか、知らずか、ゴミが捨てられていた |
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事件発覚の翌日から重要容疑者となった被告。
平成12年3月17日、苫小牧市に住むOL・橋向香さん(当時24)が恵庭市北島の市道で焼死体となって発見された恵庭OL殺人事件。
この事件で逮捕、起訴されたのは、橋向さんの同僚で日本通運札幌東支店キリンビール千歳工場内構内課に勤務していた大越美奈子被告(35)だった。
15年3月、札幌地裁の遠藤和正裁判長は、殺人と死体損壊の罪に問われた被告に対し「被告人単独で被害者を殺害、死体を焼損したことは、合理的な疑いを挟む余地なく認定できる」と断罪、懲役16年(求刑・懲役18年)の判決を言い渡した。
捜査段階から一貫して無実を主張してきた被告は、判決を不服とし、札幌高裁に即日控訴したが、昨年9月29日、札幌高裁(長島孝太郎裁判長)は1審・札幌地裁判決を支持、控訴を棄却した。被告は即日、上告。弁護団は提出期限である今年3月6日、最高裁に上告趣意書(上告理由書)を提出した。
以下、上告理由書のvol.2。
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上告の趣意 本件上告の趣意は、本件公訴事実である殺人・死体損壊事件は被告人の所為であるとして被告人の有罪を認定した札幌高等裁判所の判決(以下「原審」という)には、審理を尽くさず証拠の価値判断を誤りひいては重大な事実誤認があり、これを破棄しなければ著しく正義に反するものと認められるから、刑事訴訟法第411条1号・3号により、原審の破棄を求めるというものである。
上告の理由 (はじめに)
1.事件発覚と被告人が犯人視されるに至った経緯
(1) 平成12年3月17日早朝、恵庭市街からかなり離れた農家の点在する農道で、若い女性の焼死体が発見された。被害者の遺体は、真っ白な雪面の広がる畑の中の農道で幼稚園送迎バスの運転手が黒いゴミ袋と見間違えた程に炭化した状態で、顔面をタオル状のもので目隠しされ、著しい(90度に近い)開脚状態であった(以下2つの犯罪事実を総称して「本件犯行」、各犯罪事実について「本件犯行」、各犯罪事実について「本件殺人」及び「死体損壊」という)。
当日の午後、被害者の両親が捜索願を出したことから被害者は日本通運株式会社キリンビール事業所配車センター(以下、単に「キリンビール事業所)に勤務する橋向香であることが判明した。
(2) 被告人は3月16日午後9時半過ぎに被害者と連れ立って職場の1階事務室を退室し、被害者と一緒に2階の女子更衣室で制服の着替えをした後に会社を退社し、会社前道路上で被害者と別れたものであるが、被害者と最後に接触した者として事件発覚当日から千歳警察署の警察官(以下「警察官」という)から取調べを受けていた。3月17日夜、警察官は被害者の携帯電話の発着信記録を当時のセルラー株式会社(現在のKDDI株式会社)から入手したところ、その着信記録に多数回(検察側主張では約230回)にわたる被告人からのリダイヤル電話の着信が記録されていたこと、それ迄被告人と付き合っていた(同僚の)A(※)が、事件の1週間前から被害者と交際し始めていたと供述したこと等から、「本件は男女の三角関係のもつれから発生した怨恨による殺人事件」として事件発覚の翌日である3月18日より被告人を重要容疑者とする「捜査」が開始されたものである。
3月18日以降、被告人は重要容疑者として早朝から深夜まで警察の行動確認とマスコミに追尾される状況となった(ただし、被告人自身は4月12日に至るまで警察による尾行・張り込みに気が付かず、マスコミの追尾と思い込んでいた)。
(3) 4月14日早朝、被告人は出勤早々、会社前の道路上で警察官に任意同行され、被告人の自宅の家宅捜索及び被告人車両の押収等が行われ、被告人に対する厳しい取調べが開始された。本件はテレビのワイドショーでも連日報道され、「職場の男性を巡っての三角関係のもつれ」という話題性と、「目隠しされた若い女性の黒こげ焼死体」という猟奇性から、当初から過熱報道が続けられたが、こうしたマスコミによる過熱報道と、過酷な警察官の取調べのため、被告人は心身のバランスの失調をきたして「心因反応」と診断され、26日間の精神神経科医院への入院を余儀なくされた。退院後の5月23日、被告人は逮捕され、6月13日起訴されるに至ったものである。
しかし、被告人の逮捕の段階で凶器等の物証や被告人と犯行を結ぶ直接証拠は全くなく、通常の殺人事件において最初にまず行われるはずの基本的捜査も全くなされていなかった。すなわち、警察は、被害者の交友関係及びそれらを含む日通関係者のアリバイ捜査、現場の足跡・タイヤ痕、被害者や被告人車両から採取した指紋や血痕等の対照捜査も全く行っていない状況であった。そうした中で、当初の取調べ段階から現在まで、被告人は、一貫して犯行を否認していたが、一審・二審は、被告人に対して、有罪判決を下したのであった。
(4) 被告人は、これまで道路交通法違反(スピード違反等)以外、一切の前科前歴も無く、ごく普通のOL生活を送ってきており、その性各もどちらかというと生真面目で内気で、気の小さい一女性である。友人・知人等の証言によっても、その性格は「攻撃性」とは正反対の性格である。
ところが突然、身近な同僚が焼死体となって発見されたショックに見舞われ、同時に元恋人のAとのトラブルから、被害者の携帯電話にリダイヤル電話を架けたりしていたために、事件直後から犯人として警察やマスコミに追尾され、居住地である早来町という狭い町で一家中が白眼視されるという異常事態に追い込まれてしまったのである。
被告人は、被害者にリダイヤル電話を架けていた後ろめたさもあり、当初、警察官に対して被害者の携帯電話の電話番号を知らない等と供述してしまったり、自らの潔白を証明する唯一の証拠である、事件前日に購入した灯油10リットルをわざわざ捨ててみたりするなどの非合理的な行動をとっていたため、反って自らの疑惑を深めてしまった結果、後に詳述するとおり、客観的証拠によって証明されるべき要証事実の証明は十分になされていないにもかかわらず、「被告人の弁明は信用できない」という主観的事情を主たる理由として、一審・二審の有罪認定となったものである。
(5) 本件において、弁護人が切に望むのは、直接証拠がない本件において、原審が「情況証拠による事実認定」の基本原則に則った合理的な推論を行っているか否かについて慎重な審理をしていただきたいということ、また、ごく普通の市民が、突然殺人犯としてマスコミに追尾され、警察から執拗に犯人視され続けた時に、人間はどのような状況に追い込まれ、その結果どのような言動をとってしまうのかなど、そうした人間の行動と心理をよく洞察した上で事実認定をしてもらいたいということである。被告人が真犯人であったなら、自らの犯跡を隠すため周到な証拠隠滅行為をするであろう。ところが本件において、被告人は、自らの容疑事実である殺人・死体損壊事件、特に死体を焼くという犯罪への現実感が持てないために、反って自分が無罪であることを証明できる唯一の証拠である10リットルの灯油をわざわざ投棄するという非合理的な行動をとっているのである。原審は、このような被告人の行動に対して、「被告人の弁解には不自然かつ不合理な点がある」として、その供述の信用性を否定して有罪認定をした。 しかるに、原審には、マスコミや犯罪と無縁に暮してきた一市民が、突然犯人と名指しされ、切羽詰まった状況下に置かれたとき、どのような「行動や心理」に陥るのか、そうした人間の極限状況に対する洞察の跡は全く見られないのである。
(6) 本件の事実認定において重要なことは、「刑事裁判において1番の問題は『合理的疑い』と『疑いはあるが、合理的疑いとまではいえないもの』との区別であり、裁判官はこの区別を経験則、論理則にしたがって判決しなければならず、経験則や論理則といっても場面によって異なったものが適用され一見明白ではないから、人間の行動や心理には「理外の理」が存在することを考慮しなければならない。裁判官の判断には経験や学習を通じて得られた人間の行動や心理に対する洞察力が必要なのである」(石井一正著「刑事事実認定入門」判例タイムズ社 7頁)。このように、被告人の犯人性について、慎重なる審理を望むものである。
2.本件及び原審の特徴
(1) 本件の特徴は、被告人の自白や目撃者の供述といった直接証拠が全く無く、かつ、被告人と犯行との結びつきを直接確定するに足りる物証その他の客観的証拠が皆無であるということにある。
一審及び原審が有罪認定をした根拠は、いくつかの間接証拠があるのみである。これらの間接証拠のみで被告人と本件犯行とを結びつけて有罪認定をすることができるのかが本件の鍵であり、本件裁判の核心は、本件犯行と被告人との結びつき、すなわち「犯人と被告人の同一性」の認定なのである。このように、本件は、間接証拠(狭義の「情況証拠」ともいう)のみで事実認定しなければならないいわゆる「純粋事例」であるということができる。また、本件公訴事実は、犯行時刻・犯行場所・犯行(殺害)方法等の構成要件が全く特定されていない。もっとも、起訴状及び及び検察官の論告によれば、本件は、
1 単独犯である(被告人以外の共犯者無し)2 故意犯である(殺人」・死体損壊罪ともに確定的故意がある)3 計画的犯行である(検察官は第一審の論告(28頁)で「被告人は灯油で死体を焼損する意図のもと、予め赤色ポリタンク入りの灯油を購入して自車助手席下に積載し、被害者殺害の目的を遂げた後、死体発見現場において、同女の死体に灯油をかけ」と主張」)ことが特定されている。
これに対して、弁護人らは、原審において、本件は1 複数犯の可能性が高い、2 故意犯とは断定できず、過失犯(過失致死、傷害致死)の可能性もある、3 計画的犯行とは断定できず、偶発的犯行の可能性もある、ことを主張した。 したがって、原審は本件の争点として、1 単独犯であり、複数犯の可能性はないこと2 故意犯であり、過失犯の可能性はないこと(殺意と死体損壊の故意の存在)3 計画的犯行であり、偶発的犯行の可能性はないことの3点を、「質の高い証拠」に基づいて、合理的に説明しなければならないのである。しかも、前述したように、本件は複数の間接証拠しか存在しておらず、どれも「質の高い証拠」とは評価でき得ないものばかりである。その意味では本件裁判の中核は、間接証拠の価値判断にかかっているといっても過言ではない。
(2) このような本件の特徴から、原審における事実認定も、種々の間接証拠を基礎とするものにならざるを得なかったことは当然である。そしてその認定を論理的に分析するならば、次の2段階の構造を持つ。すなわち、1.各間接証拠から複数の間接事実を推論する過程(以下、「第1推論」という)と、2.このような過程において認定された複数の間接事実から要証事実(以下、「主要事実」という)、すなわち、被告人の犯行性を推定する過程(以下、「第2推論」という)の2つである。このこと自体は特に異論のないところであるが、念のため次のことを指摘しておきたい。
まず、第1推論については、間接事実であっても、そのそれぞれについて証明の程度は、主要事実と同じく、合理的な疑いを容れる余地がないものでなければならないということであり、その証明がなければ、第2推論に用いてはならないということである。
次に、第2推論については、個々の間接事実はそれ自体によって要証事実を認定するに足りるものであることは必要でないけれども、それらを総合すると、やはり合理的な疑いを容れない程度に要証事実を証明できることが必要であり、かつ、そのこととの関係で、一定限度以上の証明力は有していなければならないということである。後述するように、このことは最高裁判判例の趣向とするところでもある。
ところが、原審において、第1推論については、その掲げる間接事実は、反対証拠をも考慮に入れると、到底前記の程度の証明があったといえないものがほとんどであり、また第2推論については、これらの間接事実は要証事実、すなわち、犯人と被告人の同一性の存在を肯定する方向にも否定する方向にも働く事実であって、要証事実に対する証明力は弱いため、それらを総合しても要証事実に対して合理的疑いを容れない程度の証明力があったとは到底いえないのである。 なお、第2推論については、逆に被告人の犯人性を否定する消極的な間接事実(反対事実)も多く存在するのであって、そのことをも考慮すると一層強くそのように言いうるものである。
(3) そもそも、情況証拠は、本来多方向に向けた証明力を持つから、純粋事例においては、個々の情況証拠をどのように整理し位置づけるか、そして、それらの情況証拠に基づいてどのような推論を進めるかによって結論が異なってくる。原審が挙げる各情況証拠は、後に詳述するとおり、要証事実に対する証明力が極めて弱く不十分なものばかりである。原審は、第1推論の過程においては、このように、証明力が弱く、かつ、不十分な間接事実や、要証事実を推認させる蓋然性の低い情況証拠について、厳密な証拠価値の評価を行わず、第2推論の過程でも、認定された複数の間接事実から要証事実に至る推論過程を合理的に説明してもいない。にもかかわらず、いわゆる「総合判断」をして、被告人の有罪を認定したというのが大きな特徴なのである。
第1部 刑事訴訟法第411条1号違反 第1.「情況証拠による事実認定」についての判例 1.刑事裁判における事実認定
(1) 刑事裁判においては、適正な事実認定に基づいて、無実の者を罰してはならないという原則がしっかり貫かれていなければならない。日本国憲法の下で刑事訴訟法が担う基本的価値は、「被疑者・被告人の基本的人権の保障」であり、無実の者に対する事実誤認は最大の基本的人権の侵害である。その意味で、「事実認定は刑事裁判の生命である」と言われる所以がここにある。
ここで言う事実認定とは、過去に生じた出来事の痕跡(証拠)から、ある事実の存否を推測する作用であるが、乏しい痕跡から過去の事実の存否を推測することは非常に難しい。
(2) 刑事裁判における事実認定の資料となる証拠には、一つには要証事実(犯行の状況、被告人が犯人であることなど)を直接証明する「直接証拠」と、二つめには要証事実を推認させる「間接証拠」がある。
この間接証拠(狭義の情況証拠)から要証事実を認定する場合、間接証拠により推認される間接事実(狭義の情況証拠と呼ばれている)からどの程度の要証事実の存否を推認することができるのか、その証拠の証明力が重要な問題となってくる(本書面においては間接証拠・間接事実の双方を含めて「情況証拠」と称することとする)。
(3) さらに、犯罪事実について、どの程度の証明がなされれば「有罪」と認定できるかという、刑事裁判における「証明の程度」の問題がある。この点、刑事裁判における要証事実に対する証明の程度は「合理的疑いを容れる余地がない程度の証明」が必要であるとされている。
つまり、犯罪事実の存否や、犯人と被告人の同一性について「合理的疑い」が残れば、裁判官は「無罪」を言い渡さなければならない。これが、まさに「疑わしきは罰せず」、「疑わしきは被告人の利益に」という原則が刑事裁判における鉄則なのである。
(4) このような刑事裁判における鉄則に則して、裁判官が実体的真実に合致した正しい事実認定をするためには、前述したとおり、1.要証事実との関係で「質」の高い証拠により、2.証拠を正しく評価して推論すること、が最も重要である。本件のように直接証拠は全く存せず、情況証拠のみによって事実認定せざるを得ない事案においては、「モザイク状の証拠と事実を付き合わせて全体像を推認していく以外には手が無い証拠関係」(ロス疑惑事件控訴審判決)にあるため、1.厳密な情況証拠の証拠価値の評価と、2.認定された情況事実から「合理的疑いを容れる余地がない程度」に間接事実が認定できるのか(狭義の証明力)、3.それら間接事実を総合して、「合理的疑いを容れる余地がない程度」に要証事実が証明できるか、が重要な検討課題となってくるのである。
(5) 前述したとおり、本来多面性を持つ情況証拠から犯罪事実を認定するにあたっては、『有罪認定に都合の良い可能性を持つ一面を選りだして、これらを重層的に重ね合わせ、その上で、これだけ多くの事実がすべて集まるのは偶然ではないと主張してみても、説得力がない』。『なぜなら有罪認定をするには都合の悪い、いわば消極的可能性を持つほかの一面や、有罪認定とは矛盾する可能性が高い情況証拠をも正当に評価する視点が十分ではないからである』(前掲ロス疑惑事件控訴審判決)
また、最高裁判所は、長坂町放火事件(最判昭和48.12.13 判例時報725号104頁)において、犯人と被告人を結びつける直接証拠が全く存在せず情況証拠(間接事実)から推論するほかない事案について、原審の事実認定には不合理な点があるとして、原審を破棄して無罪を言渡した。同判決は、その理由として、間接事実に基づく原審の推論(内部者の犯行と認定することなど)に誤りがあり、「証明が薄いかまたは十分でない情況証拠を量的に積み重ねても、その証明力が質的に増大するものではない」と説示している。
これらの最高裁判決を見ても、本件のように、犯人と被告人の同一性を推認する資料として間接証拠(情況証拠)しかない事案においては、「情況証拠による事実認定」と「疑わしきは被告人の利益に」という刑事裁判の鉄則の適用が極めて重要な課題となってくるものである。
2.「情況証拠による事実認定」の推論過程の適正化に関する判例
(1) 2つの推論過程の適正さ
前述したように、要証事実は証拠に基づき合理的疑いを超えて証明される必要があり、かつ、間接事実による証明においては、間接証拠から間接事実を推認する過程及び間接事実から要証事実を推認する過程の2段階の推論過程において、その証明力と証明の程度や推論の合理性が非常に重要な課題となってくるのである。この2つの推論過程が適正であるか否かが判決の合理性判断の基準になるといっても過言ではない。
すなわち、「情況証拠による事実認定は、それぞれ独立した情況証拠が各々立証命題を指向することによる集積的効果によるものであり、複数の積極的情況証拠が要証事実を指していても、これと矛盾する消極的情況証拠があれば、その集積的効果は著しく減弱せざるをえない。積極証拠のみを集めて有罪認定することは許されないというべきである」(村岡啓一「情況証拠とどのように闘うか」竹澤哲夫他編 刑事弁護の技術(上)533頁参照)と言われる所以である。
(2) 長坂町放火事件最高裁判決
ア.前述した長坂町放火事件最高裁判決は、情況証拠に基づく間接事実から推論して事実認定を行う場合の推論過程の適正化に関して、以下のとおり説示している。
「刑事事件において『犯罪の証明がある』ということは『高度の蓋然性』が認められる場合をいう。この高度の蓋然性とは、「反対事実の存在の可能性を許さないほどの確実性を志向した上での『犯罪の証明は十分』であるという核心的な判断に基づくものでなければならない。この理は、本件の場合のように、もっぱら情況証拠による間接事実から推論して、犯罪事実を認定する場合においては、より一層強調されなければならない」
すなわち、上記最高裁判決は、間接事実から要証事実を認定するにあたっての証拠の価値判断を行う基本的視点として、1 無罪方向にはたらく反対事実がないか2 そのような反対事実の可能性を払拭できるか という2つの視点を強く求めたものであり、反対事実の存在の可能性を許さない程の確実性の志向がなされなかった場合、情況証拠から主要事実を推断する心証形成過程は「合理性を欠く」ことになるのである。
イ.具体的には、1 要証事実に結びつく積極的情況証拠(犯行の動機、犯行の具体的可能性、犯跡隠蔽の工作など)について、それぞれの間接事実の「存在証明」と「要証事実に対する推認力」は十分であるか2 犯行の客観的態様などが検察官が主張する犯行動機等の「有罪仮説」と適合しているか3 「有罪仮説」にとって障害要素となる消極的情況証拠が存在していないか。4 個々の情況証拠について、被告人を犯人と推定しない別途の解釈や意義づけの可能性は存在していないかなどを詳細に検討しなければならず、そうした検討を行っていない判決の推論は「審理不尽」であり、「合理性を欠く」ものとなるのである。
(3) 仁保事件最高裁判決
ア.この「合理性」を検討するに当って、情況証拠(間接証拠)の証明力には強弱があることに留意しなければならない。すなわち、間接証拠の証明力の強弱により「第一次的状況証拠」「第二次的情況証拠」等と逐次区分されているところ、他の情況証拠を介在させずに直接被告人の犯行を推認させる「第一次的状況証拠」(犯行の動機、犯行の準備行為、犯行の具体的可能性、現場の遺留物、犯跡隠蔽の工作など)については、それ自体が「合理的疑いを越える証明」の対象とされねばならない。 仁保事件の上告審判決(最判昭和45.7.31刑集24巻8号597頁)は、情況証拠の証明の程度に関して次のように判示している。
「もし、これらの事実(重要とされる6つの間接事実)を積極に認定しようとするならば、その証明は、高度に確実で、合理的な疑いを容れない程度に達していなければならないと解すべきである。けだし、これらの事実は、被告人と犯人との結びつき、換言すれば被告人の罪責の有無について、直接に、少なくとも極めて密接に関連するからである」
上記最高裁判決は、犯人と被告人の同一性に関して、その間接事実の存否が「本件事案の解明の鍵をなすかどうか」という実質的な基準によって、間接事実に対する証明の程度すなわち「合理的疑いを超える証明」の要否を決めているということができる。換言すれば、その存在が証明された情況証拠(間接事実)について、「無罪方向の反対事実の可能性を払拭できない限り、被告人を犯人としない解釈や意義付けが可能である限り、その間接事実は証拠評価の対象にしない」とする立場を確立したということができるのである。
イ.上記の問題に関して、石井一正氏は次のように論じている(前掲書114頁)。「情況証拠によってのみ、犯人と被告人の同一性を認定しなければならない事件においては、間接事実の適正な認定とその間接事実が犯人と被告人の同一性を推認させる方向に働くのかどうかということの慎重な検討が必要である。その方向に働かない間接事実をいくら積み重ねても、犯人と被告人の同一性が証明されたことにはならない。しかし、一方で、いささかでも疑惑が残るとしてこの証明がないとするならば、情況証拠による認定はおよそ不可能といわなければならない。なんとなれば、情況証拠による推認は、反対事実の存在の可能性を全く許さないほど一義的なものではないからである。換言すれば、反対事実の存在の可能性が、抽象的な思考上のものにとどまるか、合理性のあるものかということがその分岐点であることは、前にも述べたとおりである」
上記最高裁判決や石井説の立場に立っても、情況証拠による事実認定において、「反対事実の存在の可能性」を検討することは不可欠のことであり、反対事実の可能性について詳細に検討していない判決の推論は「合理性を欠く」ことになるのである。
ウ.本件は、犯罪事実そのものの存在には争いがなく、争点は犯人と被告人の同一性であり、それが本件の要証事実である。しかも、本件は、冒頭で説明したとおり、直接証拠は皆無であって、証拠全体の脆弱性をあらわにしている。つまり、一審及び原審の事実認定に至った証拠上の不備は深刻であり、本件で提出された情況証拠は、「人の行為を証明するもの」が非常に乏しく、要証事実を推認する上で中核となるべきいわゆる「並列的情況証拠」が極めて乏しいのである。このように本件はもともと証拠構造が極めて弱いことが大きな特色なのである。
(4)葛生事件控訴審判決
また、原審が、犯人を「キリンビール事業所従業員51名」に絞りこみ、その中から「被告人」に絞り込んでいった推論過程はいわゆる消去法的認定と呼ばれる認定方法であるが、この認定方法自体にも問題がある。消去法的認定をするためには、被告人が犯行の排他的・独占的機会を有することを立証しなければならない。
この点に関連して、東京高判平成7年1月27日の葛生事件控訴審判決(判夕897号81頁)は、いわゆる「消去法的認定方法」をとった第一審判決(情況証拠から内部犯行と推断した上、内部犯行の該当者は被告人しかいないとして有罪を認定した件)について次のとおり論じている。「消去法的な推論を重ねた場合の最大の問題点は、被告人の犯行であることを立証する積極的な証拠が不足しているのを論理的な証拠が不足しているのを論理的な推論によってカバーしてしまう危険である。特に、本件では、被告人がTとの結婚目的のためにその障害となるMを自宅で殺害したとされているのに、被告人による犯跡隠蔽行為の存在が認定できないという被告人を犯人と見ることの大きな障害要素も存するので、『被告人以外の者の犯行の可能性は考えにくい』ということをもって、直ちに『被告人が犯人である』ことの証明に置き代えてはならないであろう」と判示しているのである。
この判例が指摘しているとおり、まさに原審は「被告人以外の者の犯行の可能性は考えにくい」ということから、直ちに、「被告人は犯人である」と認定したものであり、その認定が不合理であることは明白である。
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以下、次回に続く。
A(※)被告人と交際後、事件発生時まで被害者と交際していた男性







関連サイト

シリーズ一括読み
http://www.bnn-s.com/bnns/series/seriesList.jsp?series_cd=13






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