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恵庭OL殺人事件 最高裁提出「上告理由書」 vol.3


05月08日(月) 17時05分
文:東  



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大越美奈子被告(左)と被害者の橋向香さん
 犯人と被告人を結びつける直接証拠は存在しないと主張。

 平成12年3月17日、苫小牧市に住むOL・橋向香さん(当時24)が、恵庭市北島の市道脇で焼死体となって発見された恵庭OL殺人事件。

 この事件で逮捕、起訴されたのは、橋向さんの同僚で日本通運札幌東支店キリンビール千歳工場内構内課に勤務していた大越美奈子被告(35)だった。

 15年3月、札幌地裁の遠藤和正裁判長は、殺人と死体損壊の罪に問われた被告に対し「被告人単独で被害者を殺害、死体を焼損したことは、合理的な疑いを挟む余地なく認定できる」と断罪、懲役16年(求刑・懲役18年)の判決を言い渡した。

 捜査段階から一貫して無実を主張してきた被告は、判決を不服とし、即日、札幌高裁に控訴。

 控訴審はおよそ1年半にわたり行われた。昨年9月29日、札幌高裁(長島孝太郎裁判長)は1審・札幌地裁判決を支持し、控訴を棄却した。被告は即日、上告。弁護団は提出期限である今年3月6日、最高裁に上告趣意書(上告理由書)を提出した。

 被告は被害者の携帯電話に多数回にわたり、無言電話をかけるなど、不審な行動を取ったことが明らかになっている反面、事件では凶器や殺害場所などが、現在まで特定されていない。

 以下、上告理由書のvol.3。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

第2. 原審の推論とその問題点(総論)
1.原審の推論の構造

(1)要するに、原審が、「被告人が本件の犯人である」とした根拠は、1 被告人が犯人であることを示す幾多の間接事実が存在すること2 動機があり、かつ、犯行と関わりを持つ可能性がある者は被告人以外にいないこと3 被告人が本件犯行自体、もしくは犯人のとった行動に及ぶことが不可能である(ないしは可能と判断することが不合理不自然である)との事情は全く認められないことの3点である。

(2) 原審は上記の3点についての判断を行う前提として、次のような犯人像の絞込みを行っている。

 「犯人は被害者の携帯電話から電話を掛け、最後に電源が入っていたことが確認されている3月17日午前零時36分から電源断の状態の携帯電話が発見された同日午前3時5分ころまでの間に、配車センターの2階女子作業員詰所内の更衣室に入り、被害者のロッカー内に電源を切って携帯電話を戻したか、既にロッカー内に戻しておいた被害者の携帯電話の電源を切ったことが認められる」

 「昼休みの間、女子作業員詰所では女子従業員が昼食をとるなどしているから、昼休みに部外者や男性従業員が同詰所内更衣室に入って上記の行為をすることは不可能であり、それ以外の時間においてキリンビール事業所部外者が同詰所に侵入することは物理的に不可能とまではいえないが、あくまでもそれは抽象的な可能性に止まるというべきである。(中略)犯人が、被害者と全く関係のない行きずりの者であるとしたら、わざわざそのような行為に及ぶ理由も必要もなく、また、その実現可能性も全く考えられないから、この事実は、犯人が、行きずりの者ではないことを示しているといえる。(中略)以上によれば、結局、犯人は、配車センターの2階に行ってもさほど不信感を抱かれない人間、すなわち、被告人を含める当時のキリンビール事業所従業員であると合理的に推認できる」

 このように原審は、まず「キリンビール事業所従業員51名の中に犯人がいる」という絞込みを行った上で、上記の3点を検討し、その結果、被告人を犯人と認定した。

2.原審の推論の特徴

(1) 積極的情況証拠について

ア.前述したように、本件は、犯人と被告人を結び付ける直接証拠が全く存在せず、間接事実から要証事実(犯人と被告人の同一性)を認定する「純粋事例」である。

 原審は、有罪認定の根拠として、後述の7つの情況証拠(間接事実)を挙げているが、どれを見ても情況証拠としての「質」は十分ではない。「情況証拠が十分だというためには、提出されたすべての情況証拠が、あらゆる方向からみて、いずれも有罪を示していることが必要である」(渡部保夫「無罪の発見」181頁)と言われるが、本件では、そのような証拠は存在していないのである。

 本件は、後述するところの長坂町放火事件最高裁判例に説示された「情況証拠による事実認定の基本原則」を踏まえた判断が強く要求される事案であり、したがって、ひとつひとつの間接事実について、要証事実に対する証明力及びその証明の程度を適正に評価し、その間接事実が犯人と被告人の同一性を推認させる方向に働くのかどうかについて慎重に検討すなければならない事案である。にもかかわらず、原審はそのような証拠の価値判断や合理的推論を行っていない。

イ.原審が、被告人の有罪認定の理由として、次の7つの間接事実を適示した。

1 女子更衣室の被害者のロッカーから被害者の携帯電話が発見された事実2 被告人車両内から被害者のロッカーキーが発見された事実3 被害者殺害後の犯人の動きと被告人の動きが一致している事実4 被告人が事件直前に灯油10リットルを購入し、事件後にまた再購入している事実5 被告人車両のタイヤに高熱を帯びた物体に数分以上触れてできたものと推定される損傷があった事実6 被告人の住む早来町(現在は追分町と合併して安平町)の「町民の森」で被害者の遺品(ハンドバック及び財布以外)の残焼物が発見された事実7 被告人には被害者殺害の動機がある事実

ウ.ところが、後に詳述するように、これら7つの間接事実は、「犯人と被告人の同一性」という要証事実との関連で、要証事実の存在を肯定する方向にも否定する方向にも働く事実でもある。

 「被告人以外に真犯人がいる可能性」が本件における反対事実であり、弁護人は一貫してこの反対事実の存在を主張してきた。それ故、裁判所が上記7つの間接事実から犯人と被告人の同一性を認定するに当たっては、1 無罪方向に働く反対事実(被告人以外の真犯人の存在)の可能性はないか。2 そのような可能性を払拭できるか。という2つの観点から各間接事実について詳細に検討しなければならない。

エ.例えば前述1の「被害者のロッカーから被害者の携帯電話が発見された事実」を例に取るならば、1 被告人が被害者の携帯電話を戻したとした場合、不自然かつ不合理な点はないか。2 被告人以外の真犯人(共犯者を含む)が戻したという場合はどうか。について詳しく審理した上で、結論に至る推論過程を合理的に説明しなければならないのである。

オ.原審は上記1の間接事実から、「キリンビール従業員51名の中に犯人がいる」との結論を導いている。その理由は次のとおりである。

 「キリンビール事業所部外者が同詰所に侵入することは物理的に不可能とまではいえないが、あくまでそれは抽象的な可能性に止まるというべきである。(中略)犯人が行きずりの者であるとしたら、わざわざそのような行為に及ぶ理由も必要もなく、また、その実現可能性も全く考えられないから、この事実は、犯人が行きずりの者ではないことを示していると考える」

カ.しかし、原審は、なぜ「抽象的可能性に止まる」のか、また、なぜ「そのような行為に及ぶ理由も必要もない」のか、そして、なぜ「その実現可能性も全くない」のかについては全く合理的説明をしないまま、上記の結論を導いている。この心証形成過程は全く不明であって、「反対事実の存在の可能性を許さない程の確実性を志向した上での『確信的判断』」とはおよそいえないのである。

キ.同様に原審が積極的情況証拠に挙げている他の間接事実について、上記観点から詳細に見ていくならば、次のように同じ問題点が浮上してくる。

 7つの間接事実のうち、2の「被害者のロッカーキーが被告人の車両から発見された事実」5の「被告人のタイヤに損傷があった事実」(3月20日に被告人の友人B(※)が駐車場で発見)6の「4月15日(被告人の任意同行された日の翌日)早来町民の森から被害者の遺品の残焼物を発見された事実」の3点は、被告人の犯人性を否定する方向にも働きうる間接事実であって、これは、むしろ、被告人の犯人性を推認させる積極的情況証拠と判断するよりも、被告人の犯人性を否定する消極的情況証拠と判断したほうがより一層合理性がある、ということである。

ク.以上に述べたとおり、原審が被告人の犯人性を認める根拠とした「積極的情況証拠」には上記のような問題点が存している。

(2)消極的情況証拠について

ア.原審は、弁護人が主張した「被告人の犯人性を覆す間接事実」に関して、次のような推論により、弁護人の反対事実の主張を否定して、被告人の犯人性を認めた。

(ア)被告人にはアリバイがある点 被告人が3月16日午後11時30分43秒にガソリンキング恵庭店にいたことは、被告人のアリバイとはならず、かえって、被害者の死体が焼損された時刻と場所に近接した時刻・場所に被告人がいたことは、被告人の犯人性を示すひとつの間接事実といえる。

(イ)被告人の握力及び体力、被害者との体格差等について 被告人と被害者との対格差等から被告人が被害者を殺害することが不可能であるとは言えない。

(ウ)灯油10リットルでは、被害者の死体が炭化状態になることはない点 灯油10リットルでは本件死体のように焼損することが不可能であるとは言えない。

(エ)被害者車両がJR長都駅に放置されていたことは、被告人による犯行であることを示している点1 被害者は、被告人と何らかの約束をしていたか被告人に言われて、自分の車両を運転して長都駅へ向い、同駅南側駐車場近くに自車を駐車した後、一緒に長都駅まで来た被告人車両に乗車したというのは十分想定できる事柄である。2 被告人がガソリンキング恵庭店に入店した午後11時30分までの約1時50分の間に、被告人が長都駅で被害者を乗せ、その後被害者を殺害し、死体焼損現場まで運び、車内から被害者を引きずり出し、予め車内に積載していた灯油でその死体を焼損し、ガソリンキング恵庭店に入店することは十分可能であって、時間的にこれが困難であるとは全く言えない。

(オ)被告人が被害者の携帯電話を被害者のロッカーに戻すことが不可能である点

 他の女子従業員に気付かれることなく、被告人が昼休みの間やその他の時間帯に被害者の携帯電話を被害者のロッカーに戻したり、被害者のロッカーにあった携帯電話の電源を切るのは十分可能であり、これが不可能であったとは到底言えない。

(カ)被告人が被害者の遺品を投棄するのは不可能である点

 警察官は、被告人の行動確認をしているが、常時監視していたわけではなくとぎれとぎれに行われていたにすぎず、警察の尾行により、被告人において、被害者の遺品を投棄することが全く不可能であったということはできない。

(キ)被告人の車両に被害者の血痕や尿斑、指紋等がない点

 被告人の車両に血痕や尿斑等の痕跡がないことから、直ちに被告人の犯人性が否定されるものではない。

(ク)死体焼損現場付近から被告人車両のタイヤ痕が発見されていないこと

 本件では、死体発見者、消防車、消防官等が死体焼損現場に駆け付けており、仮に犯人の車のタイヤ痕が現場に印象されたとしても、それがそのまま残っていた可能性は低いとはいえ、被告人車両のタイヤ痕が発見されていないことも犯人性を否定するような事情ではない。

イ.上述した原審の判示を見れば明白なように、原審は「消極的情状証拠」に対して、いずれも「可能性」や「二重否定」で答えているに過ぎず、「反対事実の存在の可能性を許さないほどの確実性を志向した上での確信的判断とはおよそ程遠いのである。「有罪認定をするには都合の悪い、消極的可能性を持つほかの一面や、有罪認定とは矛盾する可能性が高い情状証拠をも正当に評価する視点が十分でない」(ロス疑惑事件控訴審判決)どころか、その視点を全く欠落しているとしか言いようがない。

3.原審の推論の問題点

(1)以上に述べたとおり、本件においては1 原審が判示した各間接事実について「犯人と被告人の同一性」(要証事実)を推認する方向に働くのか否定する方向に働くのか

2 その間接事実がどの程度の要証事実に対する推認力(証明力)を持っているかについて厳密な証拠価値の評価を行い、間接事実から要証事実を認定するに至った推論過程を合理的に説明しなければならない。

(2) また、原審は、「犯人はキリンビール従業員であるが、その中で殺人の動機があり、犯行と関わりを持つ可能性のある者が被告人以外にいない」とした。

 しかし、犯人は被告人以外にあり得ないと「絞り込む」ことが可能であるためには、

1 事件が単独犯であること2 被告人以外に犯行の機会を持つものがいないこと3 「殺人」(主要事実)に対する重要な間接事実であるところの「死体損壊」について、被告人の犯行であると認定できることが不可欠の前提である。本件「殺人」および「死体損壊」の各公訴事実について、以上の3点が合理的に説明されていなければならないのである。

(3) ところが、原審は、この「殺人」と「死体損壊」の2つの犯罪事実を区別せず、「死体損壊」において、死体焼損に使われた燃料は「不明」であると認定した。となれば、本件死体損壊を被告人の犯行と認定することはできない。また、「死体損壊」は「殺人」という主要事実に対する重要な間接事実であるから、「死体損壊」が被告人の犯行ではないことになれば、「殺人」における被告人の犯行性も否定されることになる。

(4) 以上に述べたとおり、本件の各情況証拠の推認力は弱く、本件犯行と被告人を結びつけるのに、それらの情況証拠だけでは有罪証明の水準に達せず、反対事実の不存在を含めた総合評価により、初めてその水準に到達するものばかりである。したがって、前記最高裁判例によっても、その総合評価の過程すなわち個々の間接事実の重要性と狭義の証明力をどう評価したのか、複数の間接事実についてそれらの相互関係・有機的連関をどのように判断したのか、などを具体的に判決の理由中に明示しなければならない。ところが、原審は「総合評価」の対象となった複数の間接事実について、反対事実の不存在を含めてそれらに基づく推論過程についての合理的説明を全く行わないまま、「被告人が、被害者を殺害し、その死体を損壊した犯人であると強く推認できる。」と認定したものである。

4.本上告理由書に主張について

 弁護人は、本上告理由書の第3以下において、被告人を有罪と認定した原審の推論には合理性がなく重大な事実誤認があることを、以下の4点を柱として詳しく論ずることにする。

(1)原審の行った「犯人像の絞込み」の推論は誤っている。

(2)原審が述べる「幾多の間接事実」(積極的情況証拠)は十分な証明力を持ち得ないもので反対事実の可能性を払拭しておらず、それらを「総合判断」して被告人を有罪と認定した推論には合理性がない。

(3)「被告人以外にも動機があり、犯行と関わりを持つ可能性がある者は被告人以外にいない」という認定は、審理を尽くさず証拠の価値判断を誤った事実誤認である。

(4)「被告人が本件犯行を行うことは不可能(可能と判断することには不合理・不自然)であるとの事情は全く認められ得ない」(消極的情況証拠)という認定の推論に合理性がなく、審理不尽及び証拠の価値判断を誤った重大な事実誤認がある。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 以下、次回に続く。

(※)友人Bは、被告人の元同僚女性







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