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独裁者の秘密を徹底検証 ドキュメンタリー金正日 第47回


 
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| 金正日が誕生した南野営(原図制作・惠谷治、デザイン・鍵本博子) |
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第1部 金正日の出生の秘密を暴く
第3章 1941年に生まれた金日成の子供
遂に暴かれた金正日出生の秘密 朝鮮研究の専門家たちの一部は、1974年に展開された「出生33周年祝賀電文発送運動」に着目して、金正日は1941年生まれであるとみていた。しかしながら、1941年前後の金日成と金貞淑に関する情報を、長い間、入手することが困難だったため、1942年生まれという北朝鮮の主張を覆すことができなかった。
金正日は1980年に朝鮮労働党第6回大会で公式にデビューしたが、その前後に年齢を1歳引き下げて父親の生年の端数に合わせ、親子で生誕祝賀ムードを盛り上げ、後継者であることを強調するようになったに違いない。それが可能になったのは、組織・宣伝担当書記としての金正日自身が、指示したからだった。
ここで改めて、金正日の出生秘話を整理しておくことにしよう。
金正日の両親である金日成と金貞淑は、中共東北抗日連軍第1路軍第2方面軍の「指揮」と「指揮部要員(炊事隊員)」の関係だった。関東軍の野副討伐隊による激しい追撃をかわし、傷病隊員をソ連に避難させて兵力を温存させるという魏拯民副総司令の方針を知った金日成は、金貞淑が身籠ったことを自覚した後の1940年10月末、司令部に無断で金貞淑を含む15人の部下と共に、ソ連に脱出することを決断し、間島省安図縣から延吉縣、汪清縣を経由して、琿春縣の雪帯山に至り、その山中で形式的な結婚式を唐突におこなった。その後、身重の躰を気遣って金貞淑を先発させた可能性はあるものの、1940年11月には金日成たちはソ連の国境にたどり着いた。推定距離200kmを約1カ月かけて走破する逃避行だった。その時点で、金貞淑は妊娠7カ月ほどだったのである。
越境証を持たない金日成のグループは、ソ満国境でスパイ容疑のため拘束され、部下たちはポシエトに収容されたが、金日成だけはヴォロシロフ(現在のウスリスク)に送られ、1カ月に及ぶ取り調べを受けた。1941年1月初旬、容疑が晴れた金日成は、会議に出席するためハバロフスクに向かった。1941年1月中旬、越境した第1路軍の隊員たちはヴォロシロフ近くの蛤蟆塘(ハマタン)に設置された「南野営」に集結させられた。そして金貞淑は金日成がハバロフスク会議で不在中の2月16日、金正日を出産した。
金善証言によれば、娘を出産したのは「野営地から1時間程行った市街地のソ連人の病院」だったということであり、金貞淑も金善と同じように病院で出産したと考えられる。「野営地から1時間程行った市街地」とはヴォロシロフの可能性もあるが、今のところは「ヴォロシロフ周辺の病院」ということにしておこう。
そして、ハバロフスク会議を終えた金日成は、3月1日、南野営に移動し、その日に母となっていた金貞淑と4カ月ぶりに再会した。金貞淑が病院で無事に金正日を出産し、2週間以内に元気に退院していることは、その日に撮影された写真が証明している。金日成が「結婚記念写真」代わりと述べている1941年3月1日の南野営でのツーショットは、長男が誕生した新婚夫婦の喜びの笑顔を映し出している。
以上のような検証により、金正日は1941年2月16日、ヴォロシロフ(現在のウスリスク)周辺の病院内で誕生した、というのが私の結論である。
「金正日が生まれると、金正淑は、わたしと自分の軍服をほどいてつくった服を着せました。訓練基地にいたときも、事情は同じでした。当時ソビエト人も戦争のため満足に食べられませんでした。少なく食べ、少し寝、地味に着る、というのが彼らのスローガンでした。そのため、おくるみと布団、帽子もととのえることができませんでした。それで、女子隊員たちが布の切れ端をつぎ合わせて布団をつくってくれたのです。金正日は祖国が解放されるまで、その布団を使いました」(『世紀とともに』第8巻・平壌版304頁)
それから4年後に祖国は解放されたが、金日成は朝鮮解放から1カ月ほど遅れて祖国に帰還した。それから2カ月後(11月16日)に、金貞淑母子も北野営地を去った。
「11月の中旬頃だったと記憶しています。その時、金正淑は金正日の手を引き、平日〔弟〕を抱いて基地〔北野営〕を出ていきました」(『パルチザン挽歌』349頁)
金正日の乳母と騒がれた李在徳は、以上のように証言している。
金正日は母や弟とともに、ウラジオストクから船で朝鮮北部の雄基港に向かい、1945年11月25日、初めて朝鮮の大地を踏んだ。金正日の祖国初上陸地点を記念して、雄基は後にパイオニアを意味する「先鋒」と改名され、今日に至っている。(了) 






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