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恵庭OL殺人事件 最高裁提出「上告理由書」 vol.8


 
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| 平成12年4月15日、橋向香さんの遺留品が焼損状態で見付かった早来町(現・安平町)の町民の森 |
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事件から約1カ月後、焼かれて発見された被害者の遺留品。
平成12年3月17日、苫小牧市に住むOL・橋向香さん(当時24)が、恵庭市北島の市道脇で焼死体となって発見された恵庭OL殺人事件。
この事件で逮捕、起訴されたのは、被害者橋向さんの同僚で日本通運札幌東支店キリンビール千歳工場内構内課に勤務していた大越美奈子被告(35)だった。
15年3月、札幌地裁の遠藤和正裁判長は、殺人と死体損壊の罪に問われた被告に対し「被告人単独で被害者を殺害、死体を焼損したことは、合理的な疑いを挟む余地なく認定できる」と断罪、懲役16年(求刑・懲役18年)の判決を言い渡した。
捜査段階から一貫して無実を主張してきた被告は、1審判決を不服とし、札幌高裁に控訴。控訴審はおよそ1年半にわたり開かれた。
昨年9月29日、札幌高裁(長島孝太郎裁判長)は1審・札幌地裁判決を支持、控訴を棄却した。被告は即日、上告。弁護団は提出期限である今年3月6日、最高裁に上告趣意書(上告理由書)を提出した。
以下、上告理由書のvol.8。
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5.被告人車両のタイヤの損傷について(前記6)
(1) 原審の判示
原審は、被告人車両のタイヤ損傷も、被告人の犯人性を示すひとつの間接事実であると判示する(原審16頁)。しかし、その推論は完全に破綻しており、もはや荒唐無稽としか言いようがないものである。
原審は、「原審甲202号証によれば、この損傷は、物理的な損傷、灯油、硝酸、硫酸等による化学変化や急ブレーキによるものではなく、摂氏250度から290度の高熱を帯びた物体に数分以上触れて出来たものと推定されている」と判示する。
(2) 原審の推論の破綻
ア. ところが、死体発見現場からは、「摂氏250度から290度の高熱を帯びた物体」なるものの存在は何一つ発見されていない。原審の説示した「物体」は現場から発見されておらず、推論の前提となる証拠が全く存在しないのである。
イ. また、原審は、被害者死体に火を放ったのは午後11時5分とし(原審25頁)、かつ、被害者死体発見現場から犯人が立ち去ったのは、午後11時10分前後と認定しているから(同30頁)、被告人が、被害者の死体に火を放ってから現場にいた時刻は、長くて5分である。原審が、被告人のタイヤに触れたと推定した物体は、事件当時の気温からして、摂氏0度以下の状態に置かれていたと考えられるから、原審の論理では、雪面上に置かれていた0度以下の物体が、1、2分後にいきなり摂氏250度ないし290度に上昇したことになる。摂氏0度前後の場所に置かれていた物体の燃焼温度が、原審の判示したように急激に上昇すること自体、経験則上あり得ないことである。また、犯人の車両は、少なくとも、燃焼地点からある程度離れて停止していたものと考えられるが(甲5の現場見取図4)、燃焼場所からある程度離れた地点の「物体」が、1、2分後に「摂氏250度から290度の高熱を帯びる」ことは、尚更、あり得ないのである。
ウ. さらに、原審は、そのタイヤの焼損は、被告人車両が被害者の死体の燃焼場所に接近していたことから生じたものだと認定している。そうであるなら、当然、被告人車両のボディやタイヤの広い範囲に延焼の跡が見られるはずであり、本件のような局部だけの損傷にはならないはずである。
エ. しかも、原審の推論の決定的な破綻は、次の点において明白である。すなわち、被告人車両が現場に到着して停車した時点においては、被告人は、まだ本件死体の焼損に着手していないから、被告人車両のタイヤが炎の熱により高温となった物体に乗り上げること自体全くあり得ない。さらにまた、原審は、被告人車両は約5分後に現場を立ち去ったと認定しているから、高温の物体に本件タイヤが乗り上げた時点は、被告人が現場を立ち去る時以外にはあり得ない。被告人が現場から立ち去るために自車を動かしてから、さらに数分間現場に停止していなければ、「被告人車両のタイヤが、数分間、炎による熱で高温になった物体に触れていること」は不可能となるが、このような事実自体が論理的にあり得ない。なぜなら「5分」という時間からみて不可能であるからである。原審は、このように論理的に破綻している事実を認定したのである。
オ. なお、付言すれば、甲202号証の実験に用いたタイヤは、被告人車両のタイヤと同じ品質・種類・大きさ(重量)のタイヤではない。同書面の写真を見れば、明らかに本件タイヤ(写真1)と実験に用いたタイヤ(写真2、同3、同4、同5、同6、同9のタイヤ)が同種でないことが判る。実験するのであれば、同じ品質・種類・大きさのタイヤを用いるべきであり、そうでなければ損傷を比較しても意味がない。
6.被害者の遺品の残焼物が被告人に土地勘のある場所から発見された事実について(前記7)
(1) 原審の判示
ア. 原審は、第2、5において、「被告人に土地勘のある場所から被害者の遺品の残焼物が発見された事実は被告人の犯人性を示す間接事実である」とする(原審16ないし18頁)。しかし、この事実は、被告人以外の真犯人の存在と両立しうる間接事実であって、被告人の犯人性を裏付ける積極的情況証拠ではない。かえって、この事実は、以下に述べるとおり、被告人が犯人ではないことを示す有力な消極的情況証拠(間接事実)なのである。
イ. 原審の判示
原審の論旨は、以下のとおりである。
1. 「被害者遺品残焼物が発見された場所(※)が、被告人宅から約3.6キロメートルの地点である上、冬期間は十字路までは通行できるものの、それより先は雪山のため行き止まりとなっている山の中で、通りすがりに思いついて投棄できるような場所でなく、土地勘がなければ容易に行き着くことのできない場所であるが、被告人は、『学校のドングリの子孫を残す会』の会員で、その会の活動を通して、この付近の土地勘があったことが認められる。(中略)捜査が自分の身辺に及んでいることを察知すれば、その具体的な経緯や理由は明らかでないが、手元にある被害者の遺品を早急に処分しようとするのはむしろ自然であり、当時の状況に照らして決して不合理な行動ではない」
2. 「犯人が被告人に疑いを向けようとすれば、本件場所よりも発見しやすい場所で、それが被害者の遺品と分るように投棄すると思われるのに、実際には、人の立ち入りの少ない山の中で、『学校のドングリの子孫を残す会』の会員によって偶然発見されたものである上、それは灯油によって相当程度に焼損されていたものである。被告人は『学校のドングリの子孫を残す会』の会員であるから、その場所には同会員が立ち入ることを知っていた可能性があり、そうであればそのような場所に被害者の遺品を投棄することは自分が犯人であると疑われるおそれがあるといえる一方、犯人が被告人に疑いを向けようとすれば、投棄した場所が上記会員が立ち入る場所で容易に発見されることを知っていたこと、そして、発見後それが本件と関りがあり、被害者の遺品と判明することを見込んでいたことになるが、そのような事情までを犯人が知った上で、しかもそれが被告人の仕業であると判明することを見込みつつ、わざわざ灯油で相当程度焼損したというのは手が込みすぎており、犯人が被告人に疑いを向けようとしてことさらにした行為とは想定し難いというべきである」
3. 「被告人は、4月1日ころ灯油を買い直しており、その灯油は社宅から押収されているが、押収されたときには9.5リットルしかなかったことが認められる。被告人は、買った灯油を車で運ぶ途中こぼれたと供述するが、車の運転中にポリタンクから500ミリリットルもの灯油がこぼれ出すことの不自然さに加え、被告人が、その際の灯油の臭いにも気付いた形跡がないこと、さらには、灯油が9.5リットルしか残っていなかったことを指摘されるまで、上記の供述をしていないことなどを考え併せると、その供述は信用し難いのであって、500ミリリットルについて他に使用され消費されたというような事実も窺われないことに照らすと、それが、被告人によって、被害者の遺品の焼損に使われた可能性が高い」
(2) 上記間接事実を被告人の所為とした場合の不合理性
ア. 被告人は4月11日ないし同15日ころには、マスコミや警察の行動確認捜査により、会社の退社時から翌朝出勤するまでの間、その行動を追尾されていた。そのようなきつい尾行や行動確認捜査のさなかにあって、被告人が被害者の所持品を持って、車を運転して発見現場に行くことは不可能であった。ましてや、一審が認定したように、徒歩で3.6キロメートルの道のりを、灯油や被害者の所持品を手に持って現場に行くことはおよそ不可能である。
イ. もし、被告人が犯人であるとした場合、上記所為は、被告人にとっては、犯人であることの発覚の危険性の高い行為であって、何のメリットもない。また、被害者の所持品の発見現場は、被告人自宅の3.6キロメートル先であって、土地勘のある場所と推定されているから、被告人がその場所で被害者の所持品を焼毀することは、なおさら、自分の犯人性を深める結果に繋がるのである。また、原審は、被告人が自動車で現場に行ったのか徒歩で行ったのかについて、明白な認定をしていない。しかし、いずれにしろ、上記所為が追尾中の警察やマスコミはもとより付近住民の目に付いて、自分が犯人であることを周知させてしまう危険性は高く、被告人がそのような危険を冒してまで、被害者の所持品を投棄して焼かなければならない必然性は全くない。この被告人の所為は、極めて不自然かつ非合理なことである。
ウ. また、被告人が被害者の所持品をこの時期にこの場所に焼毀すること自体が不自然である。なぜなら、3月18日以降、ずっと、被告人は犯人視されており、本人もその事実を知っていたから、もし被告人が犯人であるならば、もっと早い時期に罪証隠滅行為をしたであろうし、早来の住居に近い場所ではなく、海や川など発見が困難な場所に投棄したであろう(早来町周辺には海も川もある)。
また、被告人が、証拠隠滅のために被害者の所持品を焼毀したというのであれば、本件のように中途半端な焼毀ではなく、跡形もないように完全に焼毀する方が合理的である。その方が完全な証拠隠滅を図れるからである。ところが、本件は、そのような焼損の程度には至っておらず、証拠隠滅行為としては極めて不自然なのである。
エ. さらに、残焼物の中には、被害者のハンドバッグや被害者が常時持っていたと妹が証言しているルイヴィトンの財布が発見されていない。被告人が犯人であるならば、なぜハンドバックや財布を焼毀しなかったのか、原審は、この疑問に全く答えていない。被告人の周辺からはこのハンドバックも財布も発見されていないのであるから、原審は、このような疑問に答えなければならないはずである。
オ. さらに、原審は、被告人が再購入したと称する灯油の残量が所定容量より約500ミリリットル少なかったことをもって、被告人が犯人であることの根拠にしている。そのような推定が成り立つためには、当初から本件ポリタンクに所定の容量どおり灯油が入っていた事実が立証されなければならないが、その事実を示す証拠はない。また、もし仮に、被告人が、発見現場の残焼物の中にあった白色の容器に灯油を移し替えて現場に持って行ったと考えた場合、当該容器の容量の大きさからいって500ミリリットルの灯油は、わずか数ミリメートルほどの容量にしかならない。被告人が証拠隠滅の為に遺品の焼毀を図ったのであれば、当然、もっと多量の灯油を準備したはずである。被告人が証拠隠滅を図るために用意した灯油が、なぜ、わずか500ミリリットルでしかないのかについて、原審は何の説示もしていない。
(3) 真犯人の所為であることを排除した推論の不合理性
ア.原審の判示
原審は、真犯人が被告人に疑いを向けようとしたのであれば、真犯人は、
1 現実に投棄した場所は、「学校のドングリの子孫を残す会」の会員が立ち入れる場所で容易に発見されることを知っていたこと
2 すぐに被害者の遺品と分ることを見込んでいたこと
3 投棄は被告人の仕業であると判明することを見込んでいたこと
が予想される。しかし、犯人がこのようなことを見込んでわざわざ灯油で相当程度焼損したというのは「手が込みすぎているからその事実は想定し難い」と判示した。しかるに、この推論には以下のとおり合理性がない。
イ. なぜなら、真犯人にとって、遺品の残焼物は「どうしても誰かに発見されねばならない」ものではない。発見されない場合は、かえって罪証隠滅の目的を達することにもなる。残焼物が発見されなかったとしても、真犯人にとって、何ら不利にはならないのである。原審の掲げた1ないし3の推論は、真犯人にとって「遺品の残焼物は第三者に必ず発見されなければならない」ことを前提にしており、その上で、真犯人が遺品の残焼物が発見されることを見込んで灯油で遺品を焼損したことは「手が込みすぎているからあり得ない」と認定しているのである。しかし、そうした原審の前提認識自体が誤っている。
さらにまた、原審の「手が込みすぎているから、その事態は想定し難い」という推論は、被告人以外の真犯人が被害者の遺品を投棄した可能性(反対事実)を排除する推論でもない。原審は、証明力の薄い間接事実をいたずらに積み重ねただけのことであって、合理性のない推論を並べているにすぎない。
ウ. このように考えると、被害者の所持品を町民の森に投棄して焼損した人物は、被告人が重要容疑者であることを察知している真犯人であり、同人が、自分に嫌疑を向けられないようにするため、被告人の容疑を深めるためにわざわざ行った所為と考える方がむしろ自然であり、合理性が高いのである。
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以下、次回に続く。
(※)被害者の遺留品(眼鏡ケース、ビューラー、包装紙片、鏡、車の鍵など)は、平成12年4月15日、焼損された状態となって早来町(現・安平町)の町民の森で見付かった







関連サイト

シリーズ一括読み
http://www.bnn-s.com/bnns/series/seriesList.jsp?series_cd=13






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