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女性の視点第1回 子育て真っ最中、橋本聖子参議 後編


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11月17日(金) 11時35分
文:古瀬 写真:古瀬 |
 
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| 橋本聖子氏。夏・冬合わせてオリンピック7大会に出場した |
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困難に直面しても、それを壁としてとらえない生き方。
トップアスリートから参議院議員に転じた橋本聖子氏。しかし、幼少の頃は体が弱く、幾多の障壁を乗り越えてきたという。
――アスリート・議員として、女性故に困ったことがあったはずです。
橋本 女性にしかできないという意味で、出産があります。仕事をする上では、出産はある意味で大きな壁です。女性にしか味わうことのできない大きな壁だからこそ、裏を返せば幸せなことだと私は思います。
壁を大きな壁だと思うか、次に向かう幸せのための第一歩だと思うのか、考え方ひとつだと思いますね。
――何か困難に直面した際、それを壁として捉えていないということですか。
橋本 そうです。壁だと捉えたことはないですね。いままで小さいときに病気を何回も経験し、オリンピックへのプレッシャーだとか、けがや故障だとか、厚さや高さが違う壁がいっぱいありました。でも人間は壁にぶつからないと絶対に成長しません。私は(成長の糧として)それを受け止めてきたと思っています。
――子どものころの大病やアスリート時代の故障で、「もうだめだ」と思った瞬間はありませんでしたか。
橋本 ありましたね。ただそれは自分でだめだと思えば、本当にだめになってしまうのです。反対に少しでもチャンスがあれば、そこに賭けてみようと考えています。その少ないチャンスに賭けてみて、それが成功したときにはものすごい力になります。
それを信じて、いままでやってきました。もし、何の障害もなくやってきたら、私は多分7回のオリンピックには出られなかったでしょう。
――オリンピック出場や子育ての苦労は克服されている?
橋本 人から見たら苦労に見えるかもしれませんが、私自身は、苦労だと思っていないからだと思います。
人生というのは、幸せになろうだとか、がんばろうと思うと何よりも苦労しなければならないことになっていると思うんですよ。でも、いまの世の中は苦労は嫌だけども、楽しみたい、喜びは得たいという方が多いのではないでしょうか。
でも、現実は違います。ちょっとしたことにでも感動できる喜びが多い人生を歩むためにはずっと苦労をしていなければならないのだと思います。
――ほんの少しの幸せでも、自分にとって大きなものと感じられることが必要だということですが、どのようなことに幸せを感じられますか。
橋本 そうですね。例えば人によってはとても小さなものと思うことであっても、私にとっては、ものすごく大きな喜びや感動だったりするわけですよね。価値観の違いですが、ほんのちょっとのことでも喜べる人生というのはありがたいなと思う。例えば子どもの成長やひとつひとつの動きに感動できる、ということがあります。
また、オリンピックのときも同じですね。4年に1回しかないことのために4年の全てを費やして、オリンピックの一瞬に喜びを感じる。それができるというのは非常にありがたいことだと思います。
――オリンピックでは、競技の時ばかりでなく、練習をしている時にも幸せを感じているということですか。
橋本 両方ですね。やっぱり、一生懸命がんばれる自分の姿があるということも幸せです。例えば、病気やけがをしないでやれるということも幸せですから。
考えてみれば世の中には、やりたくてもやれない人がいるんですよね。私自身も小さいころは、病気でスポーツができないときがあったので、そのときの苦しさを考えると自分で選んで苦しめるところにいるほうが幸せだと考えています。病気で苦しむのと、オリンピックで苦しむのとでは全然違います。オリンピックという目標があって、それに向かって自分を磨いていく中での苦しみというのは、病気で苦しむのとはまったく違うありがたい苦しみだと思っています。
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幼少期からスポーツが好きだった橋本参議院議員だが、小学3年生の冬に腎臓病に罹り2カ月間の入院生活を送った。病院ではつらい境遇におかれた多くの子どもにめぐり合い、亡くなった友達からは「私の分まで生きてね、がんばってね」と言葉をかけられたという。
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――自分を磨く苦しみをありがたいと思うのは、いままで受けた教育で身についたことですか。
橋本 環境ですね。私が育った場所というのは、田舎の山の中なので、お店なんかないですし、自給自足のような生活でした。
だから、動物を育てる、世話をする、畑の仕事を手伝う、そういったひとつひとつを子どもながらにやらないと、生きていけなかった。その環境から身に付いたんだと思いますね。
いまは、食べるものはコンビニに行けばすぐある時代です。だから現在の子どもたちにそれを百パーセント伝えるのは、この環境では難しいですよね。
――自分の子どもにそれを伝えるためにやっていることは何ですか。
橋本 そうですね。自分のことは自分でするとか、何か「手伝いたい」といったときは私がやったほうが早くても、茶碗の一つや二つ割ったとしても、手伝わせてやるとか、ですね。
その中で、いくら大変なことであっても、やりたいと思うんだったら、最後までやらせる。途中で「いやだ」と言い出しても最後までやらせることです。
――具体的にどんなお手伝いをさせていますか。
橋本 食器の片付けや掃除、洗濯物を畳むことですね。自分のことは自分でできるようになり苦労することの喜びを覚えてほしいと考えています。
子どもが「いやだ」と思うことがあったとしても最後までやらせることによって、「やり切った」という思いに繋がりますから、そう感じられる機会をつくってやりたいと思います。
子どもは仕事が遅いので、こっちも忙しいことを理由にして「もういいよ」って諦めさせてしまうと、何の感動もないわけです。洗濯物であれば、下手でもいいから、とにかく畳んで、やるべきことが終われば、次は自分が楽しめることをできるというのも一つの感動ですよね。そういう感動をたくさんの積み重ねることが大切ですね。
――ありがとうございました。
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参議院議員を務めながら家事、子育てに奮闘する橋本聖子参議院議員。自分の睡眠時間を削りながらの両立は極めてハードだ。しかしつらいそぶりは決して周囲に見せないという。
それを可能にするのは強いモチベーション、本人はそれを「夢」という言葉で表している。
「一生懸命になること、そして、夢を実現させる喜びを知っているからでは」と橋本事務所のスタッフは語っている。
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■橋本聖子(はしもとせいこ)氏
1964年北海道勇払郡早来町(現・安平町)生まれ、83年 駒沢大学付属苫小牧高校卒業。84年サラエボオリンピック(スピードスケート)を皮切りに、88年 カルガリーオリンピック(スピードスケート)・ソウルオリンピック(自転車競技)、92年アルベールビルオリンピック(スピードスケート)・バルセロナオリンピック(自転車競技)、94年リレハンメルオリンピック(スピードスケート)、 96年アトランタオリンピック(自転車競技)の7大会に出場。アルベールビルオリンピックではスピードスケート1500メートルで日本人女子初となる冬季五輪銅メダルを獲得した。
95年、自由民主党から参議院議員比例区代表に立起し初当選。2001年、参議院議員に再当選し現在2期目。自由民主党北海道支部連合会会長も務めている。







関連サイト

女性の視点第1回 子育て真っ最中、橋本聖子参議 中編
http://www.bnn-s.com/news/06/11/061115112205.html

女性の視点第1回 子育て真っ最中、橋本聖子参議 前編
http://www.bnn-s.com/news/06/11/061105044818.html






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