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女性の視点第2回 世界に羽ばたく道産子アスリート、トリノ五輪女子カーリング代表 小野寺歩 後編


 
「今は講演などの普及活動でカーリングに接しながら自分を充電しています。その中で、もう一度オリンピックへという闘志が沸く日がきたらいいなと感じています」
今年2月のトリノ冬季オリンピックに女子カーリング代表として出場した小野寺歩さん。主将としてチームを引っ張り、前回金メダルのイギリスを下し、7位入賞を果たした。
ところが、今年5月には所属チームを離れて、「休養」を宣言。その後は競技に出場していない小野寺さんに今後の目標を聞いた。
――「休養」される理由を教えてください。
小野寺 今回のトリノオリンピックの結果(4勝5敗)は悔しいですが、前回のソルトレークシティー(2勝7敗で8位入賞)の悔しさとはまた違って、「ああ終わった」という達成感に近いものでした。前回は終わった後にトリノを目指そうと思ったのですが、今回は「すぐに次のバンクーバー五輪」と思いませんでした。
それだけトリノ五輪までの4年間は中身が濃く、頑張っていたのだと感じます。ソルトレークシティー、トリノと合計8年間、絶対にオリンピックのことを考えないといけない環境で、自分に重圧をかけながらやってきたので、「自分に休む期間を与えないと」と思って休養に入りました。
――今年5月の休養宣言後は、どのような生活を送られていますか。
小野寺 トリノ五輪を目指していたときにはメダルを取ることだけでなく、カーリングを広めるという目標がありました。私はカーリングに出会ったからこそオリンピックに出ることができました。だからカーリングというスポーツにプライドを持っています。でも、いろいろなところで「こんなのスポーツじゃない」という言葉を耳にすることがありました。だからこそ、自分たちがオリンピックでメダルを取れば、カーリングのことを分かってもらえると思っていました。
結果としてメダルは取れませんでしたが、カーリングを広めるということに関しては、少なからずできたと感じています。トリノオリンピックが終わってからは、いろいろなところからカーリングについて話を聞きたいと依頼があり、講演などをしています。
休養したといっても、自分はもっとカーリングを広めていきたいと考えています。そのためには多くの場所で講演して(カーリングの魅力を)分かってもらえるように、これからも頑張ります。
――今後の目標について聞かせてください。
小野寺 過去3回のオリンピックの金メダリストは、みんな母親です。現役でカーリングをしていて、一度は結婚で休養しています。そこから強くなってカムバックするのは格好いいですよね。
日本にはそのような選手がいないので、タイミングと環境が合えば、現役復帰する選手のさきがけになりたいです。カーリングでの最終的な目標はまだ、漠然としたものですが、オリンピックでメダルを取ることです。
――いつまでに競技に戻りたいと考えていますか。
小野寺 休養するときには本当にありがたい言葉をたくさんいただきましたし、また私の姿を見たいという手紙もたくさんありました。
でもこれまでも、自分の決めた道を今まで歩んできたし、これからの道も自分で決めていくので、まだ「いつ」とは言えません。それでも、私からカーリングを取ったら何もありませんし、カーリングにはずっと携わっていきたいです。だから、いつかは戻って来られればと思っています。
また、トリノまではメダルを取るために戦った4年間でした。トリノ五輪でメダルを逃がしたということは、次を狙うときにはこの4年以上の努力をしなければメダルを獲ることはできません。今は競技の一線から離れて、普及活動など多方面からカーリングに接しながら自分を充電しています。その中で「将来的にもう一度オリンピックへ」という闘志が沸く日がきたらいいなと感じています。
――そうすると、当面の課題はカーリングをもっと広めていくことになりますね。
小野寺 そうですね。あとはチームから離れても引退ではないので、自分もカーリングを続けていきます。カーリングは老若男女親しむことが出来る、生涯スポーツです。だから大会にも出場して勝敗に関係なく初心に返ってカーリングを楽しんでみたいですね。でも、いざやってみると、「負けられない!」となると思いますが・・・。
――小野寺さんは、どのような時に幸せを感じるか教えてください。
小野寺 世の中は何が起こるかわからないですから、寝る前に今日も一日健康だったと思うことができれば、私は幸せです。でも、仲間とオリンピックを目指していた自分がやはり一番幸せでしたし、きっと輝いていたと思います。ごくごく普通の私がここまでできたのもやはり、カーリングに出会えたこそですから。
――ありがとうございました。
■小野寺歩(おのでらあゆみ)さん
1978、年北海道網走管内常呂町(現・北見市)生まれ、01、年札幌学院大学卒業。12歳のときカーリングチームに入り21歳までに4度、世界ジュニアカーリング選手権を経験。大学卒業後の02年にはソルトレークシティーオリンピック、06年にはトリノオリンピックに女子カーリング日本代表として出場。ソルトレークシティーオリンピックでは8位入賞。トリノオリンピックではチームの主将を務め、強豪カナダやディフェンディングチャンピオンのイギリスを破り7位入賞を果たした。
06年5月には「休養」を宣言してチームから退き、その後は競技には出場していないが、現在は講演などカーリング普及のための活動をしている。







関連サイト

前編
http://www.bnn-s.com/news/06/12/061202140229.html

中編
http://www.bnn-s.com/news/06/12/061208170532.html






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