「食事の大切さを考えよう」
05月14日(月) 09時15分
徳永エリ
みなさーん!!連休はいかがお過ごしでしたか?
お天気も大きく崩れることなく、行楽には最高の連休だったのではないでしょうか。
私は、連休は仕事だったので、連休前にお休みを頂き、息子を連れてハワイでのんびりしてきました。
今回は、久しぶりに、ハワイで暮らしていた頃の友達に逢ってきました。滞在2日目、おいしいタイ料理を三家族で食べに行ったのですが、そこで盛り上がって、滞在最後の夜は、当時、仲良くしていた友達がみんな集まってくれて、高台の景色の美しい夢のようなロケーションにある、友達の家でバーベキュー・パーティー。15年ぶりに逢った友達がほとんどでしたが、みんな変わらず、まるで昔にタイムトリップしたようでした。それぞれが得意の手作り料理を一品ずつ持ち寄り、どれもこれもすっごーく美味しかった。デザートに、と言って出してくれたケーキは、2種類。その日の朝、友達の一人が作ったもの。プロもびっくりの出来栄えで、「いい、お母さんしているなぁ」と感心。「ママがこのケーキ作ったんだよ!」と食べる、子供の顔もキラキラ、自慢げでした。
懐かしく、楽しい時間でしたが、何よりも驚いたのは小さかった子供達が大きくなり、りっぱに成長していた事。まぶしいくらいで、私は、こんなふうにしっかり息子を育てられるだろうかと身が引き締まる想いでした。
高校生になったばかりの我が息子にも、とてもいい刺激になったと思います。
感心するのは、男の子も、女の子も大人とのコミュニケーションが上手だという事。日本の若者達は、親の友人とあんなに気持ちよく、挨拶をしたり、会話をしたりできないと思う。積極的に自分を知ってもらおうとか、相手を知ろうと身を乗り出して話す姿はエネルギッシュで高感度抜群!!日本の若者は、親とですら、うまくコミニュケーション出来ないのだから仕方がないが、なぜそうなってしまったのだろうか。大人と話したってつまらない、そう思わせてしまった我々大人が悪いのだろうか?
さて、今回のモノ申すは、食事について考えたい。
今、国を挙げて、食育の推進に力をいれている。それは、1970年代以降、急速に日本人の食事の内容と、食事をめぐる状況や環境が大きく変わって、そのことによって生活に様々な問題が起きているからだ。
栄養の偏り、肥満や生活習慣病の増加など、身体への影響だけではなく、心にも大きく悪影響を及ぼし、様々な問題行動を起こす、キレやすい人間を作ってしまう原因の一つとも言われている。
私が子供だった昭和30年代、朝、布団の中でまどろんでいると、まな板の上でねぎを刻む音が聞こえてくる。そのうち、魚を焼く匂いや、味噌汁の香りが漂ってくる。そして、「起きなさいよ。ごはんできたよ。」と、母の声。
起きて、顔を洗って、着替えて。私はうさぎや、にわとりなどを飼っていたので、はこべや、熊笹の葉や、たんぽぽなどを採りに行って、餌をやり、玄関の掃き掃除をし、水撒きをしてから、食卓に着く。
その頃には、一仕事した後なので、なんとなくお腹がすいてきて、おいしく朝ご飯が食べられた。家族全員が揃った食卓。食べる物も皆同じ。それに、朝学校に行くまでに時間の余裕が充分にあったので、家族で食卓を囲んで色んな話も出来た。
ところが今は、大人も子供も起きるのが遅い。時間がないから、朝バタバタとして、すべてを簡単に済ませてしまう。子供達に聞くと、かなり高い確率で朝ごはんはパンと答える。
しかも、目玉焼きやハム、ソーセージ、サラダなどもなく、ヨーグルトか、野菜ジュース。
そして、バナナ。
まったく、手を加える事のない、ただ冷蔵庫から出すだけ、並べるだけ。
しかも、家族が揃って食卓に着く事もなければ、食べる物も全員バラバラ。会話などあろう筈もない。「うちの子は、食べなくて困るのよ」という声をよく聞くが、食卓が楽しくなくて、しかも、まだ身体も、頭も起きないうちに「時間がないから、早く食べなさい!」
なんて、せかされながら食べたって美味しいはずもなければ、食が進む訳もない。
さらに、驚く事に、朝ごはんにカップラーメンを食べている子の多いこと。食べないよりは、何でもいいから食べて欲しい…の結果そうなったのはわからないでもないが、決して子供のためにはならない。親の作ったものを嫌でも、我慢しながらでも食べる。そうすると、たまに、自分の好きなおかずが出ると嬉しさも食欲も倍増するわけだし、そのうち嫌いなものも好きになるし、家の味、お袋の味が舌に記憶として残っていくことも大切だ。
母親が料理を作っているのを見ているから、作った事がなくても、いざとなるとなんとなく作り方がわかるし、食卓に色々なものが並ぶから食材の勉強にもなる。食器の並べ方や、箸の持ち方、ご飯や味噌汁の盛り付け方、魚の食べ方だって、いかにきれいに、ほねだけになるように食べるか競ったり、食事から学ぶ事が沢山あるのだ。
先日、取材で、幼稚園児30人に、朝ごはんについて聞いてみると、三分の一の子が、栄養補助食品を、サプリメントを飲んでいると言うのだ。「ビタミンE!白いカルシウム!カロチン!野菜不足だから、サプリメントは必要なんだよ!」なんて、親の受け売りで言うのだ。
こうなると、現代の食事は生命を維持するためだけのもの、食事ではなく、餌になってしまっている。
お昼ごはんや、夕食も同じ。作っても、スパゲッティー、カレーライスなどの、「ワンプレート食」そして、「外食」や、冷凍食品などの調理済み食品や惣菜、コンビニ弁当といった「中食」を利用する人が増えている。一人暮らしの人が多くなり、自分一人のためにごはんを作る手間をかけない。昔と違って家庭のお母さんも、フルタイムや、パートで働いている人が多く、忙しい、時間がない、負担が大きすぎるなどの理由で、食事を作ったり、食べたりすることに、時間をかけない。
食をめぐる、たくさんの大切なことを忘れてしまっている。
自分達が子供の頃、団欒の時だった食卓の暖かさを今の子供達、家族から奪ってしまっているのは、我々母親なのかもしれない。一人でご飯を食べている「孤食」や、家族一緒の食卓でもみんなが、好きなものを、ばらばらに食べる「個食」。いずれにせよ、楽しい感じは伝わってこない。実際、一人で食べている子供に話を聞くと、「さみしい…」と言う。
そんな状態をかわいそうだなぁ、申し訳ないと思っているならまだしも、「私だって忙しいんだからしょうがないでしょ」と、開き直っているとしたら、お母さん、それは大きな間違いですよ。
以前、夏休みの真夜中、大通近辺をうろついていた女子高校生に話を聞いたら、食事は一日一食だという。お金のあるときはハンバーガーなどのファーストフードを食べるが、普段はコンビニのおにぎり。ポテトチップスにコーラで、空腹を満たす事もあるとか。
休み中、ほとんど家でごはんは食べないと言う。
「お母さん、ごはん作って待っててくれないの?」と聞くと、「帰るの遅いから、何にもないよ」「お母さんの作ったごはん、早く帰って食べたいと思わない?」「うちのお母さん、料理下手だから、コンビニ弁当の方が美味しいし」
「お袋の味ってわかる?」「なにそれ?」「うちのお母さんの作る、あれは日本一とか、一番好きなものとか、懐かしい、暖かいかんじのするものとか…。例えば、豆腐の味噌汁とかさぁ」「えーっ。味噌汁なんか家で食べた事ないし、わかんないー」
母親達よ、こんなことでいいのだろうか。いずれ、人の子の親になる子供をこんな風に育てていて。ましてや、娘はいずれ、母親となるのだ。こんなことだから、育児放棄や、虐待、そこまでいかなくても、料理を作れない、作ろうとしない若い母親達がどんどん増殖している。
私は、TVの仕事以外にも、小さな飲食店を経営していて、もう10年もの間、本当に寝る時間もないというような生活をしている。1日の仕事を終えて、帰宅するのは早くて、夜中の二時過ぎ。それでも、息子が小、中学校時代は遅くても7時には起きて、朝ごはん作って、一緒に座って話をしながら食べた。たまに、食欲がないと体調悪いのかな、何だかいつもと違うなぁと変化に気付く。(学校で何か問題があって悩んでいたり、体調が悪かったりするのは、朝の様子を良く見ていればわかるそうだ。一緒に食卓に着いて子供の話を聞いて、悩みが小さなうちに解決してあげたいものだ。)
余り、好まないものも食卓に並べ続けていると、気が向いて食べてみたりする。そのうち普通に食べられるようになっている。今は、ほとんど好き嫌いはない。特に野菜は積極的に食べている。
私は、料理は昔から好きで、作るのは早いので夕飯も、あまり負担に感じず、仕事と仕事の合間に作って、息子と一緒にささっと食べているが、この4月、高校に入ってからは、さらに、毎日のお弁当作りが始まった。睡眠時間を1時間減らすのはかなりきつく、始まるまでは体力的に不安だったが、だんだん短時間でお弁当を作る要領もわかってきて、楽しくなってきた。
忙しいのも、疲れるのも、食べさせる努力をするのも、大変なのはよくわかる。でも、「食事」には親子のコミュニケーションや、食をめぐる様々な、教育という大変に重要な要素があるということを意識し、我々母親は努力しなければならない。家族に食事を作る事を喜びと感じましょう。朝、1時間、子どもの為に早起きしましょう。料理が苦手だったら、書店に行くと、簡単に、短時間で作れるおかずの本などたくさんあるので、購入して色々作ってみましょうよ。家族の反応を見ているとだんだん楽しくなってくると思う。食べなかった子がお母さんがいっしょうけんめい作ってくれた様子を見て食べるようになるかもしれないし、母親が、おいしいごはんを作って待っていたら、フラフラ遊んで歩いている子も早く帰ってくるかもしれない!
お弁当でひとつ、私が息子に教えられた体験談を…
小学校3年生くらいだったかなぁ。ある、遠足の日。前の日に仕事が忙しく、食材を買いに行けなくて、有り物でお弁当を作ったんです。生姜焼きと卵焼き、ポテトサラダ、そして、おにぎり。
夕方、遠足から帰ってきた息子が「ママ、ちょっと話があるんだけど。あのね、お弁当のフタ開けたときにさぁ、うぁーって盛り上がるようなお弁当にしてくれないかなぁ。赤とか、黄色とか、なんかさぁ…」
確かに、このときのおかずには色がなかった。しかし、私が疲れていて、心に余裕がなかったら「何言ってるの!ママ、疲れてるのに一生懸命作ったんだよ。文句言わないの!」と言ったかもしれません。
でもその時は、「わかった。今度の遠足の時は、そういうお弁当作ってあげるね!」と、答える余裕があったんです。
そして、その次の遠足の時は、彩りを考えてお弁当を作り、フタを締める前に息子に見せると「そう!こういうお弁当作って欲しかったんだ」と目を輝かせました。
そして、その日帰ってきた来た息子は、「ママ、お弁当嬉しかったよ。でも、ママ忙しいんだから、もう、どんなお弁当でいいからね」と言うのです。私の大変さを息子なりにわかっていた、でも、友達に自慢できるようなお弁当を持って行きたかった。息子の望みをたった一度、叶えただけで満足してくれて、しかも、私を思いやってくれた。
お弁当を介して、お互いの気持ちを嬉しく感じた、大切な経験でした。
我々母親は、忙しいから、時間がないから、作れないからなどと言わずに、子どもが「ママ、美味しいね!」って、ニコニコして食事ができる環境を作らなければならない。
そのことが健康で豊かな人間性を育んでいく基礎となるのだから。
お母さん、頑張ろう!!私も頑張るぞ!!
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