妊婦受け入れ拒否に見える深刻な格差
09月28日(金) 10時10分
徳永エリ
9月13日から17日までの5日間、第二回札幌国際短編映画際が開催されていました。オールナイトプログラムも3つほど観たので、今年は100本近くの作品を観ることができました。この映画祭でしか観られない、例えばクウェートやセネガルなどの作品を観る事で、世界の国々が抱えている問題や環境の違い、文化や習慣の違いがわかり、とても勉強になりました。ドキュメンタリーからアニメーションまで作品の種類も多様でクオリティーも高く、ショート・ショートフィルムフェスティバルの時から8年間観続けている私としては、短篇映画の世界に、その魅力にますます引き込まれてしまいます。今から、来年が楽しみです。
また、少ないボランティアのスタッフであれだけの準備と開催中のスケジュールをこなすのはどれだけ大変な事だったか。皆さん、本当にお疲れ様!来年はもっと映画好きボランティアの人が増えるといいですね。そして、私達札幌市民も、カンヌやベネチアのような世界的な映画祭に大切に育てていきたいですね。
さて、今回のモノ申すは先日札幌でもあった救急の受け入れ拒否の問題。先月奈良県内から救急搬送された妊婦が奈良県や大阪府などの計9病院で受け入れを断られ、救急車内で死産したというニュースは新聞やTVなどでご覧になったでしょう。
奈良県では、昨年も分娩中に意識不明になった妊婦が19病院に受け入れを断られた末、搬送先の病院で8日後に亡くなるという大変な事が起きて、もし自分が同じような状況に置かれたらいったいどうなってしまうのだろうと不安や怒りを感じた人は少なくないだろう。
それでも、それぞれのケースに関して、病院が急患を受け入れなかった事にはやむを得ない事情があることをご存知だろうか。
医師法で、「医師は、正当な理由が無い限り診察の求めを拒んではならない」と定められていて、基本的には受け入れ拒否という事は起きてはならない事。救急搬送が起きた時が、深夜だったり日曜や祭日で、医師がいなかったり、ほかの救急の患者さんを処置していて、ほかの病院で対応して貰わざるを得なかったという不幸な条件が重なってしまった場合しか起こりえないことだそうだ。
昨年、亡くなった奈良の妊婦さんのケースは、分娩中に脳内出血を起こしたことを担当医が陣痛の痛さで気を失っていると判断したために、ほかの病院へ搬送する判断が遅れたことや、その一刻を争う病状に対応できる医師がその時間帯にいなかったことなどでたらい回しにあい、結果処置が遅くなり最悪の結果を招いてしまった。
しかし、奈良の死産と札幌の5件は少し事情が違う。受け入れ態勢や医師の問題ではなく、妊婦側に問題があるのだ。
札幌で受け入れ拒否のあった5件のうち、1件は婦人科、4件は産科の患者だった。この5件に共通している事は全員病院の受診暦がない。産科の4件は妊婦なのに母子手帳も持っていなかった。妊娠に気付いてから出産まで約280日。その間、一度も産科で受診しないなんて事は常識的に考えられない。お腹の赤ちゃんは順調に育っているだろうか、妊娠中毒症などのリスクはないか、心配な事がたくさんあるはず。赤ちゃんへの愛情があればあるほどいろいろな事が気にかかるはず。
最近は出産まで一度も受診した事がないという妊婦さんが増えているそうだ。お産は安心で安全なものと考えているらしい。陣痛がはじまったら救急車で病院へ行って産めばいいと考えているのか。実際、札幌であったケースの1件は救急車内で救急隊員の介助によって出産。その傍らには妊婦の母親が付き添っていたというのだ。本人はまだしも、親だったら娘の身体やお腹の赤ちゃんの事を考えて産科を受診させるのが普通だろう。理解に苦しむ。救急搬送は言ってみれば確信犯、その親子にとっては予定していた事なのかもしれない。
医学は進歩し、出産時の死産は極めて少なくなったが、今でも分娩時の死産や、母体が生命の危険にさらされるケースはあるのだ。そのことを認識しなければならない。また、受診暦があれば基本的にはその病院が緊急時の受け入れをするし、無理な場合はドクターtoドクターで、病院からほかの病院へ受け入れ要請をしてもらえる。緊急時のたらい回しなんてことは起きない。
さらに、もう一つ経済的な問題だ。救急搬送されてくる妊婦の大半は国民健康保険料を滞納していて、全額自己負担になっていたり、または保険に入っていないそうだ。北海道では、国民健康保険料を全体のおよそ19%、5世帯に1世帯が滞納しているという。お金が無いから、産科の受診が出来ない。しかし、お腹の赤ちゃんはどんどん育ち、出産の時を迎える。家で自分だけで産むか、助産婦さんをお願いするにも経過を見てもらっていないから無理だし、病院で出産となると救急搬送しかないということになるのだ。
しかも、産んだあとがまた問題だそうだ。赤ちゃんを置いていなくなるケースもある。もちろん出産費用も踏み倒し。健康保険証がないので、住んでるところも本当の名前すらわからないこともあるそうだ。札幌で病院に赤ちゃんを置き去りにした、あるケースは、お母さんの居所がわかり訪ねてみると、父親と二人暮しの17歳の少女だったのだ。赤ちゃんの父親が誰だかわからない妊娠で、親は妊娠を知っていたが生活が苦しくて産科で受診させてやれなかったという。産んでも経済的にも能力的にも子供を育てられないということで結局その赤ちゃんは乳児院に預けられたそうだ。
約35万円の出産費用は、保険に入っていれば住んでいる町から一時金を支給される。しかし、入っていなければ全額自己負担。払えなければ、踏み倒して逃げるしかない。救急病院の指定を受けた札幌市内の14医療機関だけで、出産費用の未払いは26件総額一千万円を越しているそうだ。年々増えている。
ほかにも、受診暦がないという事で母体の健康状態や持病、病歴などが一切わからないので万が一、受け入れた妊婦がHIVなどの感染症にかかっていたら、医師が感染症の媒介となってほかの患者さんの感染を招いてしまう事も起こりうる。
こういった事情を考えると妊産婦の救急搬送を受け入れられないという判断も理解できる。これは、救急搬送のしくみや、病院、医師の問題ではなく、一つの大きな社会問題として国や行政が早急に対策を検討しなければならないだろう。
ある産科のドクターが話してくれた。
「僕らは、妊婦さんと共に赤ちゃんが生まれてくる日を楽しみに妊婦検診で楽しい話をしたり、辛いお産をともに乗り越えて赤ちゃんと対面した時、喜びをともに味わったり、感謝されたり、どんなに過酷な労働状況でもやりがいがあった。医師の中で唯一、死ではなく生命の誕生という神秘の瞬間に立ち会えるのは産科医だけですから、この仕事を選んでよかったと思うことがたくさんありました。でも今は、自分の思うような出産ができないと、訴訟を起こされたり、お産が辛かったのは先生の腕が悪いんじゃないかと文句を言われたり、何よりも悲しいのははじめて我が子を胸に抱いた時に嬉しい顔をしない、抱こうとすらしない母親もいて、虚しい思いをすることがよくありますよ。若い医師たちは僕らと違ってそういう場面ばかり見たり、聞いたりしているわけですから産科医にはなりたくない、産科医を辞めたいという気持わかりますよね」
産科医不足で困るのは、妊婦さんだ。でも、その困る状況をつくり出している責任の一端が自分達にもあることを考えなくてはならない。
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