子供と親の関わり方が難しい時代になりました!
10月31日(水) 16時25分
徳永エリ
日本シリーズが札幌ドームから始まりました。第一戦はダルビッシュの好投とセギノールのスリーランでみごと勝利。ばんざーい!それで、張り切って第二戦行って来ましたが、結果は1対8。がっかりです。ドームに応援にいって初めて負け試合を観戦してしまいました!名古屋ドームでなんとか一勝して札幌に帰ってきて勝利を決めて欲しい!!
ところで皆さんは札幌ドームに観戦に行ったことありますか?赤ちゃんにもユニホームを着せて、ご高齢の方もあの階段の急勾配、上り下り大変なのに元気に応援に駆けつけていますよ。場内はすごい一体感、強力なエネルギーでの応援で対戦チームはやりずらいことこの上ないでしょうね。場内みんなで声を合わせて応援したり、座席の周りの知らない人たちとヒットを打つ度、得点が入る度、抱き合ったりメガホンぶつけあったり。稲葉ジャンプやヤングマンダンス。他にも毎回色々なフアンサービスもあり、本当に楽しいですよ。
日本一になった去年の試合の時なんか私、知らない人たちからどれだけビールごちそうになったことか。喜びをわかちあいたいという心境からなのでしょうか。
もちろん選手の活躍を見たいということでドームに足を運ぶのでしょうが、心を一つにして応援する、知らない人と会話ができる、共に喜びをわかちあうという日常の生活の中になくなりつつある、ふれあいの喜びを求めて行く人たちもたくさん居るような気がします。まだ、行った事がないと言う人は是非一度行ってみてください。はまりますよ。
ところで日本シリーズ、私はトークDE北海道の安達リポーターにネットオークションでチケットを落札して貰い4枚ゲットした。6000円のチケットを7100円で買った。息子の友達二人が欲しいと2枚譲ったのだが、チケット代がおこづかいでは足りなくってゲームソフトを売ってやっとお金を作ったと言っていた。子供にとっては大きなお金だと思う。
うちの場合、私が全額出している。しかも「行きたい!」と息子に言われたわけじゃないのに、私が行きたいから息子の分も買ったという訳。息子は「チケット買えたんだね」と喜んではいたが、苦労して手に入れたものとは実感していないようだ。これは私に問題がある!何でもそうだ。美味しそうなものみつけたら食べさせてやりたいと買い、いい本を見つけると読ませてやりたいと買い、ミュージカルやコンサートのチケットも見せてやりたいと買い、洋服も似合いそうだなと買い与えてしまうのだ。
息子は何でも喜んでくれるが、本人が強く欲しがってもいない物を喜ぶに違いないと、私が買ってあげたいから買う、というのはどういうものかと時々考える。息子は小さな頃から物を欲しがらない子だった。欲しいと言って駄々をこねられた経験はまったくない。未だに、欲しいものをつぶやくことはあっても買って欲しいと頼んできた事はない。お年玉や、おこづかいの範囲で買えるものを買って満足しているようだ。
なんと手の掛からないいい子だとずっと思っていた。
しかし、息子を見ていると自分からこれがしたいとか、どうしてもこれを手に入れたいのだという強い願望がないような気がする。それはきっと私が常に先回りをして、これをやらせたらいい、この子にはこれが向くだろうと習い事を見つけてきたり、塾を決めてきたり、家庭教師をつけたりしてきて、またそれがたまたま良い先生たちに恵まれたりして息子としては楽しくやってきたわけだ。だから、不足感や不満といった感覚がないらしく、従って自分から何かを求めるという欲求がないようだ。
高校生になって、志望大学も含めそろそろ将来どんな道に進みたいか考えなければならないわけだが彼の頭の中ではどう考えているのか。何の不足もなく生きている彼が困難を乗り越えて、自分の力で生きていくということができるのか。
友人の中学3年生の息子が来年、アメリカの高校に進むことに決めた。自分で強く望み、どうしたら留学できるか、どんな学校があるのか、どんな準備をしたらいいのかすべて自分で調べて親を説得した。親は心配だし、寂しくなるしはじめは反対をしていたが、結局は息子の強い思いに押されて留学させる事を決めたそうだ。
自分で決めたことに責任を持って取り組む。きっと彼にとっていい経験になるだろうと思う。うちの息子もアメリカ国籍を持っているので、高校から留学の道も考え、本人も留学したいと言っていたのだが本人の強い意志が感じられず先送りした。よほどの決意や覚悟がないと、慣れない、言葉の壁もある海外で生活などできるはずもない。我が息子が自分の気持を強くぶつけてくるのはいつになるのだろうか。
これといった反抗期もなく、感情的にも穏やかな息子に安心している場合ではないのかもしれない。私も大きく反省してついつい手を出す事を辞めなければならないと思っている。
自分の子供の頃を振り返っても、思うようにならず、親と衝突ばかりしていたことが早く自立したい、親元を離れたい、東京に行って一旗あげてやるというエネルギーになったような気がする。
今の若者達は家が好き、家が楽と幾つになっても親のそばで暮らしているし、親も身の回りの事は何でもやってあげて、できる範囲内で欲しいものを与え、働き出しても給料が少ないから可哀相とおこづかいをあげたり。これじゃいつまでたっても親離れできない。
本当に子供のことを思うのなら、自分で考え、自分で行動し、自分の足でしっかりと地を踏みしめて歩けるような力がつくように後方支援をするべきなのでしょうが、どうしても手を引いて、転ばぬようにケガをしないように障害物をよけながら前を歩いてしまっているような気する。
先日、トークDE北海道で「子供を疎ましく思う母親達」というテーマで放送したのですが、取材の中で自分がおしゃれや贅沢をするために子供にほとんどお金や手を掛けない母親がいること、海外旅行に行くのに子供がじゃまだからといって24時間保育の保育園に一週間預けっぱなしで、その間全く連絡もつかない母親がいる事、子供の為に我慢する事に耐えられず別れた夫に子供を押し付けて行方不明になる母親がいることなどを知りどうして我が子にそんなかわいそうなことができるのか理解に苦しんだ。
子供にお金や時間や大きな期待をかけて生き甲斐のようにしているのに思うようにいかず悩んだり、鬱になったりしている過干渉、過保護の母親がいて、もう一方では自分の事しか考えられない、子供に愛情をかけられず養育を拒否する無責任な親がいる。両極端である。上手に母親の役割を果たす事は難しい。適度なかかわりを持ちながら子供が自らの力で育っていく事をうまくサポートするにはどうしたらいいのか。
私の場合、ついつい手を出し、口を出し、お金を出してしまう。息子も高校1年生。気になる事も見て見ぬふり、困らせてみるとか、自分で解決させるように私が我慢する時がきているような気がする。
P,S 女性のしゃべり場 次回は11月10日です。詳しくはブログでご覧下さい。たくさんのご参加お待ちしています。
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