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独裁者の秘密を徹底検証 ドキュメンタリー金正日 第3回


 
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| 北朝鮮は金日成の主体思想による南北統一を目指しているが、その方針は金日成が発表した「祖国統一3大原則」「高麗民主共和国建国案」そして「全民族大団結10大綱領」の3つにあるとされ、「3大憲章」と呼ばれている。平壌市内南部の統一通りには、2001年8月に完成した高さが35m、幅は「6.15南北共同宣言」にちなんだ6.15mの「祖国統一3大憲章記念塔」が聳えている |
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第3部 独裁者・金正日権力の源泉
第1章 党の謀略機関を掌握し拉致工作を定式化
[第3回] 「唯一指導体系」で自分への絶対忠誠を要求した金正日
1973年9月17日、党中央委第5期第7回総会で、金正日は党中央委政治委員会(政治局)の候補委員と、組織・宣伝煽動担当の党書記に選出された。党政治局員候補兼党書記になった金正日は、「唯一思想体系」を確立させるための「唯一指導体系」の確立に専念した。「唯一指導体系」について、金正日は次のように述べている。
「党・軍隊・政府のすべてを私に集中させ、私の決定と指示に従って処理、執行し、報告するという一糸乱れぬ指導体系と無条件に服従する組織規律を打ち立てねばならない」(『金正日と対南工作』現代コリア1999年3月号60頁)
1974年1月1日に万寿台芸術劇場で開催された新年宴会の席で、集まった党中央の課長級以上、人民武力部総政治局と国家政治保衛部の副部長級以上の幹部たちを前に、金正日は次のように演説した。
「首領さまにおかれては、今まで祖国統一偉業を成就できずにいることについて、いつも心を痛め、心配されている。首領さまの忠実な革命戦士である我われは、一日も早く祖国統一偉業を完成させることを最も栄誉ある重大な任務として、首領さまがご存命の間に統一をなし遂げ、首領さまが統一された祖国を領導されるようにしなければならない。それこそが革命戦士としての本分を尽くすことである。祖国統一とは首領さまの旗の下の統一であり、主体思想の旗の下の統一である。統一偉業を達成しようとすれば、南朝鮮などの地で邪魔している世界最強の米帝を相手にしなければならない。アメリカの奴等とは、いつか一度は戦う覚悟が必要だ。そうでなければ、奴等は引き下がらない。だから、我われは更にしっかりと準備して、時が来たら見事に戦い、アメリカの奴等を叩き出し、祖国統一偉業を成就させねばならない。この難しい革命偉業を、ここに座っている諸君がなし遂げなければならない」(『金正日と対南工作』現代コリア1999年6月号49頁)
金正日の言葉が示しているように、北朝鮮が主張する「祖国統一」とは、「金日成の主体思想による統一」なのである。かつて韓国の左翼政権を支持した若い韓国人たちが夢想するような単純な南北統一ではないことに留意しなければならない。
この演説から2カ月後、金正日が満33歳になる3日前の1974年2月13日、党中央委第5期第8回総会において、金正日は政治委員会委員(政治局員)に選出され、金日成の「唯一後継者」と公式的に定められた(その経緯については第2部第3章で詳述)。
1974年2月25日、金正日は全国党宣伝活動家講習会において、「党思想事業で提起された数種類の基本問題について」と題して講演し、初めて「金日成主義」という言葉を使い、「唯一思想体系」を確立させる「唯一指導体系」について説明した。
「私は首領さまが創始された主体思想、主体革命理論、主体事業方法の絶対的信奉者であり、これをより発展、豊富化させていく唯一の後継者である。主体思想、主体革命理論、主体方法論の三種類を専一的に体系化したものが金日成主義である。私にすべてのことを集中させることは、即ち首領さまに集中させることである。私の結論と決定と批准は、即ち首領さまのそれである。唯一指導体系確立が党の唯一思想体系確立の基本の核になる」(『金正日と対南工作』現代コリア1999年3月号61、62頁)
その2カ月後の4月14日に開催された政治局会議において、金正日は後継者である自分に好都合の「唯一指導体系」を確実にするための「党の唯一思想体系確立の10大原則」を決定し、公布した。その10項目目は、次のような内容になっている。
「偉大な首領金日成同志が開拓された革命偉業を、代を継いで最後まで継承し、完成されなければならない」
そして、そのためには「首領の領導の下に党中央の唯一指導体系を確立しなければならい」とし、「党中央の唯一指導体系と食い違う些少な要素に対しても、黙過することなく非妥協的に闘争しなければならない」と定めた。このなかの「党中央」が金正日であることは言うまでもない。さらに、金日成に対してのみならず「首領に忠誠を捧げた党中央の唯一指導に限りなく忠実でなければならない。党中央の権威を百方から保障し、党中央を命をかけて死守しなければならない」と規定し、自分への絶対忠誠を要求したのだった。(つづく) 






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