|
独裁者の秘密を徹底検証 ドキュメンタリー金正日 第6回


 
 |



| 本連載では北朝鮮の写真偽造、改竄の実例をいくつも紹介してきたが、上掲は1975年発行の写真集『不滅の革命伝統』のなかにある「敗北した日帝侵略者の武装解除をする朝鮮人民革命軍の隊員」という説明がある写真である。下の写真は、1991年3月8日に産経新聞が一面スクープで掲載したもので、「投降して小銃や軽機関銃をソ連側に引き渡す日本兵。傍らでソ連軍兵士が武器をチェックしている」となっている。2枚の写真は同一地点で撮影されたものであることは明らかで、上掲写真は、ソ連兵を存在しない朝鮮人民革命軍の隊員に修正し、歴史を改竄したものである |
|
|
 |
第3部 独裁者・金正日権力の源泉
第1章 党の謀略機関を掌握し拉致工作を定式化
[第6回] 朝鮮解放から1年足らずで拉致を指令した金日成
1976年以降、工作員の現地化教育のため、金正日の指令によって世界各地から組織的に外国人を拉致するようになった事実は、今や、多くの証言やさまざまな研究によって明白になっている。しかし、北朝鮮による外国人拉致は、建国以来継続されてきた対南工作の一環であり、より正確に言えば、拉致指令は建国以前から金日成によって出されていたのである。
金正日が「零点」と採点した1945年から1975年までの30年間の対南工作について、拉致を実行した機関の組織変遷を中心に、詳述してみよう。
1946年7月31日、金日成は「南朝鮮からインテリを連れてくることについて」として、次のように語っていることが明らかになっている。
「同志たちも知っているように、数日前におこなわれた北朝鮮臨時人民委員会常務委員会において、南朝鮮のインテリを連れてくるための措置を取るようにしました。我われが直面しているもっとも大きな難関のひとつは大学教員、学者をはじめとするインテリが大変不足していることです。総合大学を創立するための準備事業全体を見渡しても、インテリが不足しているため、いまだに教員問題を解決できずにいます。我が国にインテリが不足しているのは、悪徳の日帝植民地統治の結果です。
米軍政と南朝鮮反動派の警戒が厳しい条件下で、本人は陸路で38度線を越えてきても、家族は船を利用して安全に来れるようにするのがいいでしょう。該当機関に指示して、南朝鮮から来るインテリとその家族の道案内を、きちんとする対策をとるようにしましょう。
私は同志たちが南朝鮮に行き、しっかりと自覚して慎重に行動し、与えられた任務を立派に遂行して、無事に戻ることを願っています」(『金日成全集』第4巻)
この文章は誰が読んでも、委員長が金日成である「北朝鮮臨時人民委員会」という国家機関による拉致指令であることは明白である。朝鮮解放からわずか1年足らずで、金日成はすでに拉致指令を下しているのである。その事実を全集のなかで明らかにしていることは驚くべきことであり、北朝鮮は正に「拉致国家」ということができる。
ここで、金日成が語りかけている「同志たち」とはいったい誰なのだろうか、そして、拉致工作を担当していた「該当機関」というのは、どの部門なのだろうか。
それを知るためには、朝鮮解放前後の北朝鮮情勢を理解しなければならない。
第2次世界大戦が終結する半年前の1945年2月、ロシア南部の黒海に面するヤルタで開かれた米英ソ3カ国首脳会談において、ルーズベルト米大統領は会談の最大の目的だった対日問題について、ソ連のスターリン首相と秘密裏に協議した。この席でスターリンはナチス・ドイツ降伏後2、3カ月以内に対日戦に参加することを約束し、その代償として樺太と千島列島を要求した。
その直後から3月にかけて、ソ連軍最高司令部は「対日軍事作戦要綱」を策定し、欧州戦線のソ連軍を極東部に密かに移動させた。一方、日本の大本営は、緊迫した戦局のなかで、2月17日、「朝鮮軍司令部」を「第17方面軍」に改編し、朝鮮軍管区司令部を新設した。
そして、ソ連政府は、4月5日、1941年に締結された有効期限が5年間の日ソ中立条約の延長を求めないことを日本政府に通告した。ソ連極東軍隷下の第2極東軍司令官マキシム・プルカエフ上級大将は、金日成が赤軍大尉として第1大隊長を務めていたソ連極東軍偵察局第88特別旅団の周保中旅団長に対し、6月2日に対日参戦の意図を伝えた。
1945年8月8日深夜、遂にソ連は日ソ中立条約を破棄すると宣言し、日本が7月26日のポツダム宣言を拒否したため連合国の参戦要請を受けたとして、対日宣戦を布告し、9日午前零時から満洲と南樺太に対して総攻撃を開始した。
朝鮮に対するソ連軍の攻撃は8月12日から始まり、太平洋艦隊の北朝鮮作戦部隊が北部の雄基、羅津、清津の3港を占領したところで終戦となった。8月15日、米政府の提案によって38度線を境にして朝鮮半島を米ソが分割占領することが決定し、ソ連極東軍は第1極東軍隷下の第25軍に北朝鮮に進駐させることにした。
ソ連軍は当初、朝鮮占領を予定しておらず、満洲の延吉まで進撃していた第25軍が北朝鮮北部の咸興に進駐したのは8月24日になってからであり、第25軍総司令官イワン・チスチャコフ上級大将が平壌に入城したのは、8月26日のことだった。(つづく) 






関連サイト

[第1回]「首相さまのご子息」は異例のスピード出世
http://www.bnn-s.com/news/08/01/071229132624.html

[第2回]金正日の権力基盤として新設された秘密警察
http://www.bnn-s.com/news/08/01/071229134648.html

[第3回]「唯一指導体系」で自分への絶対忠誠を要求した金正日
http://www.bnn-s.com/news/08/01/071229140619.html

[第4回]1975年までの対南工作を「零点」と酷評した金正日
http://www.bnn-s.com/news/08/01/080108102702.html

[第5回]謀略機関を完全掌握し権力基盤を構築した金正日
http://www.bnn-s.com/news/08/01/080109093715.html

[第7回]「与えられた解放」による「上からの革命」
http://www.bnn-s.com/news/08/01/080117190835.html

[第8回]「金日成将軍歓迎大会」にすり替えられたソ連軍歓迎市民大会
http://www.bnn-s.com/news/08/01/080118093436.html

[第9回]満洲パルチザン派とソ連派が開設した「平壌学院」
http://www.bnn-s.com/news/08/01/080125090917.html

[第10回]金日成が新設した党幹部養成機関「党熱誠者学校」
http://www.bnn-s.com/news/08/01/080125112515.html

[第11回]非業の死を遂げた民族派キリスト教徒の★晩植
http://www.bnn-s.com/news/08/01/080125153845.html

[第12回]北朝鮮臨時人民委員会の委員長に就任した金日成
http://www.bnn-s.com/news/08/02/080201113144.html

[第13回]金日成を北朝鮮の指導者に決めたスターリン
http://www.bnn-s.com/news/08/02/080205102242.html

[第14回]ソ連占領軍が描いたシナリオで動いた金日成
http://www.bnn-s.com/news/08/02/080207094742.html

[第15回]1947年2月、金日成が北朝鮮人民委員会の委員長に就任
http://www.bnn-s.com/news/08/02/080210114804.html

[第16回]朝鮮人民軍の原型が整ったのは解放から2年後だった
http://www.bnn-s.com/news/08/02/080212164249.html

[第17回]2つあった対南工作員を養成する専門教育機関
http://www.bnn-s.com/news/08/02/080213152202.html

[第18回]正規軍は「北朝鮮人民軍」ではなく「朝鮮人民軍」と命名
http://www.bnn-s.com/news/08/02/080220101301.html

[第19回]民族保衛省と内務省に対南工作部署が確立される
http://www.bnn-s.com/news/08/02/080220154303.html

[第20回]北朝鮮の長い国名はロシア語案を誤訳したものである
http://www.bnn-s.com/news/08/02/080226132305.html

[第21回]北朝鮮工作員が最初に日本に潜入したのは1949年
http://www.bnn-s.com/news/08/03/080226160622.html

[第22回]アチソン演説の後に金日成の南侵統一を承認したスターリン
http://www.bnn-s.com/news/08/03/080227162644.html

[第23回]ソ連軍の支援を受けて10個師団に拡充された朝鮮人民軍
http://www.bnn-s.com/news/08/03/080305094321.html

[第24回]米軍介入を恐れる発言で停職処分となった崔庸健民族保衛相
http://www.bnn-s.com/news/08/03/080306165207.html

[第25回]開戦準備が進むなかで展開された「平和的統一」の欺瞞工作
http://www.bnn-s.com/news/08/03/080311094408.html

[第26回]職業軍人でないにもかかわらず前線司令官を務めた金策副首相
http://www.bnn-s.com/news/08/03/080313135850.html

[第27回]開戦初日に部隊間の通信が途絶した朝鮮人民軍
http://www.bnn-s.com/news/08/03/080317150007.html

[第28回]金日成の戦争目的のひとつは50万人の韓国人大量拉致だった
http://www.bnn-s.com/news/08/03/080321094127.html

[第29回]朝鮮戦争当時に大量拉致された韓国人の実態の分析
http://www.bnn-s.com/news/08/03/080324134737.html

[第30回]韓国から拉致した李升基博士は北朝鮮の“核開発の父”となった
http://www.bnn-s.com/news/08/03/080326095409.html

[第31回]朝鮮戦争参戦を決断した毛沢東
http://www.bnn-s.com/news/08/03/080330162726.html

[第32回]一時は金日成に対して亡命を勧告したスターリン
http://www.bnn-s.com/news/08/04/080331174923.html

[第33回]朝鮮戦争中に拉致され北朝鮮工作員となった韓国人の証言
http://www.bnn-s.com/news/08/04/080405174932.html

[第34回]対南工作を実施した人民軍最高司令部直属の526軍部隊
http://www.bnn-s.com/news/08/04/080408090309.html

[第35回]国内派(南労党)の牙城だった工作員養成機関「金剛学院」
http://www.bnn-s.com/news/08/04/080409154755.html

[第36回]対日工作員は朝鮮戦争中でも養成され日本に潜入していた
http://www.bnn-s.com/news/08/04/080414151453.html

[第37回]朝鮮戦争中にソ連派重鎮の粛清に成功した金日成
http://www.bnn-s.com/news/08/04/080416172756.html

[第38回]クーデター発覚によって廃止させられた金剛学院
http://www.bnn-s.com/news/08/04/080418143420.html

[第39回]朝鮮戦争後に組織改編された対南工作機関
http://www.bnn-s.com/news/08/04/080422120517.html

[第40回]1950年代に日本に潜入していた工作員は内務省所属
http://www.bnn-s.com/news/08/04/080424163248.html

[第41回]朝鮮戦争直後の拉致の疑いが濃厚な「特定失踪者」
http://www.bnn-s.com/news/08/04/080425101500.html

[第42回]朝鮮総連の誕生直後に工作員に包摂された在日朝鮮人
http://www.bnn-s.com/news/08/05/080425111726.html

[第43回]国家情報委員会と内閣情報総局は実在していたのか
http://www.bnn-s.com/news/08/05/080502105451.html

[第44回]金日成に対する個人崇拝を史上初めて公然と批判した尹公欽
http://www.bnn-s.com/news/08/05/080507122026.html






このページのTOPへ




|