BNN [Brain News Network]

携帯からBNN[BNN携帯サイトへ]
RSS

記事検索


今すぐ!!北海道のニュースサイト
HOME ニュース スポンサー一覧



ジャーナリスト・惠谷 治「独裁者の秘密を徹底検証ドキュメンタリー金正日」
独裁者の秘密を徹底検証 ドキュメンタリー金正日 第13回


02月06日(水) 00時00分
文:惠谷 治 



写真拡大

上の写真は、ソ連時代に空撮されたクレムリンの全景である。当時は真上からの写真公開は厳禁されていたが、ロシア時代になってからは真上から撮影した写真も公開されるようになった。城壁で囲まれたクレムリン内部はソ連時代から観光客でも一部を見学できたが、スターリンの執務室がある建物などには近づけなかった。2006年8月、モスクワを訪れた私は、クレムリンの北東にあるイズマイロフ公園近くのスターリンの秘密地下壕を訪れ、スターリンの執務室で椅子に座って記念撮影をすることができた。イズマイロフ公園近くにはヴェルニサーシュ(土産物店)やルイノク(自由市場)があり、大勢の観光客で賑わっているが、ロシア人を含めスターリンの秘密地下壕の存在を知る人はほとんどいない
 第3部 独裁者・金正日権力の源泉
 第1章 党の謀略機関を掌握し拉致工作を定式化
 [第13回] 金日成を北朝鮮の指導者に決めたスターリン

 1946年5月23日、ソウルの米軍政庁は38度線を無許可で越境することを禁じる命令を下した。しかし、その1カ月後、スターリンは金日成と朴憲永に対し、モスクワに来るように命じたため、ソウルにいた朝鮮共産党の朴憲永責任書記は、秘密裡に平壌に移動しなければならなかった。

 「1946年6月27日に連絡室所属の連絡員たちが、開城付近の金村まで朴憲永を迎えに出ました。当時38度線の警備が強化され、朴憲永も米軍政の監視対象となっており、警戒する必要があったからでした。そのときも朴憲永を開城側から越北させるのか、漣川方面を選ぶのかで連絡室で議論が闘わされていました。<略>朴憲永の4回目の越北には、許成沢(のちに石炭相になったが、1959年に粛清)、朴致佑、李浩宰(音訳)らが同行しました。李浩宰は朝鮮共産党書記局にいた人物で、のちに朝鮮労働党連絡部長になっています」(『作られた英雄・金日成』171頁)

 ヨーロッパに亡命している徐容奎(仮名)氏は、以上のように証言している。徐容奎証言によれば、当時の党組織の対南工作担当部署は「連絡室」と呼ばれ、後に「連絡部」と改称されたと推定されるが、詳細は不明である。

 ソ連極東軍第1方面軍総司令官のキリル・メレツコフ連邦元帥が軍用機でハバロフスクから平壌に飛来し、民政司令官のロマネンコ少将とともに金日成と朴憲永を、軍用機でモスクワに運んだ(金学俊『北朝鮮50年史』123頁)。これは金日成の初フライト経験だったと思われる。この軍用機にはソ連派の重鎮である許哥而も同乗しており、金日成たちがモスクワに向かったのは、7月1日だったという(『作られた英雄・金日成』177頁)。

 金日成たちがモスクワに到着してみると、北朝鮮占領統治の最高責任者であるシュトゥイコフ上級大将もすでに到着していた。7月20日、スターリンはクレムリンにおいて、駐ソウルソ連領事館のアナトリイ・シャブシン副領事の通訳で、金日成と朴憲永に初めて会い、朝鮮半島情勢を詳しく聴取した。スターリンは、南北で朝鮮共産党と朝鮮新民党などとの合併を提議した。これは共産主義独特の統一戦術の手法だった。スターリンはこの非公式会見において、46歳の筋金入りの共産主義者である朴憲永ではなく、赤軍大尉だった34歳の金日成を、北朝鮮の指導者にすることを最終的に決断した。

 スターリンとの会談を終えて、モスクワから帰国した金日成は、7月22日、スターリンの指示に従って、自らが率いる北朝鮮共産党や延安派の朝鮮新民党など各政党や社会団体を集めた「北朝鮮民主主義民族統一戦線」を結成した。その5日後(7月27日)、金日成は北朝鮮共産党第8次拡大執行委員会を開き、北朝鮮共産党と朝鮮新民党との統合を公式に決定した。

 金日成はモスクワに向かう前の6月27日、革命的改革第3弾である「農業現物税」の導入を発表し、帰国した後の7月30日には、第4弾である「男女平等権法令」を発布した。この法令によって、北朝鮮では一夫多妻制、公娼、私娼ならびに妓生(キーセン)が禁止されることになった。

 その翌日、拉致国家の原点ともいうべき金日成による拉致指令「南朝鮮からインテリを連れてくることについて」が発令されたのである(第6回参照)。

 7月31日の拉致指令で、金日成は「我が国にインテリが不足しているのは、悪徳の日帝植民地統治の結果」だとして、「インテリが不足しているため、総合大学の教員問題を解決できずにいる」と述べていた。しかし、インテリ不足は植民地政策が原因ではなく、共産主義やソ連統治を嫌った知識人たちが、38度線を越えて南に避難したためだった。

 これまでに詳述した経緯から考えると、金日成が拉致指令の際に「同志たち」と呼びかけた南派工作員は、国内派が開設した「金剛学院」出身の対南工作員ではなく、満洲派とソ連派が設置した「平壌学院」を速成コースで修了した対南工作専門の幹部たちと推定され、「該当機関」というのは金日成が率いていた「保安隊」、あるいは満洲派の崔庸健が局長を務めていた「保安局」と考えられる。(つづく)







関連サイト

[第1回]「首相さまのご子息」は異例のスピード出世
http://www.bnn-s.com/news/08/01/071229132624.html

[第2回]金正日の権力基盤として新設された秘密警察
http://www.bnn-s.com/news/08/01/071229134648.html

[第3回]「唯一指導体系」で自分への絶対忠誠を要求した金正日
http://www.bnn-s.com/news/08/01/071229140619.html

[第4回]1975年までの対南工作を「零点」と酷評した金正日
http://www.bnn-s.com/news/08/01/080108102702.html

[第5回]謀略機関を完全掌握し権力基盤を構築した金正日
http://www.bnn-s.com/news/08/01/080109093715.html

[第6回]朝鮮解放から1年足らずで拉致を指令した金日成
http://www.bnn-s.com/news/08/01/080115093645.html

[第7回]「与えられた解放」による「上からの革命」
http://www.bnn-s.com/news/08/01/080117200341.html

[第8回]「金日成将軍歓迎大会」にすり替えられたソ連軍歓迎市民大会
http://www.bnn-s.com/news/08/01/080118093436.html

[第9回]満洲パルチザン派とソ連派が開設した「平壌学院」
http://www.bnn-s.com/news/08/01/080125090917.html

[第10回]金日成が新設した党幹部養成機関「党熱誠者学校」
http://www.bnn-s.com/news/08/01/080125112515.html

[第11回]非業の死を遂げた民族派キリスト教徒の★晩植
http://www.bnn-s.com/news/08/01/080125153845.html

[第12回] 北朝鮮臨時人民委員会の委員長に就任した金日成
http://www.bnn-s.com/news/08/02/080201113144.html

[第14回]ソ連占領軍が描いたシナリオで動いた金日成
http://www.bnn-s.com/news/08/02/080207094742.html

[第15回]1947年2月、金日成が北朝鮮人民委員会の委員長に就任
http://www.bnn-s.com/news/08/02/080210114804.html

[第16回]朝鮮人民軍の原型が整ったのは解放から2年後だった
http://www.bnn-s.com/news/08/02/080212164249.html

[第17回]2つあった対南工作員を養成する専門教育機関
http://www.bnn-s.com/news/08/02/080213152202.html

[第18回]正規軍は「北朝鮮人民軍」ではなく「朝鮮人民軍」と命名
http://www.bnn-s.com/news/08/02/080220101301.html

[第19回]民族保衛省と内務省に対南工作部署が確立される
http://www.bnn-s.com/news/08/02/080220154303.html

[第20回]北朝鮮の長い国名はロシア語案を誤訳したものである
http://www.bnn-s.com/news/08/02/080226132305.html

[第21回]北朝鮮工作員が最初に日本に潜入したのは1949年
http://www.bnn-s.com/news/08/03/080226160622.html

[第22回]アチソン演説の後に金日成の南侵統一を承認したスターリン
http://www.bnn-s.com/news/08/03/080227162644.html

[第23回]ソ連軍の支援を受けて10個師団に拡充された朝鮮人民軍
http://www.bnn-s.com/news/08/03/080305094321.html

[第24回]米軍介入を恐れる発言で停職処分となった崔庸健民族保衛相
http://www.bnn-s.com/news/08/03/080306165207.html

[第25回]開戦準備が進むなかで展開された「平和的統一」の欺瞞工作
http://www.bnn-s.com/news/08/03/080311094408.html

[第26回]職業軍人でないにもかかわらず前線司令官を務めた金策副首相
http://www.bnn-s.com/news/08/03/080313135850.html

[第27回]開戦初日に部隊間の通信が途絶した朝鮮人民軍
http://www.bnn-s.com/news/08/03/080317150007.html

[第28回]金日成の戦争目的のひとつは50万人の韓国人大量拉致だった
http://www.bnn-s.com/news/08/03/080321094127.html

[第29回]朝鮮戦争当時に大量拉致された韓国人の実態の分析
http://www.bnn-s.com/news/08/03/080324134737.html

[第30回]韓国から拉致した李升基博士は北朝鮮の“核開発の父”となった
http://www.bnn-s.com/news/08/03/080326095409.html

[第31回]朝鮮戦争参戦を決断した毛沢東
http://www.bnn-s.com/news/08/03/080330162726.html

[第32回]一時は金日成に対して亡命を勧告したスターリン
http://www.bnn-s.com/news/08/04/080331174923.html

[第33回]朝鮮戦争中に拉致され北朝鮮工作員となった韓国人の証言
http://www.bnn-s.com/news/08/04/080405174932.html

[第34回]対南工作を実施した人民軍最高司令部直属の526軍部隊
http://www.bnn-s.com/news/08/04/080408090309.html

[第35回]国内派(南労党)の牙城だった工作員養成機関「金剛学院」
http://www.bnn-s.com/news/08/04/080409154755.html

[第36回]対日工作員は朝鮮戦争中でも養成され日本に潜入していた
http://www.bnn-s.com/news/08/04/080414151453.html

[第37回]朝鮮戦争中にソ連派重鎮の粛清に成功した金日成
http://www.bnn-s.com/news/08/04/080416172756.html

[第38回]クーデター発覚によって廃止させられた金剛学院
http://www.bnn-s.com/news/08/04/080418143420.html

[第39回]朝鮮戦争後に組織改編された対南工作機関
http://www.bnn-s.com/news/08/04/080422120517.html

[第40回]1950年代に日本に潜入していた工作員は内務省所属
http://www.bnn-s.com/news/08/04/080424163248.html

[第41回]朝鮮戦争直後の拉致の疑いが濃厚な「特定失踪者」
http://www.bnn-s.com/news/08/04/080425101500.html

[第42回]朝鮮総連の誕生直後に工作員に包摂された在日朝鮮人
http://www.bnn-s.com/news/08/05/080425111726.html

[第43回]国家情報委員会と内閣情報総局は実在していたのか
http://www.bnn-s.com/news/08/05/080502105451.html

[第44回]金日成に対する個人崇拝を史上初めて公然と批判した尹公欽
http://www.bnn-s.com/news/08/05/080507122026.html






このページのTOPへ




WEBアンケート
シリーズ一括読み

お天気WEB Hokkaido

Google

有料会員ログイン

有料会員登録

会社概要
プライバシー・ポリシー
ご意見・お問い合わせ
BNN市民記者募集
メルマガ登録・解除
リンク集

当サイトは、リンクフリーです。バナーが必要な方は下のバナーをお使いください

北海道ニュース BNN [Brain News Network]


アンケート



HOME | ニュース | 札幌市政 | 女性の視点 | スポーツ | BNN-TV | 催事・生活情報 | スポンサー一覧
Copyright(c) Brain News Network [BNN] Co.,ltd.All Rights Reserved.