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独裁者の秘密を徹底検証 ドキュメンタリー金正日 第14回


 
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| 1946年8月28日から30日まで、北朝鮮共産党と朝鮮新民党が合同する「北朝鮮労働党」の創立大会が開催された。上掲写真は、右からソ連占領軍政治委員のレベジェフ少将、朝鮮新民党の金△奉委員長、中央が金日成であり、背後にスターリンと金日成の肖像画があるのが印象的である。左の2人は未確認ながら、女性は「北朝鮮女性同盟(後の朝鮮民主女性同盟)」の朴正愛委員長、その左はソ連占領軍民政司令部の政治局長であるイグナチェフ大佐と推測される。下の写真は、34歳の金日成が北朝鮮臨時人民委員会の委員長として演説しているショットだが、背景の横断幕には「創立大会万歳!」の文字が読み切れる |
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第3部 独裁者・金正日権力の源泉
第1章 党の謀略機関を掌握し拉致工作を定式化
[第14回] ソ連占領軍が描いたシナリオで動いた金日成
朝鮮解放1周年を迎える1946年8月15日に向けて、その年の3月に結成された北朝鮮芸術総連盟の委員長で作家の韓雪野は小冊子『我らの太陽』を公刊し、「民主朝鮮(旧平壌民報)」の韓戴徳編集局長は『金日成将軍遊撃隊戦史』を出版、そして、李燦が作詞、金元均が作曲した『金日成将軍の歌』など3曲の金日成賛歌が発表されるなど、金日成の個人崇拝の宣伝が強化された。
8月10日には、革命的改革第5弾の「国有化法令」が公布され、「いっさいの企業所、鉱山、発電所、鉄道、逓信、銀行、商業および文化機関は全部無償で没収し、これを朝鮮人民の所有、すなわち国有化する」ことになった。重要産業国有化は土地改革と同様、短期間のうちに完了した。
解放1周年を迎えた当日、実態は「保安隊司令部」であるものの「保安幹部訓練大隊部」という偽装名の組織が平壌に設置され、各地の鉄道警備隊は「鉄道保安大隊」に改編され、その指揮下に入った。保安隊司令部(保安幹部訓練大隊部)の司令官には保安局長の崔庸健が任命され、副司令官は金一(政治文化部司令官兼務)、参謀長は安吉と、いずれも満洲派が就任した。その結果、崔庸健は保安隊を中核とした軍事組織建設に専念することになり、保安局長は延安派の朴一禹が引き継いだ。
1週間後の8月28日から3日間、北朝鮮共産党と朝鮮新民党が合同した「北朝鮮労働党」の創立大会が開催された。創立大会は党規約を採択し、43名の党中央委員、11名の党検閲委員を選出した。党中央委員は所属不明を除き、国内派13名、延安派12名、ソ連派6名、金日成の部下である満洲派はわずか4名という構成となった。また、北朝鮮共産党機関紙「正路」と朝鮮新民党機関紙「前進」を合体させ、新たな党機関紙「労働新聞」の創刊が決定された(初発刊は9月1日)。
大会では、北朝鮮共産党平安北道委員会の朴炳緒宣伝煽動部長が、朝鮮人が自ら国を治めるためには金日成同志を新委員長にしなければならず、金日成をけなす者は反動分子であり、裏切り者であると大演説をおこなった。女性代表として登壇した朴正愛は、金日成同志は全朝鮮の指導者としてすでに認知されており、朴炳緒発言は失礼極まりないものだという表現で、金日成を更にもち上げた。
こうした演説に、誰も反論しなかった。金日成の背後にはソ連軍がいることは周知の事実で、大会の議長壇には第25軍政治委員のニコライ・レベジェフ少将や、民政司令部の政治局長であるアレクサンドル・イグナチェフ大佐が座っていたからである。しかし、北朝鮮労働党創立大会の翌日(31日)、党中央委員会が開催され、党委員長には金日成ではなく、朝鮮新民党の金△奉委員長が選出され、副委員長には金日成と国内派の朱寧河、そして政治委員はこの3人の他に、ソ連派の許哥而と延安派の崔昌益が選出された。
党中央委員会では少数派となる満洲派は、大会では金日成を賛美する演説で出席者に不安と動揺を与え、その後に、金日成は朝鮮文法学者として尊敬されている金△奉に委員長を譲ったのだった。この戦術は、かつてのロシア社会民主労働党において、少数派だったレーニンが自らをあえて「ボルシェヴィキ(多数派)」と呼び、その後の権力闘争を勝ち抜いていった歴史を髣髴とさせ、謀略工作を得意とするイグナチェフ大佐は、レーニンの故事を教訓にシナリオを描いたと推測される。
一方、ソウルに戻った朴憲永もスターリンの指示に従って、朝鮮共産党、呂運亨の朝鮮人民党、白南雲の南朝鮮新民党の合併を推進し、9月4日、「南朝鮮労働党」の結成が合意された。しかし、米軍政庁は朝鮮共産党が米軍の追い出しを煽動したとして、9月7日、朴憲永、李舟河、李康国などの逮捕を命じた。
そのため、金日成は10月8日にソウルに密使を派遣し、朴憲永たちは10月10日、密かに38度線を越え、北朝鮮に渡った。これを最後に朴憲永は南に帰る機会を失ったのだった。朴憲永たちは金日成の勧めで、38度線に近い黄海道海州市に執務室を置いて、北朝鮮からソウルに指令を出すことになった。その結果、11月23日から2日間、南で開催された創立大会で3党が統合した「南朝鮮労働党」が結成された。(つづく)
△はキヘンに斗 






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