BNN [Brain News Network]

携帯からBNN[BNN携帯サイトへ]
RSS

記事検索


今すぐ!!北海道のニュースサイト
HOME ニュース スポンサー一覧



ジャーナリスト・惠谷 治「独裁者の秘密を徹底検証ドキュメンタリー金正日」
独裁者の秘密を徹底検証 ドキュメンタリー金正日 第27回


03月19日(水) 00時00分
文:惠谷 治 



写真拡大

本連載では朝鮮戦争の戦況を詳述する余裕はないため、戦争の推移については拙著『朝鮮謀略戦争の読み方』(光文社、1988)に掲載した図版の転載を参照していただきたい
 第3部 独裁者・金正日権力の源泉
 第1章 党の謀略機関を掌握し拉致工作を定式化
 [第27回] 開戦初日に部隊間の通信が途絶した朝鮮人民軍

 「部隊は6月24日24時までにその出発位置についた。軍事行動は現地時間〔25日〕午前4時40分にはじまった。<略>人民軍部隊の攻撃は敵にとって完全に不意打ちとなった」(和田春樹『北朝鮮』94頁)

 シュトゥイコフ大使は、朝鮮戦争の開戦翌日、以上のような報告をモスクワに送った。同時に、シュトゥイコフ大使は初日の部隊の大混乱についても書き送っている。

 「大使は、(1)戦闘行動を開始してから前進部隊と本部の連絡は上から下まで途絶えた。人民軍司令部は第1日目から戦闘を管理していなかった(というのもどの師団もきちんとした連絡ができていなかったからであった)、(2)指揮官と未経験で戦闘を管理していない、大砲や戦車を操作できず、連絡を失っている、(3)それでも人民軍の高揚が見られる、(4)北朝鮮政府と軍への信頼は高まっている、と報告した」(下斗米伸夫『モスクワと金日成』94頁)

 前回までに詳述してきたように、人民軍は作戦開始前日に軍団参謀長を罷免しただけではなく、軍団が編成されたのも作戦開始の20日ほど前であり、戦車などの装備の完全受領は約1カ月前だったというのが実態だった。戦闘という混乱のなかでは、練度の高い部隊でも通信が麻痺することはしばしばあり、ましてや建軍からわずか2年余りという未熟な人民軍の通信が途絶したのは当然の結果だった。

 にもかかわらず、人民軍は破竹の勢いで前進し、開戦から4日目にソウルを占領した。

 緒戦で勝利したのは、人民軍の地上兵力が韓国軍の2倍で、韓国軍には戦車は1両もなく、奇襲だったというのが大きな原因だったが、混乱した前線で継戦が可能だったのはソ連の軍事顧問が各級司令部に配置されていたからだった。

 北朝鮮の奇襲に驚いた韓国の李承晩大統領は、その夜のうちに独断で政府機能を南部の忠清南道大田市に移転することを決定し、27日未明にはソウルを脱出、その日のうちに韓国陸軍本部もソウル南部の京畿道水原市に本拠を移したため、首都陥落が早まったのだった。

 開戦翌日の6月26日、北朝鮮では「軍事委員会」の設置が公表され、金日成(首相)が自ら軍事委員長に就任し、3人の副首相(朴憲永、洪命憙、金策)、民族保衛相の崔庸健、内相の朴一禹、国家計画委員会の鄭準沢の6人が委員となった(金学俊『北朝鮮50年史』164頁)。

 「ところが、北朝鮮は、ここ〔ソウル〕で進撃を止め、3日間をソウルで空費したのである。これは致命的な時間のロスであった。壊乱状態にあった韓国軍に起死回生の時を与えた。一説には、この時間、金日成等指導部は朴憲永の主張した韓国各地での南労党の一斉蜂起を待っていたという。この見方はある程度正しいかも知れないが、これだけが真相であるとはいえない。延びきった兵站の追随を待っていたとも考えられる。3日間の戦闘で、人民軍将兵は疲れていたし、損耗を補充するため再編成の必要もあったのであろう」(『北朝鮮・軍と政治』48頁)

 自衛隊の陸上幕僚副長や韓国防衛駐在官などを歴任した塚本勝一元陸将は、未熟な人民軍がソウル占領後に進撃を停止した理由を、以上のように分析している。そして、戦術の原則として、次のように書いている。

 「戦場を離脱する敵を捕捉殲滅するため、断固として、万難を排し、強固な意思をもって追撃し、<略>指揮官は、眼前の成果に満足し、あるいは疲労のため追撃の実施をためらう事をを厳に戒めなければならない」

 朝鮮人民軍はこの原則に従わず、追撃を怠ったため、韓国軍に再起する時間を与え、米軍に軍事介入の機会を与えた、と塚本勝一元陸将は指摘している。

 開戦翌日に開催された国連の安全保障理事会は、北朝鮮の軍事行動の撃退と韓国への援助を決議し、国連軍総司令部が設置された。総司令官には米極東軍司令官のダグラス・マッカーサー元帥が任命された。7月1日、日本に駐屯していた米陸軍第24師団第21連隊第1大隊が国連軍として釜山に上陸し、劣勢だった韓国軍は作戦指揮権を国連軍総司令官に委ねることになった。

 一方で、7月4日、金日成は最高司令官に就任し、党(委員長)・政府(首相)・軍(最高司令官)というすべての権力を掌握したのだった。







関連サイト

[第1回]「首相さまのご子息」は異例のスピード出世
http://www.bnn-s.com/news/08/01/071229132624.html

[第2回]金正日の権力基盤として新設された秘密警察
http://www.bnn-s.com/news/08/01/071229134648.html

[第3回]「唯一指導体系」で自分への絶対忠誠を要求した金正日
http://www.bnn-s.com/news/08/01/071229140619.html

[第4回]1975年までの対南工作を「零点」と酷評した金正日
http://www.bnn-s.com/news/08/01/080108102702.html

[第5回]謀略機関を完全掌握し権力基盤を構築した金正日
http://www.bnn-s.com/news/08/01/080109093715.html

[第6回]朝鮮解放から1年足らずで拉致を指令した金日成
http://www.bnn-s.com/news/08/01/080115093645.html

[第7回]「与えられた解放」による「上からの革命」
http://www.bnn-s.com/news/08/01/080117200341.html

[第8回]「金日成将軍歓迎大会」にすり替えられたソ連軍歓迎市民大会
http://www.bnn-s.com/news/08/01/080118093436.html

[第9回]満洲パルチザン派とソ連派が開設した「平壌学院」
http://www.bnn-s.com/news/08/01/080125090917.html

[第10回]金日成が新設した党幹部養成機関「党熱誠者学校」
http://www.bnn-s.com/news/08/01/080125112515.html

[第11回]非業の死を遂げた民族派キリスト教徒の★晩植
http://www.bnn-s.com/news/08/01/080125153845.html

[第12回]北朝鮮臨時人民委員会の委員長に就任した金日成
http://www.bnn-s.com/news/08/02/080201113144.html

[第13回]金日成を北朝鮮の指導者に決めたスターリン
http://www.bnn-s.com/news/08/02/080205102242.html

[第14回]ソ連占領軍が描いたシナリオで動いた金日成
http://www.bnn-s.com/news/08/02/080207094742.html

[第15回]1947年2月、金日成が北朝鮮人民委員会の委員長に就任
http://www.bnn-s.com/news/08/02/080210114804.html

[第16回]朝鮮人民軍の原型が整ったのは解放から2年後だった
http://www.bnn-s.com/news/08/02/080212164249.html

[第17回]2つあった対南工作員を養成する専門教育機関
http://www.bnn-s.com/news/08/02/080213152202.html

[第18回]正規軍は「北朝鮮人民軍」ではなく「朝鮮人民軍」と命名
http://www.bnn-s.com/news/08/02/080220101301.html

[第19回]民族保衛省と内務省に対南工作部署が確立される
http://www.bnn-s.com/news/08/02/080220154303.html

[第20回]北朝鮮の長い国名はロシア語案を誤訳したものである
http://www.bnn-s.com/news/08/02/080226132305.html

[第21回]北朝鮮工作員が最初に日本に潜入したのは1949年
http://www.bnn-s.com/news/08/03/080226160622.html

[第22回]アチソン演説の後に金日成の南侵統一を承認したスターリン
http://www.bnn-s.com/news/08/03/080227162644.html

[第23回]ソ連軍の支援を受けて10個師団に拡充された朝鮮人民軍
http://www.bnn-s.com/news/08/03/080305094321.html

[第24回]米軍介入を恐れる発言で停職処分となった崔庸健民族保衛相
http://www.bnn-s.com/news/08/03/080306165207.html

[第25回]開戦準備が進むなかで展開された「平和的統一」の欺瞞工作
http://www.bnn-s.com/news/08/03/080311094408.html

[第26回]職業軍人でないにもかかわらず前線司令官を務めた金策副首相
http://www.bnn-s.com/news/08/03/080313135850.html

[第28回]金日成の戦争目的のひとつは50万人の韓国人大量拉致だった
http://www.bnn-s.com/news/08/03/080321094127.html

[第29回]朝鮮戦争当時に大量拉致された韓国人の実態の分析
http://www.bnn-s.com/news/08/03/080324134737.html

[第30回]韓国から拉致した李升基博士は北朝鮮の“核開発の父”となった
http://www.bnn-s.com/news/08/03/080326095409.html

[第31回]朝鮮戦争参戦を決断した毛沢東
http://www.bnn-s.com/news/08/03/080330162726.html

[第32回]一時は金日成に対して亡命を勧告したスターリン
http://www.bnn-s.com/news/08/04/080331174923.html

[第33回]朝鮮戦争中に拉致され北朝鮮工作員となった韓国人の証言
http://www.bnn-s.com/news/08/04/080405174932.html

[第34回]対南工作を実施した人民軍最高司令部直属の526軍部隊
http://www.bnn-s.com/news/08/04/080408090309.html

[第35回]国内派(南労党)の牙城だった工作員養成機関「金剛学院」
http://www.bnn-s.com/news/08/04/080409154755.html

[第36回]対日工作員は朝鮮戦争中でも養成され日本に潜入していた
http://www.bnn-s.com/news/08/04/080414151453.html

[第37回]朝鮮戦争中にソ連派重鎮の粛清に成功した金日成
http://www.bnn-s.com/news/08/04/080416172756.html

[第38回]クーデター発覚によって廃止させられた金剛学院
http://www.bnn-s.com/news/08/04/080418143420.html

[第39回]朝鮮戦争後に組織改編された対南工作機関
http://www.bnn-s.com/news/08/04/080422120517.html

[第40回]1950年代に日本に潜入していた工作員は内務省所属
http://www.bnn-s.com/news/08/04/080424163248.html

[第41回]朝鮮戦争直後の拉致の疑いが濃厚な「特定失踪者」
http://www.bnn-s.com/news/08/04/080425101500.html

[第42回]朝鮮総連の誕生直後に工作員に包摂された在日朝鮮人
http://www.bnn-s.com/news/08/05/080425111726.html

[第43回]国家情報委員会と内閣情報総局は実在していたのか
http://www.bnn-s.com/news/08/05/080502105451.html

[第44回]金日成に対する個人崇拝を史上初めて公然と批判した尹公欽
http://www.bnn-s.com/news/08/05/080507122026.html






このページのTOPへ




WEBアンケート
シリーズ一括読み

お天気WEB Hokkaido

Google

有料会員ログイン

有料会員登録

会社概要
プライバシー・ポリシー
ご意見・お問い合わせ
BNN市民記者募集
メルマガ登録・解除
リンク集

当サイトは、リンクフリーです。バナーが必要な方は下のバナーをお使いください

北海道ニュース BNN [Brain News Network]


アンケート



HOME | ニュース | 札幌市政 | 女性の視点 | スポーツ | BNN-TV | 催事・生活情報 | スポンサー一覧
Copyright(c) Brain News Network [BNN] Co.,ltd.All Rights Reserved.