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ジャーナリスト・惠谷 治「独裁者の秘密を徹底検証ドキュメンタリー金正日」
独裁者の秘密を徹底検証 ドキュメンタリー金正日 第33回


04月06日(日) 00時00分
文:惠谷 治 



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第27回で紹介した拙著『朝鮮謀略戦争の読み方』(光文社、1988)にある図版の続き。朝鮮戦争の推移については4つの図版で把握していただきたい 
 第3部 独裁者・金正日権力の源泉
 第1章 党の謀略機関を掌握し拉致工作を定式化
 [第33回] 朝鮮戦争中に拉致され北朝鮮工作員となった韓国人の証言

 中国人民志願軍の出現によって戦局が好転すると、12月3日、金日成は密かに北京を訪問し、毛沢東や周恩来たちと会談した。翌日、中朝連合司令部が設立され、連合司令部総司令となった彭徳懐(政治委員を兼任)が作戦指揮権を握ることになった。そのため、金日成は朝鮮人民軍最高司令官の肩書きは保持するものの、作戦指導からは除外されるという屈辱的な立場に置かれることになった。金日成にとっては、それ以外の選択肢はなかったのである。

 連合司令部の副司令は中国側から◎華、朝鮮側から延安派の金雄(第1軍団長)の2人、副政治委員は毛沢東の要望によって延安派の朴一禹(内務相)が任命され、連合司令部の存在は対外的に非公開とされた。こうして、戦争の当事国である韓国軍は米軍の指揮下、朝鮮人民軍は中国人民義勇軍の指揮下に入り、朝鮮戦争は事実上の「米中戦争」に変容したのである。

 中国人民志願軍による攻勢によって、12月6日、米韓軍は38度線に向けて退却を開始し、その日のうちに平壌は人民志願軍によって奪回された。その後、再度38度線を越えて南進するかどうか議論となり、金日成とシュトゥイコフ大使は南進を主張したが、連合司令部の彭徳懐総司令は南進することに反対した。しかし、毛沢東は南進継続に賛成で、ソ連のグロムイコ外務次官も「鉄は熱いうちに打て」という表現で南進を支持していた。

 1950年12月23日、米軍第8軍司令官のウォルトン・ウォーカー中将が、議政府付近でジープの転倒によって事故死した。、中朝軍は12月31日、38度線を越えて進撃を開始し、翌年1月4日、ソウルは再占領された。

 ソウルが再占領されると、開戦直後にソウル市臨時人民委員会委員長だった李承×が、再び赴任し、李承×は、1月27日、京畿商業学校に「ソウル政治学院」を創設し、地下で戦う党幹部の養成を開始した(『金日成』147頁)。対南工作員を要請するソウル政治学院については、次のような情報がある。

 「ソウル政治学院では南朝鮮労働党出身者を入校させ、政治・軍事に関する教育を実施し、所定の課程修了後は第526部隊の工作員として編入し、韓国に派遣した」(『北朝鮮情報機関の全貌』23頁)

 戦死したウォーカー中将の後任となったマシュー・リッジウェイ中将の指揮のもとに、米韓軍は、3月7日、首都奪回のための「リッパー作戦」を開始し、3月14日、ソウルは再び解放された。

 1976年に韓国に亡命した金東赫(仮名)氏は、当時の実体験を次のように私に語った。

 「国連軍の反撃によって人民軍がソウルから退却するとき、青年を連れて来いという金日成の指示があり、この指示に私は引っかかったのでした。長期戦のときに人的資源が必要になるというのが、金日成の指示理由でした。

 24人の青年が民家に集められ、米が入ったリュックサックを背負わされ、警務員4人に監視されながら、北の黄海道黄州に連れて行かれたのです。黄州市人民委員会には「ソウル市青年訓練所」がありました。そこには1500人ほどの青少年がいて、女性も150人ほどいました。

 ソウル市青年訓練所というのは、対南工作を任務とする526軍部隊に入隊させるための教育機関でした。そのため、訓練は非常に厳しく、非合法浸透訓練が中心で、試験に合格すれば、526軍部隊の『ルート工作員』になれるのです。526軍部隊は、待機している『政治工作員』を南に連れて行ったり、迎えに行ったりする部隊で、人民軍最高司令部直属の『遊撃指導処』の指揮下にありました。

 3カ月間の訓練の後、私はルート工作員として配置されました。『方向(大隊)』では、ルート工作にたずさわって3カ月間死ななければ、古参兵と呼ばれるほど、犠牲者が多かったのです。私は1年3カ月後に負傷しましたが、友人は『妙に運のいい奴だ』と言っていました」

 この金東赫証言にある「ソウル市青年訓練所」は、前出の「ソウル政治学院」と同一機関か、分校あるいは姉妹校であることは、どちらの卒業生も「526軍部隊」に編入される点などからみて明らかであるが、詳細は不明である。(つづく)

◎は登にオオザト  ×はヒヘンに華







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