|
独裁者の秘密を徹底検証 ドキュメンタリー金正日 第43回


 
 |



| 1955年12月28日、金日成は党宣伝煽動部の活動家を前に「思想事業で教条主義と形式主義を一掃し、主体性を確立するために」という演説をおこない、そのなかで初めて「主体(チュチェ)」について具体的に語った。金日成生誕70周年にあたる1982年、大同江左岸(東平壌)に高さ150mの石塔の上にさらに20mの赤い狼煙を付けた「主体思想塔」が建設された。塔の前後には、一辺が4.2mの「チュ」「チェ」という金文字が刻まれている。左上の写真は、平壌中心部(本平壌)にある人民大学習堂から見た金日成広場と大同江、そして川向こうに主体思想塔が聳えている。左上と下の写真は、近くから見た主体思想塔である(いずれも著者撮影) |
|
|
 |
第3部 独裁者・金正日権力の源泉
第1章 党の謀略機関を掌握し拉致工作を定式化
[第43回] 国家情報委員会と内閣情報総局は実在していたのか
1955年当時の北朝鮮の情報機関に関して、次のような情報がある。
「当時の情報機構は国家情報委員会、内閣情報総局、朝鮮労働党の連絡部、軍の偵察局、同総政治局および内務省社会安全局(旧社会安全部)からなる」(『北朝鮮特殊部隊』58頁)
著者のバーミューデッツ氏は、その出典として「マキューン著『北朝鮮の指導部』McCune,Leadership in North Korea」および「米陸軍編纂『北朝鮮軍ハンドブック』U.S.Army, Handbook on the North Korean Armed Forces」であることを明らかにしているが、私は残念ながらこれらの原書を見ていない。しかし、国家情報委員会(National Intelligence Committee)や内閣情報総局(Cabinet General Intelligence Bureau)という2つの組織名は、この著書以外では見かけたことがない。
バーミューデッツ氏は、国家情報委員会を次のように紹介している。
「金日成が主催し『プロフェッショナル』と呼ばれる南からの脱出者1人を含む国家情報委員会は明らかに不正規戦運用を含む全情報活動の政策決定機構である。同委員会は全般情報目標を確立し、各情報機関に実行すべき責務を委任する」(『北朝鮮特殊部隊』58頁)
北朝鮮では、韓国から北朝鮮への脱出を「義挙越北」と呼び、「脱南者」を「越北者」と呼んでいるが、北朝鮮では最高機密を扱う組織に越北者の参加を認めることなどあり得ず、何にかの誤認としか考えられない。また「プロフェッショナル」という北朝鮮用語に該当する訳語も思い当たらない。この情報は、朝鮮専門家のマキューン・ライシャワー氏の著作にあったものと思われるが、信頼できない内容である。
また、内閣情報総局についても、次のように紹介されている。
「内閣情報総局(別名、書記局情報総局)は朝鮮労働党の中央人民委員会の隷下組織である。総局長は崔仁徳少将で、主要委員は金一、李鐘玉、鄭一龍、金昌満、朴金×、および朴正愛であった。すなわち甲山派が主力を成し、いわゆる『プロフェッショナル』および行政管理要員なども存在した。内閣情報総局は国家情報委員会の情報政策指令を調整し、適用させる中央機関と信じられている。総局は全情報機関に対する行政上の統制、各情報機関からの情報資料の収集分析および全政府機関に対する完成された情報の配布を行う」(『北朝鮮特殊部隊』58頁)
原書を読んでいないので、翻訳ミスがあるのかもしれないが、「中央人民委員会」は党機関ではなく、「書記局情報総局」が「党書記局情報総局」であるとするなら、「内閣情報総局」の別名が「党書記局情報総局」になることは組織上絶対にあり得ない。仮に「内閣情報総局」が存在していたとして、主要委員は当時の党常務委員会という最高権力機関にいた常務委員ばかりで、その総局長が崔仁徳少将というのは、格や序列が厳しい北朝鮮では考えられない人事構成である。また、後に粛清の対象となる「甲山派」は朴金×ひとりだけで、「主力」ではない。こうした北朝鮮の内情の認識不足、あるいはミスジャッジから判断すると、内閣情報総局という組織は存在しなかったと思われる。
北朝鮮には「不正規戦運用を含む全情報活動の政策決定機構」や「情報政策指令を調整し、適用させる中央機関」が存在したという情報もこれまでにはなく、党中央委員会常務委員会のことを誤認しているようである。
欧米の研究者たちは、北朝鮮を分析する際に共産主義的統治システムが確立されているソ連の機構を援用して、北朝鮮の内情を分析することが多いが、北朝鮮はソ連と同じ共産主義国家とはいえ、まったく異なる社会なのである。朝鮮独特の社会的文化的土壌の影響が強く、北朝鮮に関する欧米情報はあまり当てにならないというのが、私の感触である。
「〔1960年代はじめ〕内閣情報総局は解体し、その機能と責任は、明らかに国家情報委員会および南朝鮮情報総局に移管されたが、その理由は不明である」(『北朝鮮特殊部隊』68頁)
バーミューデッツ氏によれば、内閣情報総局は解体されても国家情報委員会は、1960年代には存続していたことになる。記述にある「南朝鮮情報総局」については、後に詳述したい。(つづく)
×は吉がふたつ並列 






関連サイト

[第1回]「首相さまのご子息」は異例のスピード出世
http://www.bnn-s.com/news/08/01/071229132624.html

[第2回]金正日の権力基盤として新設された秘密警察
http://www.bnn-s.com/news/08/01/071229134648.html

[第3回]「唯一指導体系」で自分への絶対忠誠を要求した金正日
http://www.bnn-s.com/news/08/01/071229140619.html

[第4回]1975年までの対南工作を「零点」と酷評した金正日
http://www.bnn-s.com/news/08/01/080108102702.html

[第5回]謀略機関を完全掌握し権力基盤を構築した金正日
http://www.bnn-s.com/news/08/01/080109093715.html

[第6回]朝鮮解放から1年足らずで拉致を指令した金日成
http://www.bnn-s.com/news/08/01/080115093645.html

[第7回]「与えられた解放」による「上からの革命」
http://www.bnn-s.com/news/08/01/080117200341.html

[第8回]「金日成将軍歓迎大会」にすり替えられたソ連軍歓迎市民大会
http://www.bnn-s.com/news/08/01/080118093436.html

[第9回]満洲パルチザン派とソ連派が開設した「平壌学院」
http://www.bnn-s.com/news/08/01/080125090917.html

[第10回]金日成が新設した党幹部養成機関「党熱誠者学校」
http://www.bnn-s.com/news/08/01/080125112515.html

[第11回]非業の死を遂げた民族派キリスト教徒の★晩植
http://www.bnn-s.com/news/08/01/080125153845.html

[第12回]北朝鮮臨時人民委員会の委員長に就任した金日成
http://www.bnn-s.com/news/08/02/080201113144.html

[第13回]金日成を北朝鮮の指導者に決めたスターリン
http://www.bnn-s.com/news/08/02/080205102242.html

[第14回]ソ連占領軍が描いたシナリオで動いた金日成
http://www.bnn-s.com/news/08/02/080207094742.html

[第15回]1947年2月、金日成が北朝鮮人民委員会の委員長に就任
http://www.bnn-s.com/news/08/02/080210114804.html

[第16回]朝鮮人民軍の原型が整ったのは解放から2年後だった
http://www.bnn-s.com/news/08/02/080212164249.html

[第17回]2つあった対南工作員を養成する専門教育機関
http://www.bnn-s.com/news/08/02/080213152202.html

[第18回]正規軍は「北朝鮮人民軍」ではなく「朝鮮人民軍」と命名
http://www.bnn-s.com/news/08/02/080220101301.html

[第19回]民族保衛省と内務省に対南工作部署が確立される
http://www.bnn-s.com/news/08/02/080220154303.html

[第20回]北朝鮮の長い国名はロシア語案を誤訳したものである
http://www.bnn-s.com/news/08/02/080226132305.html

[第21回]北朝鮮工作員が最初に日本に潜入したのは1949年
http://www.bnn-s.com/news/08/03/080226160622.html

[第22回]アチソン演説の後に金日成の南侵統一を承認したスターリン
http://www.bnn-s.com/news/08/03/080227162644.html

[第23回]ソ連軍の支援を受けて10個師団に拡充された朝鮮人民軍
http://www.bnn-s.com/news/08/03/080305094321.html

[第24回]米軍介入を恐れる発言で停職処分となった崔庸健民族保衛相
http://www.bnn-s.com/news/08/03/080306165207.html

[第25回]開戦準備が進むなかで展開された「平和的統一」の欺瞞工作
http://www.bnn-s.com/news/08/03/080311094408.html

[第26回]職業軍人でないにもかかわらず前線司令官を務めた金策副首相
http://www.bnn-s.com/news/08/03/080313135850.html

[第27回]開戦初日に部隊間の通信が途絶した朝鮮人民軍
http://www.bnn-s.com/news/08/03/080317150007.html

[第28回]金日成の戦争目的のひとつは50万人の韓国人大量拉致だった
http://www.bnn-s.com/news/08/03/080321094127.html

[第29回]朝鮮戦争当時に大量拉致された韓国人の実態の分析
http://www.bnn-s.com/news/08/03/080324134737.html

[第30回]韓国から拉致した李升基博士は北朝鮮の“核開発の父”となった
http://www.bnn-s.com/news/08/03/080326095409.html

[第31回]朝鮮戦争参戦を決断した毛沢東
http://www.bnn-s.com/news/08/03/080330162726.html

[第32回]一時は金日成に対して亡命を勧告したスターリン
http://www.bnn-s.com/news/08/04/080331174923.html

[第33回]朝鮮戦争中に拉致され北朝鮮工作員となった韓国人の証言
http://www.bnn-s.com/news/08/04/080405174932.html

[第34回]対南工作を実施した人民軍最高司令部直属の526軍部隊
http://www.bnn-s.com/news/08/04/080408090309.html

[第35回]国内派(南労党)の牙城だった工作員養成機関「金剛学院」
http://www.bnn-s.com/news/08/04/080409154755.html

[第36回]対日工作員は朝鮮戦争中でも養成され日本に潜入していた
http://www.bnn-s.com/news/08/04/080414151453.html

[第37回]朝鮮戦争中にソ連派重鎮の粛清に成功した金日成
http://www.bnn-s.com/news/08/04/080416172756.html

[第38回]クーデター発覚によって廃止させられた金剛学院
http://www.bnn-s.com/news/08/04/080418143420.html

[第39回]朝鮮戦争後に組織改編された対南工作機関
http://www.bnn-s.com/news/08/04/080422120517.html

[第40回]1950年代に日本に潜入していた工作員は内務省所属
http://www.bnn-s.com/news/08/04/080424163248.html

[第41回]朝鮮戦争直後の拉致の疑いが濃厚な「特定失踪者」
http://www.bnn-s.com/news/08/04/080425101500.html

[第42回]朝鮮総連の誕生直後に工作員に包摂された在日朝鮮人
http://www.bnn-s.com/news/08/05/080425111726.html

[第44回]金日成に対する個人崇拝を史上初めて公然と批判した尹公欽
http://www.bnn-s.com/news/08/05/080507122026.html

[第45回]粛清を繰り返して完成させた金日成の「首領独裁制」
http://www.bnn-s.com/news/08/05/080508163634.html

[第46回]1950年代後半に対南工作を担当した3大機関の実態
http://www.bnn-s.com/news/08/05/080514094740.html






このページのTOPへ




|
| ■ |
当サイトは、リンクフリーです。バナーが必要な方は下のバナーをお使いください |
|