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独裁者の秘密を徹底検証 ドキュメンタリー金正日 第46回


 
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| 発行年が明記されていない朝鮮人民軍出版社が発行した写真集『英雄的朝鮮人民軍』のなかには軍服にネットをまとって枯れ葉や草でカムフラージュしている兵士と、迷彩服を着ている兵士が紹介されている。迷彩服を着ているのは人民軍のなかでもエリートである偵察局の偵察員であるが、下の写真のように数種類の迷彩服が配給されている |
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第3部 独裁者・金正日権力の源泉
第1章 党の謀略機関を掌握し拉致工作を定式化
[第46回] 1950年代後半に対南工作を担当した3大機関の実態
金日成が党を掌握するようになるまでの1950年代後半の対南工作について、次のような情報がある。
「この時期に連絡部、偵察局および内務省は、多くの商事会社を設立運営して、工作員の派遣、韓国内部との情報授受、情報機関の運営に必要な資金を調達した。当初、各企業の本社はほとんど北朝鮮に置かれたが、やがて日本、香港、マカオのほか、多くの開発途上国にも進出するようになった」(『北朝鮮特殊部隊』69頁)
北朝鮮は、1950年代に共産圏以外で初めてアルジェリア(1958年9月25日)と、続いてギニア(1958年10月8日)と国交を樹立したが、いずれも革命政権だった。北朝鮮は革命政府のみならず、第3世界の革命組織と積極的に交流し、財政支援や武器供与をするようになったが、やがて各組織の要員を北朝鮮に招いてゲリラ戦の訓練をおこなうようになった。
「朝鮮労働党の連絡部は、おもに韓国民に対する政治諜報および転覆活動を所掌し、このため連絡部、〔内務省〕社会安全局、偵察局の各情報手段を運用統制する。さらに各種の内情捜査および各情報部隊の要員訓練の支援も行う。連絡部は本部幕僚、政治思想、後方支援、軍事、ゲリラ指導、連絡、技術、組織運用各班からなり、そのうち軍事班(第869陸軍部隊)がもっとも重要である。連絡部に所属するゲリラ指導班の任務と編成はいまだに明らかでない」(『北朝鮮特殊部隊』58頁)
この記述から推測すると、党連絡部ゲリラ指導課(翻訳では班)が外国人の訓練をしていた可能性が考えられるが、1970年代には党作戦部が担当していたことが明らかになっている。また、内務省の工作部署について、『北朝鮮特殊部隊』は次のように記述している。
「内務省の社会安全局は鉄道警備、対諜報、対ゲリラ、沿岸・国境警備および外国諜報を含む多様な国内保安責務を負う組織である。外国諜報任務の場合、社会安全局は限定的ながら積極的な情報活動を実行し、主に隷下の外国安全局を通じて各国内部に活動員を配置する。<略>外国安全局の隷下には外国情報、連絡業務などを取り扱うつぎの4個班がある。日本班<略>、南朝鮮班、<略>連絡班〔共産圏大使館との連絡〕<略>、通信班<略>」(『北朝鮮特殊部隊』60頁)
一方、1950年代後半の人民軍偵察局の組織は、次のようになっていた。
「偵察局(第589陸軍部隊)は偵察および諜報活動によりとくに韓国内部の外国軍の軍事情報(二次的に政治経済情報)の入手に加えて、連絡部、内務省の各情報部隊の誘導も担当した。現在、偵察局の第1部および第2部は無線通信<略>、第3部(第285陸軍部隊)は韓国内部で活動する工作員の誘導分遣隊要員の選定および訓練の責務を負う。このため第3部はDMZの西部(開城)、中部、東部に配備する地域室または指令室および本部からなる」(『北朝鮮特殊部隊』59頁)
1958年4月6日、金日成は人民軍偵察局の偵察員に対して、対南工作員の基本要件を10項目にまとめた『偵察員教示』を提示した。この『10項目の偵察兵教示』は、現在でも偵察員および対南工作員に対する訓練指針となっている。
(1) 偵察員は、いかなる天候と季節条件のもとでも鍛錬し、昼夜の区別なく険しい山岳で肉体的に鍛えなければならない。
(2) 偵察員は、常に確固たる党の思想で武装しなければならず、生命が危険に晒されても、最期の瞬間まで必ず任務を遂行する強固な思想をもたなければならない。
(3) 偵察員は、体力を鍛えるため、全ての体育に適応しなければならない。
(4) 偵察員は、敵の後方で闘争しうる全ての主務水準を高め、軍官の一員に仕上がらなければならない。
(5) 偵察員は、英語、日本語および南朝鮮各地方の方言と風習を習得しなければならない。
(6) 偵察員は、飛行場、280mm原子砲、橋梁、隧道、機関車などを爆破しうる機能を身に付けなければならない。
(7) 偵察員は、飛行機、自動車、汽車を操縦できるようにならなければならない。
(8) 偵察員は、海と川で船舶を操縦できなければならず、水泳も熟達しなければならない。
(9) 偵察員は、抗日パルチザンの戦闘経験を創造的に適用、研究しなければならない。
(10) 偵察員は、南朝鮮の政治、経済、軍事、地理部門を研究しなければならない。(つづく) 






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[第56回]北朝鮮から届いた写真の人物は加瀬テル子さんだった
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