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独裁者の秘密を徹底検証 ドキュメンタリー金正日 第48回


 
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| 上の写真は、1977年に発行された金日成の写真集『偉大な愛の道』に掲載されているもので、「1958年8月6日、2月26日工場の労働者を訪れ、彼らをより大きな労働の偉勲へと励ます父なる首領」という意味不明の日本語キャプションが付いている。下の写真は、1958年11月に北ベトナム(当時)を訪問し、ホー・チミン主席と会談する46歳の金日成で、1982年発行の金日成の写真集『親善と団結のために』に掲載されている。これらの写真は、首領独裁制を完成させた以後の1950年代後半に金日成が自信にあふれた態度でいたことを示している。ちなみに「2月26日工場」は、慈江道煕川市にある精密機械工場で、ピストン、燃料ポンプ、歯車ポンプ、燃料分配器、運搬車、車両用計器など、兵器用の精密機械部品を製造する工場として知られている |
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第3部 独裁者・金正日権力の源泉
第1章 党の謀略機関を掌握し拉致工作を定式化
[第48回] 南派工作員が関与していた4・19学生革命の始まり
本連載において、しばしば紹介してきた「英雄工作員」の金東赫(仮名)氏は、1950年代後半の粛清事件に巻き込まれたひとりだった。
「1954年、私は党の推薦を受けて、金日成総合大学哲学科に入学しました。大学は4年制でしたが、3年のとき(1957年)に退学させられたのです。第2次南労党粛清の余波を受けて、私も『反革命分子』とされたからです。南労党員が大勢いた金剛学院に在学していたのは、南労党と関係があったからに違いない、というのが理由でした。大学を退学させられて、江原道の文川機械工場の労働者に配置され、10年間苦労しました。金剛学院出身者ということで、工場内の内務省『安全駐在部』に睨まれていました。南に逃げようとして、平康まで下見に行ったこともありますが、健康がすぐれず、実行できませんでした。しかし、1967年に私は再び、対南工作員に登用されたのです」
金東赫氏は以上のように語ったが、彼には再び登場してもらうことになるだろう。
1960年3月15日、韓国で大統領選挙が実施された。その日、慶尚南道馬山において市民や学生が、不正による選挙の無効を主張して、暴動を起こした。「4・19学生革命」の発端となった馬山暴動はやがて鎮圧されたものの、4月11日、暴動に参加し行方不明になっていた高校生の変死体が発見され、学生たちの反政府運動は激化していった。
金日成は党を掌握した後、党連絡部が南派した地下工作員を全員交代させたといわれているが、1959年当時、韓国に新しく配置された潜伏工作員は1000人だったと、元党作戦部戦闘員の安明進氏は述べ、手記に次のように書いている。
「その中に李ソクという地下工作員がいた。彼は1946年10月大邱暴動のとき、南朝鮮労働党慶尚北道党の幹部であり、朝鮮戦争の時に越北したが、1955年4月に南派された。その後、彼は馬山にアジトを置き、棺の担ぎ人夫、荷運びの人夫たちを相手に、親睦をはかる契(訳注:講のようなもの)を通じて、意識化、組織化を進めていた。1960年3月15日、大統領選挙にからむ不正を糾弾するデモが起こると、素早く契の仲間を民主党馬山支部の前に終結させ、事態を激化、暴発させる先頭に立った。1972年、〔韓国の〕保安司令部によって検挙された時、李ソクは4・19革命の導火線に火をつけたのは自分だと言ったそうだ」(戦略情報研究所株式会社のXファイル2005年7月13日付)
不正選挙に抗議する暴動は馬山から全土に広がっており、学生たちは連日示威行動をおこなっていた。当時の大学には、「新進会」「新潮会」「協調会」「農村社会研究会」「マグマ・グループ」といった社会主義的傾向のサークルが結成されており、彼らが中心となって激しい学生運動を展開していた。
こうした激動する韓国情勢を前に、北朝鮮の3号庁舎(工作部署)指導部は当然ながら、情報の収集と分析をおこなっていた。安明進手記は次のように続く。
「1960年4月15日、平壌の南山裏手にある労働党3号庁舎では、金日成をはじめとする対南専門部署専門家たちが集まり、2回対南情勢に対する公討論会を開いた。論争の焦点は、韓国で急速に展開されている学生の反政府闘争の革命的な性格と展望にあった。
当時、対南連絡部長の呉ユンガプは2時間かけて、『南朝鮮学生運動はあくまでも性格上プチブルジョア運動であり、李承晩のファッショ弾圧によって政権打倒までは難しい。革命の主体勢力である労働者、農民が加わらないため、この闘争は成功しない』という主旨で報告した。また、当時文化部長(後に作戦部長兼3号庁舎担当秘書)の金仲麟は、補充報告を通じ『植民地国家での革命的インテリ学生の役割は非常に大きい』として、学生のデモに関心を持たねばならないという彼の経験的説明を加えた。
4月17日、3月28日から始まった情勢討論を決算しつつ、連絡部長呉ユンガプは『革命的で先進的な労働階級の進出なく、学生闘争だけでアメリカの庇護を受けている李承晩政権を崩壊させられるとする見解は、階級的な限界を持った学生闘争に対する過大評価だ』と、学生たちの反政府闘争を過小評価する『錯誤』を犯した」(戦略情報研究所株式会社のXファイル2005年7月13日付)(つづく) 






関連サイト

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[第14回]ソ連占領軍が描いたシナリオで動いた金日成
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[第15回]1947年2月、金日成が北朝鮮人民委員会の委員長に就任
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[第16回]朝鮮人民軍の原型が整ったのは解放から2年後だった
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[第17回]2つあった対南工作員を養成する専門教育機関
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[第34回]対南工作を実施した人民軍最高司令部直属の526軍部隊
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[第35回]国内派(南労党)の牙城だった工作員養成機関「金剛学院」
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[第36回]対日工作員は朝鮮戦争中でも養成され日本に潜入していた
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[第37回]朝鮮戦争中にソ連派重鎮の粛清に成功した金日成
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[第38回]クーデター発覚によって廃止させられた金剛学院
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[第39回]朝鮮戦争後に組織改編された対南工作機関
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[第40回]1950年代に日本に潜入していた工作員は内務省所属
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[第41回]朝鮮戦争直後の拉致の疑いが濃厚な「特定失踪者」
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[第42回]朝鮮総連の誕生直後に工作員に包摂された在日朝鮮人
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[第43回]国家情報委員会と内閣情報総局は実在していたのか
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[第46回]1950年代後半に対南工作を担当した3大機関の実態
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[第47回]北朝鮮に拉致された後に粛清された「入北者」たち
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[第49回]「赤化統一」を未然に防いだ朴正煕少将の5・16軍事クーデター
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[第50回]1961年9月の第4回党大会以後に誕生した南朝鮮総局
http://www.bnn-s.com/news/08/05/080526143802.html

[第51回]南朝鮮総局の傘下に入った党連絡部、党文化部、党調査部
http://www.bnn-s.com/news/08/05/080528154511.html

[第52回]1950年代半ばに対日工作員の日本潜入方式を確立
http://www.bnn-s.com/news/08/06/080601145544.html

[第53回]戦前に日本で生活した経験者を対日工作員として徴用
http://www.bnn-s.com/news/08/06/080602134634.html

[第54回]対南工作機関は「対南事業総局」と改称されて規模を拡大
http://www.bnn-s.com/news/08/06/080605142340.html

[第55回]社会安全省と人民軍偵察局の対南工作活動も強化された
http://www.bnn-s.com/news/08/06/080610144708.html

[第56回]北朝鮮から届いた写真の人物は加瀬テル子さんだった
http://www.bnn-s.com/news/08/06/080612144021.html

[第57回]潜入工作員が密航者だと警察に偽装自首する手法も登場
http://www.bnn-s.com/news/08/06/080616154311.html

[第58回]工作員のゴムボート使用とピストル武装が初めて確認された能代事件
http://www.bnn-s.com/news/08/06/080617165828.html

[第59回]寺越事件の家族を訪朝時に迎えたのは工作機関の党連絡部日本課長
http://www.bnn-s.com/news/08/06/080620105823.html

[第60回]寺越事件の犯人は清津連絡所のベテラン戦闘員だった呉求鎬
http://www.bnn-s.com/news/08/06/080623170504.html

[第61回]寺越武志さんをかばって抵抗し射殺された寺越昭二さん
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[第62回]1日に2カ所同時に工作船を派遣できるようになった北朝鮮
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[第63回]工作船による潜入状況が具体的に明らかになった神田事件
http://www.bnn-s.com/news/08/07/080702103743.html

[第64回]1964年8月に摘発された韓国の「人民革命党事件」は真相不明
http://www.bnn-s.com/news/08/07/080707154621.html

[第65回]韓国軍によって初めて捕獲された人民軍偵察局の小型潜水艇
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[第66回]党中央委員会委員長に代わって党総書記が新設された理由
http://www.bnn-s.com/news/08/07/080712163232.html

[第67回]粛清騒動で対南事業総局は解体され対南工作担当書記を新設
http://www.bnn-s.com/news/08/07/080714155349.html

[第68回]金日成が最高人民会議で言及した韓国内のスパイ組織
http://www.bnn-s.com/news/08/07/080717163402.html

[第69回]半島統一を目指して1967年に再編された第124軍部隊
http://www.bnn-s.com/news/08/07/080722131318.html

[第70回]日本の官公庁を震撼させた総連工作員の「外務省スパイ事件」
http://www.bnn-s.com/news/08/07/080723153431.html

[第71回]北朝鮮の対南工作活動を在日朝鮮人密輸組織が支援
http://www.bnn-s.com/news/08/07/080728135238.html

[第72回]「青瓦台を襲撃し、朴正煕の首を取れ」と命令された工作組
http://www.bnn-s.com/news/08/08/080730101123.html

[第73回]兵装転換に手間取りプエブロ号救出に間に合わなかったF4ファントム
http://www.bnn-s.com/news/08/08/080801175105.html

[第74回]瀕死の韓国人捕虜の前で自白を強要されたプエブロ号の艦長
http://www.bnn-s.com/news/08/08/080805100000.html

[第75回]金日成に工作員として高く評価された統一革命党の金鐘泰
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[第76回]1度の浸透では朝鮮戦争以来最大規模の蔚珍・三陟侵入事件
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[第77回]在日朝鮮人の大学生も工作船で北朝鮮に渡っていた
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[第78回]朝鮮総連の活動家も工作員教育のため工作船で北朝鮮に
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[第79回]体をゴムボートに縛りつけられて工作船から投げ出された工作員
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[第80回]日本人戸籍を入手し「背乗り」して真正旅券を不正に取得
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[第81回]対南工作の失敗を口実に軍部強硬派を粛清した金日成
http://www.bnn-s.com/news/08/08/080826174728.html

[第82回]日本に密航して大学院修了後にスパイとなった韓国人
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[第83回]工作員教育の一環として1970年代初めまでに取り入れられた海外研修
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