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独裁者の秘密を徹底検証 ドキュメンタリー金正日 第49回


 
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| 1960年の「4・19学生革命」により、李承晩政権(第1共和国)は崩壊した。その後に成立した張勉政権(第2共和国)は北朝鮮の地下工作員が仕掛けた学生や市民による南北統一への動きを阻止することができず、そうした状況を危惧した朴正煕少将たちの陸軍士官学校8期生が中心となって、軍事クーデターが敢行された。上の写真は、「民族自主統一」と書かれた横断幕を先頭にデモをおこなう市民たち。下の写真の横断幕には、「行こう!北へ! 来たれ!南へ! 板門店で!」というソウル大学民族統一連盟のスローガンが書かれている。いずれもの写真も、1995年に平壌で発行された『栄光の50年』より転載 |
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第3部 独裁者・金正日権力の源泉
第1章 党の謀略機関を掌握し拉致工作を定式化
[第49回] 「赤化統一」を未然に防いだ朴正煕少将の5・16軍事クーデター
1960年4月19日、ソウルにおいて大統領選挙の不正と多くの犠牲を出した馬山事件に抗議して、数万人規模のデモがおこなわれる一方、全国各地でも数10万人の学生や市民たちが李承晩退陣を要求して示威行動を起こした。この事態に対し、李承晩政権はソウル、釜山、大邱、光州の各市に非常戒厳令を布告し、デモ隊に対して発砲した結果、死者183人、負傷者6000人以上を出す惨事となった。この事件は韓国では「4・19学生革命」と呼ばれている。
「4・19当時には、連絡部が自己の任務を全うすることができず〔赤化統一の好機を〕逃がした。あのとき、私が咸鏡道地方で現地指導をしていた最中に、4・19が勃発したとの報告を受けて平壌へ駆けつけたほど、連絡部は何も知らずにいたのだ」(『金日成の秘密教示』82頁)
金日成は、1974年4月、対南工作員たちとの談話で、以上のように回想した。
不正選挙によって4選を果たした李承晩大統領は、4月23日、「行政責任者の地位を去り、元首の地位だけにとどまる」と述べたため、学生や市民の更なる怒りをかった。事態を収拾するため、副大統領に当選した李起鵬が辞退を表明したものの、4月25日、全国27大学の教授約400人の連名による呼びかけで、数10万人が参加した李承晩退陣のデモがおこなわれ、デモ隊の一部は李承晩と李起鵬の自宅を包囲した。翌4月26日、ソウルのパゴダ公園にある李承晩大統領の銅像が引き倒され、国会でも大統領の即時辞任要求が全会一致で決議されたため、李承晩はようやく辞任を表明し、12年間続いた李承晩政権(第1共和国)はついに終焉を迎えた(その2日後、李起鵬は一家心中し、李承晩はフランチェスカ夫人を連れて、5月29日、ハワイに亡命した)。
李承晩政権が崩壊した4月26日、北朝鮮では大騒となり、労働党政治委員会が緊急招集された。この席で金日成は、学生運動では李承晩政権を崩壊しないという情勢分析をおこなっていた党連絡部の呉ユンガプ部長を批判し、「6・25(朝鮮戦争)と4・19(学生革命)の2回も、統一のチャンスを逃した」と嘆いたという。
金日成は「4・19学生革命」を契機に、南朝鮮革命情勢が成熟したものと判断し、平和統一戦略を採用するようになり、まずは、8月14日に南北朝鮮の「国家連合」的な連邦制を初めて提案した。こうした動きのなかで、11月1日、ソウル大学では「民族統一連盟」が結成され、南北学生会談の開催を主張した。
年が開けた1961年1月7日、北朝鮮の「祖国統一民主主義戦線」は南北協商会議を提案し、1月9日には北朝鮮の民主青年同盟が、韓国の学生による統一運動を歓迎する談話を発表した。5月4日、ソウル大学民族統一連盟が南北学生会議を板門店で開催するという声明書を発表すると、北朝鮮の石山内務相は南北学生会談を歓迎する声明を出して、2日後に平壌で南北学生会談準備委員会が結成された。そして、金日成の平和統一戦略に基づいて、5月13日、「祖国平和統一委員会」が創設され、対南宣伝攻勢が強化された。
ソウル大学民族統一連盟は、「行こう!北へ! 来たれ!南へ! 会おう板門店で!」というスローガンを掲げ、南北学生会談を5月20日に開催すると発表していたが、張勉内閣(第2共和国)は南北会談を阻止する力はなかった。当時の韓国の国民1人あたりのGNPは約80ドルで、第1次経済5カ年計画を完了したばかりの北朝鮮のほうが経済的にも優勢で、南北学生会談を発端として北朝鮮に「赤化統一」される危険性が高まっていた。
そうした状況に危惧を抱いた韓国軍は、朴正煕少将(第2野戦軍副司令官)たちを中心とした「軍事革命委員会」を組織し、5月16日に軍事クーデターを敢行した。
陸軍士官学校の8期生たちが主体となった軍事革命委員会は、全土に非常戒厳令を布告して政権を奪取したため、第2共和国は崩壊した。5月19日、軍事革命委員会は「国家再建最高会議」と改称し、6月10日には金鍾泌中佐を中心とした秘密諜報機関「韓国中央情報部(KCIA)」が創設され、第2共和国政権の腐敗や学生運動の放任、第1共和国時代の不正活動に関わった公職関係者を追放するなどの強権政治を断行した。(つづく) 






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[第72回]「青瓦台を襲撃し、朴正煕の首を取れ」と命令された工作組
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[第82回]日本に密航して大学院修了後にスパイとなった韓国人
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