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独裁者の秘密を徹底検証 ドキュメンタリー金正日 第53回


 
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| 左上は、1959年12月14日、北朝鮮がソ連からチャーターした「クリリオン号」と「トボリスク号」の2隻が、在日朝鮮人帰国者第1陣957人を乗せて新潟を出港する際の光景。右上は、12月16日に氷点下10度の清津港に第1次帰国船が入港した際の歓迎風景。下の写真は、祖国に帰還した在日朝鮮人帰国者(日本帰還民)を歓迎する平壌での市民集会。背景の建物は平壌駅である。日朝間を往復する帰国船は、北朝鮮から朝鮮総連に対する指導・連絡のみならず、工作員への指令や報告にも利用され、在日朝鮮人帰国者の家族は「土台人」として、日本に潜入した工作員に対する支援を強要されていたのである |
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第3部 独裁者・金正日権力の源泉
第1章 党の謀略機関を掌握し拉致工作を定式化
[第53回] 戦前に日本で生活した経験者を対日工作員として徴用
第2次大戦前の1932年に16歳で内地(日本)に渡って、日本の学校に通い、終戦直後に家族とともに北朝鮮に帰国した趙昌国(日本名は鈴木久夫、事件当時42歳)は、1959年6月に対日工作員に徴用され、短期間のスパイ教育・訓練を受けた後、在日米軍の動向を探る任務を与えられて、7月31日に石川県滝港から密入国した。趙昌国は、潜伏工作員に渡す乱数表と工作資金、そして偽造外国人登録証明書などを携行していたが、潜入直後、潜伏工作員と「接線」するため、国鉄に乗ろうと金沢駅にいたところを、石川県警に逮捕された(滝事件)。
同じく戦前の1936年に渡日し、明治大学を卒業後、1942年に帰国していた金俊英(日本名は河上崇弘、事件当時44歳)は、1959年7月に工作員に徴用されたが、スパイ教育を受けることもなく、日本で工作員を獲得せよと指示された。金俊英は乱数表、工作資金、偽造外国人登録証明書などを携行し、7月29日に兵庫県浜坂港から密入国した。金俊英は1年ほどの間に2人の工作員を獲得し、本国から「獲得工作員を帯同して帰還せよ」との指示を受け、1960年9月26日、浜坂町の海岸で待機していたが、工作船との接触に失敗した。金俊英はやむなく東京に戻ろうとしていたところ、9月29日に同行の獲得工作員とともに兵庫県警に逮捕された(浜坂事件)。
また、戦前に渡日し、法政大学で学んだ後に帰国した崔燦寔(陸軍大尉。偽装名は滝川洋一、事件当時44歳)は、1960年6月に工作員に徴用され、4カ月間のスパイ教育・訓練を受けた後、10月19日、乱数表、無線機、工作資金など携行して、山形県酒田市付近の海岸から密入国した。崔燦寔は20トンほどの工作船用の船舶購入を命じられており、北朝鮮で指示された通り大阪在住の帰化人に成りすまして、東京や埼玉で2年間ほどスパイ活動に従事していた。崔燦寔は日本の漁船を購入することに成功し、「大寿丸」として漁船登録許可を得て、1961年8月19日、雇い入れた船員たちとともに下関港から北朝鮮に密出国した。山口県警は9月9日、崔燦寔と関係者を全国に指名手配していたが、本国に戻って活動状況を報告した崔燦寔は再潜入を命じられ、10月に「大寿丸」で再び酒田市付近の海岸から密入国した。その後、崔燦寔は実在の日本人に成りすまして活動していたが、1962年7月24日、警視庁によって逮捕された。崔燦寔のアジトからは、乱数表や暗号インクなどのスパイ道具が発見されている(大寿丸事件)。
第2次大戦中の1941年から2年間日本に住んだことがある薫吉模(日本名は柳川昌儀、事件当時45歳)は、北朝鮮で協同消費組合の書記をしていた。1961年2月に工作員に徴用された薫吉模は、4カ月のスパイ教育・訓練を受け、6月29日、乱数表や工作資金(米ドル)など携行して、新潟県村上市の柏尾海岸から潜入した。薫吉模は「土台人」と呼ばれる在日朝鮮人帰国者の親族たちから資金援助を受け、3年間ほど在日米軍などの情報を収集していたが、1964 年5月14日、警視庁に逮捕された。薫吉模は本国への報告を無線ではなく、新潟から出港する在日朝鮮人帰国者の帰国船を利用していたことが判明した(薫グループ事件)。
戦前の1938年に渡日し、専修大学で学び、戦後に帰国した馬今鳳(日本名は中村東善、別名は金永錫、事件当時42歳)は、金策工業大学歴史科教師兼教務部副部長をしていたが、1961年2月に工作員に徴用され、6カ月のスパイ教育・訓練を受けて、8月15日、工作資金、偽造外国人登録証明書、無線機、暗号表などを携行し、山形県酒田市の十里塚浜から密入国した。馬今鳳は工作員を獲得するのが任務で、在日朝鮮人で商事会社の社長を獲得することに成功した。本国に報告すると「工作船を送るので、社長の親族を帯同して帰還せよ」という指示を受けた。馬今鳳は社長の親族2人とともに、1963年5月21日、工作船で酒田市十里塚浜から密出国しようと海岸にいたところを、山形県警に逮捕された(酒田事件)。
以上は、1961年9月の第4回党大会後に「南朝鮮事業局」が新設されるまでに徴用され、日本で逮捕されたスパイたちの動向である。これら一連のスパイ事件を概観すると、1961年までには北朝鮮は工作員を日本へ潜入させる方式を完全に確立していたことが分かる。そして、本国とのやり取りは、無線やラジオのみならず、当時、日本と北朝鮮を往復していた帰国船を利用していたのだった。(つづく) 






関連サイト

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[第34回]対南工作を実施した人民軍最高司令部直属の526軍部隊
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[第35回]国内派(南労党)の牙城だった工作員養成機関「金剛学院」
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[第36回]対日工作員は朝鮮戦争中でも養成され日本に潜入していた
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[第37回]朝鮮戦争中にソ連派重鎮の粛清に成功した金日成
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[第38回]クーデター発覚によって廃止させられた金剛学院
http://www.bnn-s.com/news/08/04/080418143420.html

[第39回]朝鮮戦争後に組織改編された対南工作機関
http://www.bnn-s.com/news/08/04/080422120517.html

[第40回]1950年代に日本に潜入していた工作員は内務省所属
http://www.bnn-s.com/news/08/04/080424163248.html

[第41回]朝鮮戦争直後の拉致の疑いが濃厚な「特定失踪者」
http://www.bnn-s.com/news/08/04/080425101500.html

[第42回]朝鮮総連の誕生直後に工作員に包摂された在日朝鮮人
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[第43回]国家情報委員会と内閣情報総局は実在していたのか
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[第44回]金日成に対する個人崇拝を史上初めて公然と批判した尹公欽
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[第46回]1950年代後半に対南工作を担当した3大機関の実態
http://www.bnn-s.com/news/08/05/080514094740.html

[第47回]北朝鮮に拉致された後に粛清された「入北者」たち
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[第48回]南派工作員が関与していた4・19学生革命の始まり
http://www.bnn-s.com/news/08/05/080520171414.html

[第49回]「赤化統一」を未然に防いだ朴正煕少将の5・16軍事クーデター
http://www.bnn-s.com/news/08/05/080523104452.html

[第50回]1961年9月の第4回党大会以後に誕生した南朝鮮総局
http://www.bnn-s.com/news/08/05/080526143802.html

[第51回]南朝鮮総局の傘下に入った党連絡部、党文化部、党調査部
http://www.bnn-s.com/news/08/05/080528154511.html

[第52回]1950年代半ばに対日工作員の日本潜入方式を確立
http://www.bnn-s.com/news/08/06/080601145544.html

[第54回]対南工作機関は「対南事業総局」と改称されて規模を拡大
http://www.bnn-s.com/news/08/06/080605142340.html

[第55回]社会安全省と人民軍偵察局の対南工作活動も強化された
http://www.bnn-s.com/news/08/06/080610144708.html

[第56回]北朝鮮から届いた写真の人物は加瀬テル子さんだった
http://www.bnn-s.com/news/08/06/080612144021.html

[第57回]潜入工作員が密航者だと警察に偽装自首する手法も登場
http://www.bnn-s.com/news/08/06/080616154311.html

[第58回]工作員のゴムボート使用とピストル武装が初めて確認された能代事件
http://www.bnn-s.com/news/08/06/080617165828.html

[第59回]寺越事件の家族を訪朝時に迎えたのは工作機関の党連絡部日本課長
http://www.bnn-s.com/news/08/06/080620105823.html

[第60回]寺越事件の犯人は清津連絡所のベテラン戦闘員だった呉求鎬
http://www.bnn-s.com/news/08/06/080623170504.html

[第61回]寺越武志さんをかばって抵抗し射殺された寺越昭二さん
http://www.bnn-s.com/news/08/06/080627100012.html

[第62回]1日に2カ所同時に工作船を派遣できるようになった北朝鮮
http://www.bnn-s.com/news/08/07/080630160536.html

[第63回]工作船による潜入状況が具体的に明らかになった神田事件
http://www.bnn-s.com/news/08/07/080702103743.html

[第64回]1964年8月に摘発された韓国の「人民革命党事件」は真相不明
http://www.bnn-s.com/news/08/07/080707154621.html

[第65回]韓国軍によって初めて捕獲された人民軍偵察局の小型潜水艇
http://www.bnn-s.com/news/08/07/080708163242.html

[第66回]党中央委員会委員長に代わって党総書記が新設された理由
http://www.bnn-s.com/news/08/07/080712163232.html

[第67回]粛清騒動で対南事業総局は解体され対南工作担当書記を新設
http://www.bnn-s.com/news/08/07/080714155349.html

[第68回]金日成が最高人民会議で言及した韓国内のスパイ組織
http://www.bnn-s.com/news/08/07/080717163402.html

[第69回]半島統一を目指して1967年に再編された第124軍部隊
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[第70回]日本の官公庁を震撼させた総連工作員の「外務省スパイ事件」
http://www.bnn-s.com/news/08/07/080723153431.html

[第71回]北朝鮮の対南工作活動を在日朝鮮人密輸組織が支援
http://www.bnn-s.com/news/08/07/080728135238.html

[第72回]「青瓦台を襲撃し、朴正煕の首を取れ」と命令された工作組
http://www.bnn-s.com/news/08/08/080730101123.html

[第73回]兵装転換に手間取りプエブロ号救出に間に合わなかったF4ファントム
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[第74回]瀕死の韓国人捕虜の前で自白を強要されたプエブロ号の艦長
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[第75回]金日成に工作員として高く評価された統一革命党の金鐘泰
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[第76回]1度の浸透では朝鮮戦争以来最大規模の蔚珍・三陟侵入事件
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[第77回]在日朝鮮人の大学生も工作船で北朝鮮に渡っていた
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[第78回]朝鮮総連の活動家も工作員教育のため工作船で北朝鮮に
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[第79回]体をゴムボートに縛りつけられて工作船から投げ出された工作員
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[第80回]日本人戸籍を入手し「背乗り」して真正旅券を不正に取得
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[第81回]対南工作の失敗を口実に軍部強硬派を粛清した金日成
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[第82回]日本に密航して大学院修了後にスパイとなった韓国人
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[第83回]工作員教育の一環として1970年代初めまでに取り入れられた海外研修
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[第84回]煙草のチェリーの箱のなかの1本から発見された小さな乱数表
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[第85回]1960年代末の特定失踪者は6人全員が10代後半の青年
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[第86回]1969年11月の会議で日本人拉致の必要性を述べた金日成
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[第87回]北朝鮮に拿捕された韓国漁船の乗組員を工作員として教育
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[第88回]潜入工作員と出迎える在日工作員がトランシーバーで連絡
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[第89回]偵察局の工作員養成機関であることが明らかになった第198軍部隊
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[第90回]高速で逃げ去る際に爆発音に似た巨大な音を出す工作船
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[第91回]佐渡島宿根木の岩陰で工作員の潜入を待ち構えていた捜査員たち
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[第92回]韓国中央情報部(KCIA)を模倣した国家政治保衛部の誕生
http://www.bnn-s.com/news/08/09/080929144951.html

[第93回]人民軍偵察員から党調査部の工作員に移籍された辛光洙
http://www.bnn-s.com/news/08/10/080930150040.html

[第94回]船外機付きゴムボートの侵入が初めて確認された「温海事件」
http://www.bnn-s.com/news/08/10/081003105459.html

[第95回]工作員専用の915病院で目撃された日本人拉致被害者
http://www.bnn-s.com/news/08/10/081006163131.html

[第96回]渡辺秀子さん殺害と子供2人の拉致を指示した女性工作員
http://www.bnn-s.com/news/08/10/081010115346.html






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