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ジャーナリスト・惠谷 治「独裁者の秘密を徹底検証ドキュメンタリー金正日」
独裁者の秘密を徹底検証 ドキュメンタリー金正日 第59回


06月23日(月) 00時00分
文:惠谷 治 



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1963年5月12日午前8時半頃、漁に出ていた漁船「竜神丸」が、志賀町上野海岸の沖合7キロほどのところを無人で漂流していた「清丸」を発見し、高浜港に曳航した。「清丸」の船首左舷が衝突によって破損していることが、上の写真でよく分かる。操業中に大型船舶に衝突された海難事故と考えられ、大捜索が続けられたが、何の手掛かりも得られなかったのは、今にしてみれば当然のことだった。下は、左から寺越昭二さん(当時36歳)、弟の寺越外雄さん(当時24歳)、甥の中学生だった寺越武志さん(当時13歳)。写真はいずれも寺越友枝著『北朝鮮にいる息子よ、わが胸に帰れ』より転載
 第3部 独裁者・金正日権力の源泉
 第1章 党の謀略機関を掌握し拉致工作を定式化
 [第59回] 寺越事件の家族を訪朝時に迎えたのは工作機関の党連絡部日本課長

 能代市の大関浜に工作員の溺死体が漂着した翌日(1963年5月11日)、漂着現場から南に300キロほど離れた石川県羽咋郡高浜町(現志賀町)で漁業を営む寺越昭二さん(当時36歳)は、午後3時頃、弟の寺越外雄さん(当時24歳)とともに甥の中学生だった寺越武志さん(当時13歳)を連れて、ハチメ(メバル)漁のため1.5トンの木造漁船「清丸」で高浜港を出発した。

 「清丸」は高浜から少し北の富来町(現志賀町)福浦港から400メートルほどの沖合に、刺し網2張を仕掛けた後、いんたん福浦港に入港した。午後4時頃、「清丸」は福浦港を出て、沖合に向かった。その夜の12時頃、「清丸」の近くを通った漁船に対し、昭二さんは「今日は月明かりもありまし、ここにこのままいます」と話したという。漁場で仮眠するのは日常的なことだったが、夜明け近くの午前4時頃、同じ漁船が同じ地点を通ったとき、「清丸」の姿は見当たらなかった。

 夜が明けた午前8時半、別の漁船が沖合7キロほどのところで、無人で漂流していた「清丸」を発見した。その漁船が「清丸」を高浜港に曳航して来て、地元では大騒ぎとなった。「清丸」は船首左舷を破損しており、操業中に大型船舶に衝突され、3人は海に投げ出されたものと考えられた。遭難海域一帯で大捜索が続けられたが、武志さんのものと思われる学生服が発見されただけで、1週間たっても何の手掛かりも見つからなかった。遭難事件から2年後、「清丸」に乗っていた3人は「海難事故で死亡」と認定され、戸籍から抹消された。

 それから24年経った1987年1月21日、発信地が北朝鮮の「平安北道亀城市南山洞36班」で、「金哲浩」という差出人の手紙が、寺越家の次女(昭二と外雄さんの妹)の元に届いた。

 「昭二、外雄、武志の3人は、1963年5月にとつぜん、朝鮮に来て暮らすようになりました。その後、私達は家庭を持ち、2人の子供の親となり、今4人で幸福に暮らして居ますから安心して下さい」

 以上のような内容で、末尾には「寺越外雄」と書かれてあった。

 それから、大家族である寺越家の苦悩の日々が始まった。

 寺越武志さんの母親である寺越友枝さんは、息子に会いたい一心で役所や関係機関に足繁く通い、また地元の政治家たちに相談しながら、北朝鮮に渡る方策を模索した。その結果、当時の日本社会党で地元出身(石川2区選出)の嶋崎譲代議士による斡旋で、武志さんの手紙が届いてから半年後の8月31日から9月7日まで、武志さんの両親が北朝鮮を訪問することが可能になった。ちなみに、北朝鮮はその年の秋から一般外国人を対象とした観光ツアーを開始し、私はその第1陣のツアーに参加して、10月中旬に初めて北朝鮮を訪れたのだった。

 平壌に到着した寺越夫妻(寺越家長男夫婦)は、北朝鮮独特の「学習観光」に引き回され、息子や弟に再会できたのは待ちくたびれた4日目のことだった。宿泊先の高麗ホテルの広間には、弟(四男)一家の寺越外雄(朝鮮名・金哲浩、48歳)と妻の韓福生(46歳) 、一男一女の子供、そして、息子一家である寺越武志(朝鮮名・金英浩、37歳)と妻の公玉順(37歳) 、二男一女の子供たちが集まっていた。

 この24年ぶりの再会に北朝鮮側から立ち会ったのは、表向きは「朝日友好促進親善協会秘書長」という肩書きの党連絡部日本課の金寿萬課長だった。日本側で立ち会った嶋崎代議士は訪朝後に、「親と子・兄と弟、24年の空白を越えて。日本海で遭難した漁船員とその家族の記録」という副題のついた『再会』という報告書を作成した。

 嶋崎代議士によって「北朝鮮による海難救助」という美談に仕立て上げられた報告書には、北朝鮮側の手の込んだシナリオに従って遭難の瞬間には何の疑念も生じない記述が次のように書かれていた。

 「再び福浦港を出航した。約3時間程走った頃、船の機関が故障し動かなくなった。1時間ぐらいかかっても、なかなか修理ができなかった。暗い夜の海。昭二さんは外雄さんと武志さんに仮眠するよう言ってから、1人で修理にとりかかった。2人は船室に入り寝た。どのくらい時間が経ったのかわからない。突然『ドカーン』という大きな音がして船体が大きく揺れた。深い眠りに陥っていた2人が、慌てて起きて甲板に出てみると、衝突したと思われる100トンぐらいの船が遠ざかっていくのが見えた。それは、貨物船とも、漁船とも、分からなかった」(つづく)







関連サイト

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[第34回]対南工作を実施した人民軍最高司令部直属の526軍部隊
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[第35回]国内派(南労党)の牙城だった工作員養成機関「金剛学院」
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[第36回]対日工作員は朝鮮戦争中でも養成され日本に潜入していた
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[第37回]朝鮮戦争中にソ連派重鎮の粛清に成功した金日成
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[第38回]クーデター発覚によって廃止させられた金剛学院
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[第39回]朝鮮戦争後に組織改編された対南工作機関
http://www.bnn-s.com/news/08/04/080422120517.html

[第40回]1950年代に日本に潜入していた工作員は内務省所属
http://www.bnn-s.com/news/08/04/080424163248.html

[第41回]朝鮮戦争直後の拉致の疑いが濃厚な「特定失踪者」
http://www.bnn-s.com/news/08/04/080425101500.html

[第42回]朝鮮総連の誕生直後に工作員に包摂された在日朝鮮人
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[第43回]国家情報委員会と内閣情報総局は実在していたのか
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[第46回]1950年代後半に対南工作を担当した3大機関の実態
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[第47回]北朝鮮に拉致された後に粛清された「入北者」たち
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[第48回]南派工作員が関与していた4・19学生革命の始まり
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[第49回]「赤化統一」を未然に防いだ朴正煕少将の5・16軍事クーデター
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[第50回]1961年9月の第4回党大会以後に誕生した南朝鮮総局
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[第51回]南朝鮮総局の傘下に入った党連絡部、党文化部、党調査部
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[第52回]1950年代半ばに対日工作員の日本潜入方式を確立
http://www.bnn-s.com/news/08/06/080601145544.html

[第53回]戦前に日本で生活した経験者を対日工作員として徴用
http://www.bnn-s.com/news/08/06/080602134634.html

[第54回]対南工作機関は「対南事業総局」と改称されて規模を拡大
http://www.bnn-s.com/news/08/06/080605142340.html

[第55回]社会安全省と人民軍偵察局の対南工作活動も強化された
http://www.bnn-s.com/news/08/06/080610144708.html

[第56回]北朝鮮から届いた写真の人物は加瀬テル子さんだった
http://www.bnn-s.com/news/08/06/080612144021.html

[第57回]潜入工作員が密航者だと警察に偽装自首する手法も登場
http://www.bnn-s.com/news/08/06/080616154311.html

[第58回]工作員のゴムボート使用とピストル武装が初めて確認された能代事件
http://www.bnn-s.com/news/08/06/080617165828.html

[第60回]寺越事件の犯人は清津連絡所のベテラン戦闘員だった呉求鎬
http://www.bnn-s.com/news/08/06/080623170504.html

[第61回]寺越武志さんをかばって抵抗し射殺された寺越昭二さん
http://www.bnn-s.com/news/08/06/080627100012.html

[第62回]1日に2カ所同時に工作船を派遣できるようになった北朝鮮
http://www.bnn-s.com/news/08/07/080630160536.html

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http://www.bnn-s.com/news/08/07/080702103743.html

[第64回]1964年8月に摘発された韓国の「人民革命党事件」は真相不明
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[第65回]韓国軍によって初めて捕獲された人民軍偵察局の小型潜水艇
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[第67回]粛清騒動で対南事業総局は解体され対南工作担当書記を新設
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[第68回]金日成が最高人民会議で言及した韓国内のスパイ組織
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[第69回]半島統一を目指して1967年に再編された第124軍部隊
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[第71回]北朝鮮の対南工作活動を在日朝鮮人密輸組織が支援
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[第72回]「青瓦台を襲撃し、朴正煕の首を取れ」と命令された工作組
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[第73回]兵装転換に手間取りプエブロ号救出に間に合わなかったF4ファントム
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[第94回]船外機付きゴムボートの侵入が初めて確認された「温海事件」
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[第95回]工作員専用の915病院で目撃された日本人拉致被害者
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[第96回]渡辺秀子さん殺害と子供2人の拉致を指示した女性工作員
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[第98回]李厚洛KCIA前情報部長の拉致を命じた金日成
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[第99回]遠隔操作で朴正煕大統領を爆殺する装置を新たに開発
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[第100回]在日韓国人を包摂し大統領狙撃犯に仕立て上げた朝鮮総連
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[第101回]工作員の証言で新たに判明した日本人拉致被害者
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[第102回]日本人化教育の教官獲得のため拉致を定式化させた金正日
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[第103回]すべての活動は金正日の「唯一指導体系」に対する忠誠心競争
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[第104回]小泉首相に「特殊機関の一部が恣意的に拉致した」と答えた金正日
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[第105回]帰国して子供たちと再会した後も口を開かない拉致被害者たち
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[第106回]曽我さん親子を拉致した女工作員の弟は有名なバイオリニスト
http://www.bnn-s.com/news/08/11/081110143107.html

[第107回]横田めぐみさん以前に日本人拉致はなかったとする金正日
http://www.bnn-s.com/news/08/11/081111100606.html

[第108回] 北朝鮮の説明から読み取る日本人拉致被害者の所属機関
http://www.bnn-s.com/news/08/11/081114154336.html

[第109回]平壌で一時期共同生活をしていためぐみさんと曽我さん
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