|
独裁者の秘密を徹底検証 ドキュメンタリー金正日 第71回


 
 |



| 本図は拙著『朝鮮謀略戦争の読み方』(光文社、1988)に掲載した図版を転載したものであるが、私が初めて韓国を訪れた1967年、そして翌1968年に韓国でゲリラ事件が激増していることが、棒グラフで見ると一目瞭然である。1967年7月に対南事業総局長の李孝淳が粛清されて、対南事業総局が解体され、対南事業総局長よりも大幅な権限のある対南工作担当書記に人民軍総政治局長だった許鳳学中将が任命された。以後、人民軍偵察局の武装ゲリラの南派が頻繁になり、ゲリラ事件が多発したが、1969年1月に許鳳学や偵察局長の金正泰などが粛清されると、ゲリラ事件も急減したのだった |
|
|
 |
第3部 独裁者・金正日権力の源泉
第1章 党の謀略機関を掌握し拉致工作を定式化
[第71回] 北朝鮮の対南工作活動を在日朝鮮人密輸組織が支援
1967年は北朝鮮の工作員による韓国でのテロが頻発した年だったが、日本では工作員の侵入事件は発覚しなかった代わりに、官公庁を震撼させた朝鮮総連所属の在日朝鮮人工作員による「外務省スパイ事件」が摘発された。
在日朝鮮人の李載元は、控訴審(東京高裁、1969年3月18日)において、国家公務員法違反、横領教唆罪、業務上横領教唆罪、贓物収受罪で、懲役1年の刑が確定したが、高裁判決が出る前の1968年にはすでに北朝鮮に引き揚げていた。李載元に機密情報を流していた川上俊二(仮名)は、国家公務員法第100条(機密厳守)違反、横領罪、業務上横領罪で、懲役1年6カ月、執行猶予5年の判決を受けた(東京地裁、1968年8月6日)。2人とも他のスパイ事件と同様、軽い刑だった。スパイに対する軽い刑罰は、スパイ防止法がない現在でも同じであり、スパイに目を光らせている現場の捜査員の労苦は、いつまでたっても報われない状態が続いている。
外務省スパイ事件から約1カ月後、産経新聞(1967年12月15日付夕刊)は、『韓国円を北朝鮮に密輸』という見出しで、兵庫県警が在日朝鮮人グループを摘発した事件を報じた。この事件はスパイ事件などではなく密輸事件だったために、あまり注目されることはなかったが、翌年に韓国で起きた重大事件によって、再認識されることになった。
韓国ウォンを日本円で買い取り、韓国ウォンの現金を北朝鮮に密輸出していたグループを内偵していた兵庫県警外事課は、神戸市兵庫区川口町の貿易会社「三映洋行」取締役、岡崎正一こと金斗完(51歳)、金斗完の妻である崔旦点(38歳)、金斗完の弟である金斗白(39歳)、貿易ブローカーの金基鎬(42歳)の4人を、外為法および関税法違反の疑いで逮捕するとともに、12月15日、神戸港の岸壁に停泊中の漁船「第10漁吉丸」(159トン)と、北九州市小倉区で「三和商会」を経営する林道夫こと鄭相朝(40歳)宅を捜索した。
「同〔兵庫県警外事〕課の調べによると、〔逮捕された〕4人は神戸と北朝鮮を結ぶ貿易商。ことし3月ごろから鄭〔相朝〕のほか小型貨物船『金海号』の船長、明魯燮(40)、同『七星号』船長鄭銀朝(47)と組み、鄭〔相朝〕らから韓国円395万ウォンを日本円の470万円で買い入れ、数回にわけて『第10漁吉丸』で北朝鮮へ密輸出していた。さらに7月中ごろ、韓国で上映禁止になっている思想映画のフィルム2巻を235万円で買って密輸出した疑いで、鄭相朝は福岡海上保安部に逮捕され他の2人〔明魯燮と鄭銀朝〕は韓国防諜隊に逮捕されたという情報がはいっている。
またこの日の捜索で北朝鮮商社からの伝票やメモが見つかったがその内容は『韓国の鉄道制服、軍隊の階級章、軍服、警察手帳、教員証などを日本で韓国船員から入手し、北朝鮮に送れ』というもの。このほか暗号電報の写しなどもあった。同課では、これらの証拠品から北朝鮮の特務機関とみられる某商社から頼まれて北朝鮮の工作員が韓国で活動するための資金や変装具、身分証明書などを手に入れ送り込む役割を金〔斗完〕らが果たしていたとみており、金〔斗完〕らもこれらのみかえりとして北朝鮮がスズ、ウニ、生糸などを大量に送ってくれるので要求に応じていたと自供している」
この事件の2カ月前(10月18日)、韓国の中央情報部は、韓国南部で北朝鮮のスパイ団を摘発したが、工作員は「日本で入手した韓国ウォンを活動資金にしていた」と自供したいといわれ、金斗完たちグループの密輸が北朝鮮の対南工作と密接な関係があることは明らかだった。
年が明けた1968年1月21日、北朝鮮の武装ゲリラによる大事件が発生した。2日後に起きた北朝鮮による「プエブロ号」拿捕事件も重なって、朝鮮半島は朝鮮戦争以来の緊迫した状況となったのだった。
21日は寒い日曜日だった。当時のソウルは深夜の12時から4時まで外出禁止の状態が、朝鮮戦争以来続いていた。人通りも少なくなった夜10時頃、ソウル北部の紫霞門の検問所に、日本製バーバリーのトレンチコートを着た一団が現れた。ゲリラ侵入の通報を受けて厳重警戒中の警察官が一団を呼び止め、誰何した。すると、その一団はトレンチコートの下に隠し持っていたPPS43機関短銃を乱射し、通過するバスに手榴弾を投げ込んで騒ぎを大きくして、ばらばらになって逃走した。
この遭遇戦によって、5人のゲリラが現場で射殺され、緊急出動した鍾路警察署長(崔圭植総警)が殉職し、市民5人が巻き添えとなって死亡した。逃走したゲリラのなかで、金新朝少尉がその夜のうちに捕虜となり、彼の証言から大事件の全貌が明らかになったのだった。(つづく) 






関連サイト

[第1回]「首相さまのご子息」は異例のスピード出世
http://www.bnn-s.com/news/08/01/071229132624.html

[第2回]金正日の権力基盤として新設された秘密警察
http://www.bnn-s.com/news/08/01/071229134648.html

[第3回]「唯一指導体系」で自分への絶対忠誠を要求した金正日
http://www.bnn-s.com/news/08/01/071229140619.html

[第4回]1975年までの対南工作を「零点」と酷評した金正日
http://www.bnn-s.com/news/08/01/080108102702.html

[第5回]謀略機関を完全掌握し権力基盤を構築した金正日
http://www.bnn-s.com/news/08/01/080109093715.html

[第6回]朝鮮解放から1年足らずで拉致を指令した金日成
http://www.bnn-s.com/news/08/01/080115093645.html

[第7回]「与えられた解放」による「上からの革命」
http://www.bnn-s.com/news/08/01/080117200341.html

[第8回]「金日成将軍歓迎大会」にすり替えられたソ連軍歓迎市民大会
http://www.bnn-s.com/news/08/01/080118093436.html

[第9回]満洲パルチザン派とソ連派が開設した「平壌学院」
http://www.bnn-s.com/news/08/01/080125090917.html

[第10回]金日成が新設した党幹部養成機関「党熱誠者学校」
http://www.bnn-s.com/news/08/01/080125112515.html

[第11回]非業の死を遂げた民族派キリスト教徒の★晩植
http://www.bnn-s.com/news/08/01/080125153845.html

[第12回]北朝鮮臨時人民委員会の委員長に就任した金日成
http://www.bnn-s.com/news/08/02/080201113144.html

[第13回]金日成を北朝鮮の指導者に決めたスターリン
http://www.bnn-s.com/news/08/02/080205102242.html

[第14回]ソ連占領軍が描いたシナリオで動いた金日成
http://www.bnn-s.com/news/08/02/080207094742.html

[第15回]1947年2月、金日成が北朝鮮人民委員会の委員長に就任
http://www.bnn-s.com/news/08/02/080210114804.html

[第16回]朝鮮人民軍の原型が整ったのは解放から2年後だった
http://www.bnn-s.com/news/08/02/080212164249.html

[第17回]2つあった対南工作員を養成する専門教育機関
http://www.bnn-s.com/news/08/02/080213152202.html

[第18回]正規軍は「北朝鮮人民軍」ではなく「朝鮮人民軍」と命名
http://www.bnn-s.com/news/08/02/080220101301.html

[第19回]民族保衛省と内務省に対南工作部署が確立される
http://www.bnn-s.com/news/08/02/080220154303.html

[第20回]北朝鮮の長い国名はロシア語案を誤訳したものである
http://www.bnn-s.com/news/08/02/080226132305.html

[第21回]北朝鮮工作員が最初に日本に潜入したのは1949年
http://www.bnn-s.com/news/08/03/080226160622.html

[第22回]アチソン演説の後に金日成の南侵統一を承認したスターリン
http://www.bnn-s.com/news/08/03/080227162644.html

[第23回]ソ連軍の支援を受けて10個師団に拡充された朝鮮人民軍
http://www.bnn-s.com/news/08/03/080305094321.html

[第24回]米軍介入を恐れる発言で停職処分となった崔庸健民族保衛相
http://www.bnn-s.com/news/08/03/080306165207.html

[第25回]開戦準備が進むなかで展開された「平和的統一」の欺瞞工作
http://www.bnn-s.com/news/08/03/080311094408.html

[第26回]職業軍人でないにもかかわらず前線司令官を務めた金策副首相
http://www.bnn-s.com/news/08/03/080313135850.html

[第27回]開戦初日に部隊間の通信が途絶した朝鮮人民軍
http://www.bnn-s.com/news/08/03/080317150007.html

[第28回]金日成の戦争目的のひとつは50万人の韓国人大量拉致だった
http://www.bnn-s.com/news/08/03/080321094127.html

[第29回]朝鮮戦争当時に大量拉致された韓国人の実態の分析
http://www.bnn-s.com/news/08/03/080324134737.html

[第30回]韓国から拉致した李升基博士は北朝鮮の“核開発の父”となった
http://www.bnn-s.com/news/08/03/080326095409.html

[第31回]朝鮮戦争参戦を決断した毛沢東
http://www.bnn-s.com/news/08/03/080330162726.html

[第32回]一時は金日成に対して亡命を勧告したスターリン
http://www.bnn-s.com/news/08/04/080331174923.html

[第33回]朝鮮戦争中に拉致され北朝鮮工作員となった韓国人の証言
http://www.bnn-s.com/news/08/04/080405174932.html

[第34回]対南工作を実施した人民軍最高司令部直属の526軍部隊
http://www.bnn-s.com/news/08/04/080408090309.html

[第35回]国内派(南労党)の牙城だった工作員養成機関「金剛学院」
http://www.bnn-s.com/news/08/04/080409154755.html

[第36回]対日工作員は朝鮮戦争中でも養成され日本に潜入していた
http://www.bnn-s.com/news/08/04/080414151453.html

[第37回]朝鮮戦争中にソ連派重鎮の粛清に成功した金日成
http://www.bnn-s.com/news/08/04/080416172756.html

[第38回]クーデター発覚によって廃止させられた金剛学院
http://www.bnn-s.com/news/08/04/080418143420.html

[第39回]朝鮮戦争後に組織改編された対南工作機関
http://www.bnn-s.com/news/08/04/080422120517.html

[第40回]1950年代に日本に潜入していた工作員は内務省所属
http://www.bnn-s.com/news/08/04/080424163248.html

[第41回]朝鮮戦争直後の拉致の疑いが濃厚な「特定失踪者」
http://www.bnn-s.com/news/08/04/080425101500.html

[第42回]朝鮮総連の誕生直後に工作員に包摂された在日朝鮮人
http://www.bnn-s.com/news/08/05/080425111726.html

[第43回]国家情報委員会と内閣情報総局は実在していたのか
http://www.bnn-s.com/news/08/05/080502105451.html

[第44回]金日成に対する個人崇拝を史上初めて公然と批判した尹公欽
http://www.bnn-s.com/news/08/05/080507122026.html

[第45回]粛清を繰り返して完成させた金日成の「首領独裁制」
http://www.bnn-s.com/news/08/05/080508163634.html

[第46回]1950年代後半に対南工作を担当した3大機関の実態
http://www.bnn-s.com/news/08/05/080514094740.html

[第47回]北朝鮮に拉致された後に粛清された「入北者」たち
http://www.bnn-s.com/news/08/05/080517111443.html

[第48回]南派工作員が関与していた4・19学生革命の始まり
http://www.bnn-s.com/news/08/05/080520171414.html

[第49回]「赤化統一」を未然に防いだ朴正煕少将の5・16軍事クーデター
http://www.bnn-s.com/news/08/05/080523104452.html

[第50回]1961年9月の第4回党大会以後に誕生した南朝鮮総局
http://www.bnn-s.com/news/08/05/080526143802.html

[第51回]南朝鮮総局の傘下に入った党連絡部、党文化部、党調査部
http://www.bnn-s.com/news/08/05/080528154511.html

[第52回]1950年代半ばに対日工作員の日本潜入方式を確立
http://www.bnn-s.com/news/08/06/080601145544.html

[第53回]戦前に日本で生活した経験者を対日工作員として徴用
http://www.bnn-s.com/news/08/06/080602134634.html

[第54回]対南工作機関は「対南事業総局」と改称されて規模を拡大
http://www.bnn-s.com/news/08/06/080605142340.html

[第55回]社会安全省と人民軍偵察局の対南工作活動も強化された
http://www.bnn-s.com/news/08/06/080610144708.html

[第56回]北朝鮮から届いた写真の人物は加瀬テル子さんだった
http://www.bnn-s.com/news/08/06/080612144021.html

[第57回]潜入工作員が密航者だと警察に偽装自首する手法も登場
http://www.bnn-s.com/news/08/06/080616154311.html

[第58回]工作員のゴムボート使用とピストル武装が初めて確認された能代事件
http://www.bnn-s.com/news/08/06/080617165828.html

[第59回]寺越事件の家族を訪朝時に迎えたのは工作機関の党連絡部日本課長
http://www.bnn-s.com/news/08/06/080620105823.html

[第60回]寺越事件の犯人は清津連絡所のベテラン戦闘員だった呉求鎬
http://www.bnn-s.com/news/08/06/080623170504.html

[第61回]寺越武志さんをかばって抵抗し射殺された寺越昭二さん
http://www.bnn-s.com/news/08/06/080627100012.html

[第62回]1日に2カ所同時に工作船を派遣できるようになった北朝鮮
http://www.bnn-s.com/news/08/07/080630160536.html

[第63回]工作船による潜入状況が具体的に明らかになった神田事件
http://www.bnn-s.com/news/08/07/080702103743.html

[第64回]1964年8月に摘発された韓国の「人民革命党事件」は真相不明
http://www.bnn-s.com/news/08/07/080707154621.html

[第65回]韓国軍によって初めて捕獲された人民軍偵察局の小型潜水艇
http://www.bnn-s.com/news/08/07/080708163242.html

[第66回]党中央委員会委員長に代わって党総書記が新設された理由
http://www.bnn-s.com/news/08/07/080712163232.html

[第67回]粛清騒動で対南事業総局は解体され対南工作担当書記を新設
http://www.bnn-s.com/news/08/07/080714155349.html

[第68回]金日成が最高人民会議で言及した韓国内のスパイ組織
http://www.bnn-s.com/news/08/07/080717163402.html

[第69回]半島統一を目指して1967年に再編された第124軍部隊
http://www.bnn-s.com/news/08/07/080722131318.html

[第70回]日本の官公庁を震撼させた総連工作員の「外務省スパイ事件」
http://www.bnn-s.com/news/08/07/080723153431.html

[第72回]「青瓦台を襲撃し、朴正煕の首を取れ」と命令された工作組
http://www.bnn-s.com/news/08/08/080730101123.html

[第73回]兵装転換に手間取りプエブロ号救出に間に合わなかったF4ファントム
http://www.bnn-s.com/news/08/08/080801175105.html

[第74回]瀕死の韓国人捕虜の前で自白を強要されたプエブロ号の艦長
http://www.bnn-s.com/news/08/08/080805100000.html

[第75回]金日成に工作員として高く評価された統一革命党の金鐘泰
http://www.bnn-s.com/news/08/08/080808152152.html

[第76回]1度の浸透では朝鮮戦争以来最大規模の蔚珍・三陟侵入事件
http://www.bnn-s.com/news/08/08/080810174231.html

[第77回]在日朝鮮人の大学生も工作船で北朝鮮に渡っていた
http://www.bnn-s.com/news/08/08/080812135842.html

[第78回]朝鮮総連の活動家も工作員教育のため工作船で北朝鮮に
http://www.bnn-s.com/news/08/08/080818142024.html

[第79回]体をゴムボートに縛りつけられて工作船から投げ出された工作員
http://www.bnn-s.com/news/08/08/080819161153.html

[第80回]日本人戸籍を入手し「背乗り」して真正旅券を不正に取得
http://www.bnn-s.com/news/08/08/080822104514.html

[第81回]対南工作の失敗を口実に軍部強硬派を粛清した金日成
http://www.bnn-s.com/news/08/08/080826174728.html

[第82回]日本に密航して大学院修了後にスパイとなった韓国人
http://www.bnn-s.com/news/08/08/080828121101.html

[第83回]工作員教育の一環として1970年代初めまでに取り入れられた海外研修
http://www.bnn-s.com/news/08/09/080901164547.html






このページのTOPへ




|