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独裁者の秘密を徹底検証 ドキュメンタリー金正日 第72回


 
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| 本図は拙著『朝鮮謀略戦争の読み方』(光文社、1988)に掲載した図版を転載したもので、青瓦台 襲撃未遂事件に至るゲリラたちの侵入ルートである。図中にある「野営地」の位置はその後の調べで 、もう少し北側ではないかと推定されるが、正確な位置は不明である。事件後、仁旺山などに登るこ とは禁止されたが、25年後の1993年2月25日、金泳三大統領の就任式の日に合わせて、仁旺山の 登山は解禁され、同時に青瓦台前の道も市民が自由に歩けるようになった |
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第3部 独裁者・金正日権力の源泉
第1章 党の謀略機関を掌握し拉致工作を定式化
[第72回] 「青瓦台を襲撃し、朴正煕の首を取れ」と命令された工作組
朝鮮人民軍偵察局に創設された対南工作を専門とする「探察軍(特殊部隊)」である「第124軍部隊」は、韓国の各道に対応する部隊(基地)を設置した。金新朝少尉(当時25歳)はソウル・京畿道を担当する部隊に編入され、5カ月の厳しい訓練の後、選抜された75人の1人として、黄海北道延山郡にあった「第6基地」に配置された。
1968年1月9日、75人の中から金新朝少尉を含む31人が選ばれて、金鍾旭大尉(総組長)が率いる第1中隊第1小隊(南派工作組)が編成された。金鍾旭大尉は偵察局長の金正泰中将から、「青瓦台(韓国大統領官邸)を襲撃し、朴正煕の首を取れ。青瓦台にいる者は、見つけしだい殺せ」という極秘任務を与えられた。金正泰中将は、朝鮮戦争当時に前線司令官を務め、戦争中に不審死した金策の息子だった(第37回参照)。
1月11日の夜8時、黄海北道沙理院市において道党委員会の建物を青瓦台に見立てた最後の夜襲撃訓練がおこなわれ、1月15日、南派工作組は延山の第6基地からバスで、開城に移動した。開城の招待所で休息をとった後、17日、工作員(ゲリラ)たちは第124軍部隊の指揮官(上級指導員)である李在亨大佐から、任務に関する最後の説明を受け、午後6時、バスに乗って、非武装地帯(DMG)の北方限界線に位置する第17哨所(万景台哨所)に向かった。
第17哨所に到着した31人は、夕食を済ませた後、韓国軍第26歩兵師団の軍服に着替えた。その1カ月前に兵庫県警が押収したメモに「韓国の鉄道制服、軍隊の階級章、軍服、警察手帳、教員証などを日本で韓国船員から入手し、北朝鮮に送れ」と書かれていたように、在日朝鮮人の密輸組織の支援で、北朝鮮は韓国軍の軍服を調達していたのである。出撃する工作員の所持品は、非常食の餅米粉、スルメ、飴、アスピリン、トランジスターラジオ、カメラなどで、PPS43機関短銃、トカレフ拳銃、手榴弾8発という携行武器以外は、ほとんどが日本製だった。
1月17日午後9時、31人の南派工作員たちは2人の斥候(戦闘案内員)の案内で、DMG北方限界線を越え、地雷原をすり抜けて、軍事境界線を通過し、18日午前0時頃、DMG南方限界線の鉄条網を切断して、韓国領内に侵入した。そこから南下すると、凍結した臨津江に至り、用意していたカムフラージュ用の白い小麦粉の袋をかぶり、ゲリラたちは氷上を這って、川を渡ったのだった。
19日には、京畿道坡州郡の坡平山(496メートル)付近まで進出した。日中でも零下20度の寒さで、昼間は山中に隠れていたものの、木こりたちと遭遇してしまい、総組長の金鍾旭大尉は逡巡したあげく、木こりを殺すことはせず、「警察に申告すれば、一族を皆殺しにする」と脅し、日本製の腕時計を与えて、数時間後に放免した。しかし、木こりたちは山を下りるや否や、坡州警察署に武装間諜を目撃したことを申告した。坡州警察から報告を受けた治安本部と首都警備司令部は、軍警合同で坡平山付近一帯を捜索したが、南に向かう足跡を発見しただけだった。ゲリラたちは30キロの装備を担いで、山岳地帯を1時間に10キロも走破する過酷な訓練を受けており、その動きは韓国側の予想よりもはるかに早く、すでに青瓦台の裏山である北岳山にまで迫っていた。
その夜、北岳山(342メートル)の北斜面に達したゲリラたちは、20日の日中は林に潜んで過ごした。そして、夜になると北岳山から碑峰(605メートル)に向かい、その頂上からソウルを遠望した。ソウルは電気のない暗黒の街と教えられていたが、その夜景は「ネオンの花畑」のようだった、と金新朝少尉は後に述懐している。
21日の日曜日を作戦決行日としたのは、朴正煕大統領は日曜日にほとんど外出せず、青瓦台で過ごしているという情報を得ていたからだった。夕方7時、全員は韓国軍の軍服を脱ぎ、市内では市民を装うため日本製の背広とトレンチコートに着替え、不要なものは地中に埋めた。そして、碑峰を下り、都城8門の1つといわれる紫霞門に向かい、青瓦台がある三清洞に入るところで、警察の検問に引っかかったのだった。
警察官の誰何に対して、総組長の金鍾旭大尉が「米軍のCIC(諜報部隊)で、秘密任務を遂行中だ」とだけ答え、検問を強引に通り抜けた。警察たちは、身分証を提示しない怪しい一団の通行を制止しようと追いかける一方、鍾路警察本部に報告した。連絡を受けた鍾路警察署長の崔圭植総警は、ジープで現場に急行し、検問を突破した一団の前に立ちはだかった。
観念した金鍾旭大尉は、突如、拳銃を取り出して、崔圭植署長を射殺した。と同時に、一団はコートの下からPPS43機関短銃を取り出して発砲し、通過するバス4台に次々と手榴弾を投げ込んで、現場から逃走した。南派工作組は5組に分かれており、第2組長だった金新朝少尉は、洗剣亭渓谷あたりまで逃げたところで警官隊に包囲され、自爆することなく投降した。午後11時半頃のことだった。(つづく) 






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[第54回]対南工作機関は「対南事業総局」と改称されて規模を拡大
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[第55回]社会安全省と人民軍偵察局の対南工作活動も強化された
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