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独裁者の秘密を徹底検証 ドキュメンタリー金正日 第81回


 
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| 1969年当時、党連絡部連絡課が管轄する6つ連絡所の他に、西海岸と東海岸の2カ所に工作員訓練所が置かれていた。日本海に面して軍事境界線に近い江原道高城は、長箭湾のなかにある天然の良港であり、海上処の連絡所が党作戦部に引き継がれた後、元山連絡所は、名称はそのままで高城訓練所に移転した。2枚の写真は、筆者が1991年8月に高城の長箭湾を通った際に撮影したものであるが、上掲写真の湾の向こうに見える2つの小高い山の裏手に、党作戦部元山連絡所があることが衛星写真で確認できる。韓国から海路による金剛山観光が始まって以降、高城は韓国人観光客の上陸地点となり、湾の東側に専用埠頭が建設された。2008年7月11日、韓国人女性観光客が射殺された現場は、上掲写真の砂浜の右手(写真外)である |
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第3部 独裁者・金正日権力の源泉
第1章 党の謀略機関を掌握し拉致工作を定式化
[第81回] 対南工作の失敗を口実に軍部強硬派を粛清した金日成
1969年1月19日、党組織指導部と人民軍総政治局の活動家が出席した人民軍党委員会第4期第4次拡大会議が開催された。
その席で、総政治局長の呉振宇が、上司にあたる民族保衛相(現在の人民武力部長)の金昌鳳たちを、「唯一思想体系」を無視して、軍内で宗派形成を画策しているなどと13項目の罪状をあげて、激しく批判した。また、青瓦台襲撃や蔚珍・三陟浸透の作戦失敗に関して、偵察局の金正泰局長を非難し、対南工作担当党書記の許鳳学の責任を追求した。
その結果、金光△(党政治委員兼書記兼副首相)、金昌鳳(党政治委員兼民族保衛相)、崔光(党政治委員兼人民軍総参謀長)、李英鎬(党政治委員・海軍大将)、石山(党政治委員兼社会安全相)、許鳳学(党政治委員候補兼対南工作担当党書記)、そして金正泰(偵察局長)たちが、その職を解任された。
彼らは、満洲の抗日パルチザン出身で、李英鎬と許鳳学は赤軍第88特別旅団に所属していた(例外は第88旅団の大隊政治委員だった金策の息子である金正泰)。金日成は満洲パルチザン派を母体として、国内派、延安派、ソ連派、甲山派などを次々と粛清して、独裁権力を確立した。しかし、満洲パルチザン派で固められた人民軍内部に、金日成の権力を脅かす「軍部強硬派」が出来つつあったため、金日成は前年の対南工作の失敗を口実に、満洲時代の部下だった呉振宇を使って、かつての戦友たちを権力中枢から排除したのだった。この事件は「軍部強硬派粛清」と呼ばれており、その余波は1000人にも及んだという。
『金正日選集』(第1巻415頁)によれば、この会議において人民軍内部に唯一思想体系が確立されたという。また、『金正日選集』では、この会議で金正日が「人民軍の党組織と政治機関の役割を高めることについて」という談話を発表し、軍に対する党組織指導部の統制を強化したことになっている。しかし、金正日が党組織指導部および党宣伝煽動部の兼任副部長になったのは、それから数カ月後のことで、党宣伝煽動部の課長だった金正日は会議に参加する資格はなかった。「首相さまのご子息」として特別参加することはできたかもしれないが、当時27歳だった金正日は映画製作に忙しく、女優の成★琳と深い関係になっていたところで、会議どころではなかったはずである(第2部第26回参照)。
いずれにせよ、金日成は軍部強硬派を粛清し、その後任として、民族保衛相に崔賢、人民軍総参謀長に呉振宇、社会安全相に金永浩、そして対南工作担当党書記に金仲麟を任命した。金仲麟の公式的な前職は北朝鮮赤十字社常任委員だったが、対南工作部署である党文化部長だったのである。この粛清後、満洲時代の金日成部隊の少年中隊出身(第1部第14回参照)である無教養な李乙雪、全文燮らが、人民軍の中枢を掌握するようになった。
対南工作担当党書記になった金仲麟は、工作活動全般にわたる改編をおこない、偵察局の第124軍部隊を解体し、特殊作戦を専門とする「第8軍団」を創設した。そして、工作員を教育・訓練する中央党政治学校(第695軍部隊)を再編成し、党連絡部の隷下においた。
党連絡部の組織は、中央党政治学校が加わった以外は、本部、組織課、連絡課、通信課、後方支援課、そして南朝鮮展示館と、以前と基本的に変化はなかった(第54回参照)。しかし、連絡課が管轄する連絡所は、海上処が4つ、陸上処が2つに整備された。海上処は海州の第755軍部隊、南浦の第753軍部隊、元山の第632軍部隊、清津の第459軍部隊からなり、西海岸の大青(位置未確認)と東海岸の高城に訓練所が置かれた。陸上処は軍事境界線の西正面を担当する開城の第217軍部隊、中央正面と東正面を担当する平康の第250軍部隊の2つだった。これらの連絡所は現在、党作戦部が受け継いでいる。
「第695陸軍部隊の卒業生および選抜要員の上級、特殊各教育を担当する第940陸軍部隊は、平壌周辺はじめ北朝鮮の各所に多くの隠れ家を設けていた。課程期間は半年から2年までとコースにより異なる。ただしいずれの場合も特別任務に派遣される工作員と工作チームに対する事前教育の要領などが主要な課目であった。チームは専属の家政婦1人以外、立ち入り禁止の隠れ家に住み、週に1回だけ外出を認められ、時折、錬度を確かめる教官など、学校要員の訪問を受けた」(『北朝鮮特殊部隊』94頁)
以上の情報は、中央党政治学校(第695軍部隊)において、工作員に対する個別の教育・訓練をおこなう分校(第940軍部隊)が、この段階で成立していたことを示している。
当時の対南工作部署は党連絡部以外に、党調査部、党文化部の2つがあった。党文化部の組織は以前と変化はなかったが、党調査部の組織については不明である。(つづく)
△は鋏のカネヘンがニンベン ★はくさかんむりに惠 






関連サイト

[第1回]「首相さまのご子息」は異例のスピード出世
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[第2回]金正日の権力基盤として新設された秘密警察
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[第3回]「唯一指導体系」で自分への絶対忠誠を要求した金正日
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[第4回]1975年までの対南工作を「零点」と酷評した金正日
http://www.bnn-s.com/news/08/01/080108102702.html

[第5回]謀略機関を完全掌握し権力基盤を構築した金正日
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[第6回]朝鮮解放から1年足らずで拉致を指令した金日成
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[第7回]「与えられた解放」による「上からの革命」
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[第8回]「金日成将軍歓迎大会」にすり替えられたソ連軍歓迎市民大会
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[第10回]金日成が新設した党幹部養成機関「党熱誠者学校」
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[第11回]非業の死を遂げた民族派キリスト教徒の★晩植
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[第12回]北朝鮮臨時人民委員会の委員長に就任した金日成
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[第13回]金日成を北朝鮮の指導者に決めたスターリン
http://www.bnn-s.com/news/08/02/080205102242.html

[第14回]ソ連占領軍が描いたシナリオで動いた金日成
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[第15回]1947年2月、金日成が北朝鮮人民委員会の委員長に就任
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[第32回]一時は金日成に対して亡命を勧告したスターリン
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[第33回]朝鮮戦争中に拉致され北朝鮮工作員となった韓国人の証言
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[第34回]対南工作を実施した人民軍最高司令部直属の526軍部隊
http://www.bnn-s.com/news/08/04/080408090309.html

[第35回]国内派(南労党)の牙城だった工作員養成機関「金剛学院」
http://www.bnn-s.com/news/08/04/080409154755.html

[第36回]対日工作員は朝鮮戦争中でも養成され日本に潜入していた
http://www.bnn-s.com/news/08/04/080414151453.html

[第37回]朝鮮戦争中にソ連派重鎮の粛清に成功した金日成
http://www.bnn-s.com/news/08/04/080416172756.html

[第38回]クーデター発覚によって廃止させられた金剛学院
http://www.bnn-s.com/news/08/04/080418143420.html

[第39回]朝鮮戦争後に組織改編された対南工作機関
http://www.bnn-s.com/news/08/04/080422120517.html

[第40回]1950年代に日本に潜入していた工作員は内務省所属
http://www.bnn-s.com/news/08/04/080424163248.html

[第41回]朝鮮戦争直後の拉致の疑いが濃厚な「特定失踪者」
http://www.bnn-s.com/news/08/04/080425101500.html

[第42回]朝鮮総連の誕生直後に工作員に包摂された在日朝鮮人
http://www.bnn-s.com/news/08/05/080425111726.html

[第43回]国家情報委員会と内閣情報総局は実在していたのか
http://www.bnn-s.com/news/08/05/080502105451.html

[第44回]金日成に対する個人崇拝を史上初めて公然と批判した尹公欽
http://www.bnn-s.com/news/08/05/080507122026.html

[第45回]粛清を繰り返して完成させた金日成の「首領独裁制」
http://www.bnn-s.com/news/08/05/080508163634.html

[第46回]1950年代後半に対南工作を担当した3大機関の実態
http://www.bnn-s.com/news/08/05/080514094740.html

[第47回]北朝鮮に拉致された後に粛清された「入北者」たち
http://www.bnn-s.com/news/08/05/080517111443.html

[第48回]南派工作員が関与していた4・19学生革命の始まり
http://www.bnn-s.com/news/08/05/080520171414.html

[第49回]「赤化統一」を未然に防いだ朴正煕少将の5・16軍事クーデター
http://www.bnn-s.com/news/08/05/080523104452.html

[第50回]1961年9月の第4回党大会以後に誕生した南朝鮮総局
http://www.bnn-s.com/news/08/05/080526143802.html

[第51回]南朝鮮総局の傘下に入った党連絡部、党文化部、党調査部
http://www.bnn-s.com/news/08/05/080528154511.html

[第52回]1950年代半ばに対日工作員の日本潜入方式を確立
http://www.bnn-s.com/news/08/06/080601145544.html

[第53回]戦前に日本で生活した経験者を対日工作員として徴用
http://www.bnn-s.com/news/08/06/080602134634.html

[第54回]対南工作機関は「対南事業総局」と改称されて規模を拡大
http://www.bnn-s.com/news/08/06/080605142340.html

[第55回]社会安全省と人民軍偵察局の対南工作活動も強化された
http://www.bnn-s.com/news/08/06/080610144708.html

[第56回]北朝鮮から届いた写真の人物は加瀬テル子さんだった
http://www.bnn-s.com/news/08/06/080612144021.html

[第57回]潜入工作員が密航者だと警察に偽装自首する手法も登場
http://www.bnn-s.com/news/08/06/080616154311.html

[第58回]工作員のゴムボート使用とピストル武装が初めて確認された能代事件
http://www.bnn-s.com/news/08/06/080617165828.html

[第59回]寺越事件の家族を訪朝時に迎えたのは工作機関の党連絡部日本課長
http://www.bnn-s.com/news/08/06/080620105823.html

[第60回]寺越事件の犯人は清津連絡所のベテラン戦闘員だった呉求鎬
http://www.bnn-s.com/news/08/06/080623170504.html

[第61回]寺越武志さんをかばって抵抗し射殺された寺越昭二さん
http://www.bnn-s.com/news/08/06/080627100012.html

[第62回]1日に2カ所同時に工作船を派遣できるようになった北朝鮮
http://www.bnn-s.com/news/08/07/080630160536.html

[第63回]工作船による潜入状況が具体的に明らかになった神田事件
http://www.bnn-s.com/news/08/07/080702103743.html

[第64回]1964年8月に摘発された韓国の「人民革命党事件」は真相不明
http://www.bnn-s.com/news/08/07/080707154621.html

[第65回]韓国軍によって初めて捕獲された人民軍偵察局の小型潜水艇
http://www.bnn-s.com/news/08/07/080708163242.html

[第66回]党中央委員会委員長に代わって党総書記が新設された理由
http://www.bnn-s.com/news/08/07/080712163232.html

[第67回]粛清騒動で対南事業総局は解体され対南工作担当書記を新設
http://www.bnn-s.com/news/08/07/080714155349.html

[第68回]金日成が最高人民会議で言及した韓国内のスパイ組織
http://www.bnn-s.com/news/08/07/080717163402.html

[第69回]半島統一を目指して1967年に再編された第124軍部隊
http://www.bnn-s.com/news/08/07/080722131318.html

[第70回]日本の官公庁を震撼させた総連工作員の「外務省スパイ事件」
http://www.bnn-s.com/news/08/07/080723153431.html

[第71回]北朝鮮の対南工作活動を在日朝鮮人密輸組織が支援
http://www.bnn-s.com/news/08/07/080728135238.html

[第72回]「青瓦台を襲撃し、朴正煕の首を取れ」と命令された工作組
http://www.bnn-s.com/news/08/08/080730101123.html

[第73回]兵装転換に手間取りプエブロ号救出に間に合わなかったF4ファントム
http://www.bnn-s.com/news/08/08/080801175105.html

[第74回]瀕死の韓国人捕虜の前で自白を強要されたプエブロ号の艦長
http://www.bnn-s.com/news/08/08/080805100000.html

[第75回]金日成に工作員として高く評価された統一革命党の金鐘泰
http://www.bnn-s.com/news/08/08/080808152152.html

[第76回]1度の浸透では朝鮮戦争以来最大規模の蔚珍・三陟侵入事件
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[第77回]在日朝鮮人の大学生も工作船で北朝鮮に渡っていた
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[第78回]朝鮮総連の活動家も工作員教育のため工作船で北朝鮮に
http://www.bnn-s.com/news/08/08/080818142024.html

[第79回]体をゴムボートに縛りつけられて工作船から投げ出された工作員
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[第80回]日本人戸籍を入手し「背乗り」して真正旅券を不正に取得
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[第82回]日本に密航して大学院修了後にスパイとなった韓国人
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[第83回]工作員教育の一環として1970年代初めまでに取り入れられた海外研修
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[第84回]煙草のチェリーの箱のなかの1本から発見された小さな乱数表
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[第85回]1960年代末の特定失踪者は6人全員が10代後半の青年
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[第86回]1969年11月の会議で日本人拉致の必要性を述べた金日成
http://www.bnn-s.com/news/08/09/080910160157.html

[第87回]北朝鮮に拿捕された韓国漁船の乗組員を工作員として教育
http://www.bnn-s.com/news/08/09/080912152639.html

[第88回]潜入工作員と出迎える在日工作員がトランシーバーで連絡
http://www.bnn-s.com/news/08/09/080917100511.html

[第89回]偵察局の工作員養成機関であることが明らかになった第198軍部隊
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[第90回]高速で逃げ去る際に爆発音に似た巨大な音を出す工作船
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[第91回]佐渡島宿根木の岩陰で工作員の潜入を待ち構えていた捜査員たち
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[第92回]韓国中央情報部(KCIA)を模倣した国家政治保衛部の誕生
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[第93回]人民軍偵察員から党調査部の工作員に移籍された辛光洙
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[第94回]船外機付きゴムボートの侵入が初めて確認された「温海事件」
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[第95回]工作員専用の915病院で目撃された日本人拉致被害者
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[第96回]渡辺秀子さん殺害と子供2人の拉致を指示した女性工作員
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[第97回]訪日韓国人が多数包摂されていた「鬱陵島拠点間諜団事件」
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[第98回]李厚洛KCIA前情報部長の拉致を命じた金日成
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[第99回]遠隔操作で朴正煕大統領を爆殺する装置を新たに開発
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[第100回]在日韓国人を包摂し大統領狙撃犯に仕立て上げた朝鮮総連
http://www.bnn-s.com/news/08/10/081021155348.html

[第101回]工作員の証言で新たに判明した日本人拉致被害者
http://www.bnn-s.com/news/08/10/081025092020.html

[第102回]日本人化教育の教官獲得のため拉致を定式化させた金正日
http://www.bnn-s.com/news/08/10/081028153758.html

[第103回]すべての活動は金正日の「唯一指導体系」に対する忠誠心競争
http://www.bnn-s.com/news/08/11/081030163315.html

[第104回]小泉首相に「特殊機関の一部が恣意的に拉致した」と答えた金正日
http://www.bnn-s.com/news/08/11/081104123642.html

[第105回]帰国して子供たちと再会した後も口を開かない拉致被害者たち
http://www.bnn-s.com/news/08/11/081105145221.html

[第106回]曽我さん親子を拉致した女工作員の弟は有名なバイオリニスト
http://www.bnn-s.com/news/08/11/081110143107.html

[第107回]横田めぐみさん以前に日本人拉致はなかったとする金正日
http://www.bnn-s.com/news/08/11/081111100606.html

[第108回] 北朝鮮の説明から読み取る日本人拉致被害者の所属機関
http://www.bnn-s.com/news/08/11/081114154336.html

[第109回]平壌で一時期共同生活をしていためぐみさんと曽我さん
http://www.bnn-s.com/news/08/11/081117154502.html






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