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辻正仁の「音(オン)ラインにゅ〜す」 <今年最高のポップアルバム>


09月10日(水) 05時00分
文:辻 



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今年の最高傑作、9月10日発売
 〜 「ラッキー・オールド・サン」〜

 いやいや、今年が終るまでまだ4カ月ほどあるわけだけど、僕的には今年の「オレ最優秀ポップ・アルバム賞」は決定した。毎年、自分の心の中で密かに決定している、今年の優秀作品なんだけどね。

 今年は、もうコレしかないだろう。このあと12月までどんないい音楽と出会えるのかは分からないが、コレは越えない、「今年の」っていうより、近年まれに見る傑作だと思うのがのが、9月10日に発売された、ブライアン・ウィルソンのニューアルバム「ラッキー・オールド・サン」である。

 御歳66歳。にしては、みずみずしい輝くばかりのポップ・アルバム。それでいて、キャリアを重ねた上に成り立つ説得力と深みのある芸術作。「ブライアン・ウィルソンって誰?」って思う人にこそ聴いてもらいたい気がする。知ってる人なら、ほっといても聴くだろう。

 ブライアン・ウィルソンとは、あの60年代に一世を風靡した「ビーチ・ボーイズ」のリーダー。音楽史上に残る「天才」の一人である。日本ではビーチ・ボーイズと言えば、一般的には「サーフィンと海と車と女の子」を題材にした、カリフォルニア産のヒットグループみたいな印象があるかもしれない。いや、アメリカでも当時そういう扱われ方だったんだけど。

 だがしかし、音楽の歴史を振り返ると、ビートルズ、ボブ・ディランと並んで、60年代に「若者の流行」でしかなかったポップスやロックの可能性を一気に拡大させ、芸術性をもたらした先駆的な改革を行ったのが、ビーチ・ボーイズの音楽、厳密にいうとブライアン・ウィルソンが作り上げた音楽だった。

 というのも、60年代の後半になると、他のメンバーが、「若者の流行」であるヒットナンバーを持って巡業に行っている間に、ブライアンがスタジオにこもって、ロック・ポップス史上に輝く名盤「ペット・サウンズ」の大半を作りあげたのです。

 まぁ、今でこそ名盤という評価だけど、当時、前述の「カリフォルニア産ポップチューン」を期待していた多くの音楽ファンの評判は悪かったらしいけどね。音楽関係者(その中には、ポール・マッカートニーも含まれる)はそのサウンドに驚愕したようだけど。
 
 とにかく、他のメンバーも含む周囲の不評に落胆したり、次回作「スマイル」の製作中にあまりのプレッシャーと、緻密で画期的な音作りの作業に神経をすり減らしたブライアンは、精神が破綻し、制作が頓挫してしまった。それ以降、復帰までに長い年月を必要とすることになる。

 まぁ、ひねくれた言い方をすれば、当時の価値観からみて、たかがポップソングを作るのに、精神が壊れちゃうということ自体も画期的なワケで、まさに天才故の苦悩がそこにあったのだろう。

 ブライアンがアーティストとして完全に復帰したと言えるのは、2000年代になってからと言えよう。その間に高まっっていた「ペットサウンズ」全曲をライブで再現してみせたり、40年近い年月を経て、頓挫した「スマイル」を完成させたりもした。

 そして今回の新作「ラッキー・オールド・サン」である。最初の音が飛び出した途端に、だれもが「これぞ!」と思う、コーラスワークとアンサンブル。カリフォルニア産ポップチューンだ。そう、未だにカリフォルニアを連想させる、サウンドはブライアンが作り上げたサウンドなのである。

 1949年に生れたスタンダードナンバーであるタイトル曲から、書き下ろしの新曲まで、懐かしいけど決してみずみずしさを失わないサウンドによって、曲と曲が切れ間なく繋がり、組曲として機能している。所々に、お話を物語るネレーションも挿入され、楽しいったらありゃしない。今まで書いた背景なんか、何も知らなくても全然かまわない。試しに、アルバムを幼稚園前の子供に聴かせてみるといい。多分、みんなニコニコしてはしゃぎ出すに違いない。

 音楽を聴いているだけで、理屈ぬきに楽しさがこみ上げてきて、あまりの幸福感に涙が出そうになる。「何を大袈裟な」と笑うかもしれないが、少なくとも僕は、初めて聴いたときに本当に泣いたのだ。嬉しすぎて、ワケがわからなくなったのですよ。

 そんなサウンドに乗せて、衰えたボーカルさえもが、誇らしげに響く。あの、緻密さを求めて神経をすり減らした男が、堂々たる説得力を持って、ピッチのズレも気にしない、むしろ味わい深さとして披露しているのだ。

 この楽しいポップ組曲といえる作品は、天才故の栄光も苦悩も含めた自身の過去を振り返り、投影させた物語にもなっている。若々しく新鮮に響くサウンドは、全てを乗り越えた「吹っ切れ感」がもたらしたものなのかもしれない。

 ブライアンのキャリアを知っている者なら、聴きながら自然と彼のキャリアに思いをめぐらすことだろう。これは僕の話だが、僕はこの作品がそうしたテーマで作られていることを知らずに聴いた。もちろん、英語の歌詞も途中の語りも何を言ってるのか、分からない。それでも、楽しい音楽を聴きながら、「乗り越えた人の物語」を思わずにはいられなかったのだ。

 誰もが楽しめる、親しみやすいという昔ながらのポップスであると同時に、ブライアンはまたしてもポップスの可能性を、そして自分自身の可能性を広げたんじゃないかと思う。ダメ押しで言えば、このアルバムの素晴らしいのは、そんなこと抜きにして、徹底的に楽しくて美しいところにある。







■辻 正仁(つじ まさひと)

1966年生まれ。
フリーライター、FMドラマシティ「海月屋本舗(毎週月曜18時)のパーソナリティ、シンガー・ソングライター等々、様々な分野で活動中。
自主制作レーベル「海月屋(くらげや)」主宰。



関連サイト

The Beach Boys オフィシャルウェブサイト
http://www.emimusic.jp/beachboys/news.php#lucky






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