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ジャーナリスト・惠谷 治「独裁者の秘密を徹底検証ドキュメンタリー金正日」
独裁者の秘密を徹底検証 ドキュメンタリー金正日 第86回


09月12日(金) 00時00分
文:惠谷 治 



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「西新井事件」で逮捕された金仁錫は、崔スンチョルについて、「北朝鮮でスパイ訓練を受けていたころ、朴と10数回面会した。このとき朴は、北朝鮮の指導員やそこにいた者たちから『朴先生』『朴先生』と呼ばれており、また、会話の状況からも位の高い扱いをされていたので、部長クラスの偉い人と思った」と供述し、崔スンチョルという名前であることは知らなかった。金仁錫が北朝鮮でスパイ訓練を受けていたとき、崔スンチョルは「小熊和也」として活動していたが、小熊和也さんが病死した後は、上掲写真の「小住健蔵」名義の旅券と免許証を取得して、小住健蔵さんに成りすました。ゴム製造会社で出会った内縁の妻は、「松田」「小熊」「小住」と次々と名前を変える夫に不安を感じ、「籍を入れて欲しい」と懇願したが、崔スンチョルは「自分を信用してくれ、必ず幸せにするから」と言って、600万円を出させている。崔スンチョルはそのカネを元に、1982年、東京都内に資本金500万円の装飾品製造販売会社「信栄エンタープライズ」を設立して社長となり、経営は金仁錫と彼の妻に任せて、会社の利益を工作資金に回していた
 第3部 独裁者・金正日権力の源泉
 第1章 党の謀略機関を掌握し拉致工作を定式化
 [第86回] 1969年11月の会議で日本人拉致の必要性を述べた金日成

 1969年11月に開かれた3号庁舎拡大幹部会議において、金日成は次のような驚くべき“教示”をおこなっている。

 「万景峰号は帰国同胞の事業だけではなく南朝鮮革命と祖国統一を推進する事業を展開しなければならない。だから新潟に停泊している間に同志たちは革命に有益なことを探し行うべきだ。南朝鮮革命に必要な情報の入手や、必要なら日本人を包摂工作し拉致工作もすることもできるのだ。革命家はいつでもどこでも時と場所にかかわらず革命に役立つことのできる気質が必要だ。そうしてこそ南朝鮮革命の決定的な時期を主導的に早めることができる」(金東赫著『金日成の秘密教示』130頁)

 金日成はこの会議で「革命家(工作員)は革命に有益な行為をしなければならない」として、日本人拉致を奨励している。この発言は、1969年11月までに、すでに日本人拉致が実行されていたことを暗示させると同時に、1969年以後は金日成の指示による拉致が本格化したことを示唆している。

 1970年4月14日午前0時15分ごろ、兵庫県城崎郡竹野町(現・豊岡市)切浜沖500メートル付近で、無灯火のまま動いている不審船を巡視船が発見した。巡視船が停船を命じたところ、時速20ノットで北方に逃走し、巡視船は300メートルほどまで接近して写真撮影をした。すると、突然、不審船から自動小銃で2、3回連射された。この「不審船発砲事件」は、海上保安庁が確認・公表している不審船事案では、1963年に次ぐ2番目の事例であるが、初の発砲事件だった。第85回で紹介したように、兵庫県竹野町沖では前年11月に工作船が目撃されており、竹野町の切浜は工作船の侵入ルートとなっている。

 不審船発砲事件から2カ月後(1970年6月)、党調査部の工作員である崔スンチョルが秋田県の男鹿半島から潜入した。

 戦前に愛知県に住んでいた崔スンチョルは、「松田忠男」と名乗って東京のゴム製造会社に就職し、同僚の未亡人(当時38歳)と同棲するようになった。1972年7月、崔スンチョルは東京・山谷で倒れていた小熊和也さん(当時34歳)を「背乗り」対象として入院させ、小熊さんの戸籍を使って、運転免許証やパスポートを取得した。崔スンチョルは1972年から3年間に、小熊和也名義の旅券でフランクフルト、パリ、香港、ソウルなど3回も海外渡航をしている。また、崔スンチョルは、内縁の妻と子供たちとともに家族旅行を装い、車で男鹿半島(1971年6月)、丹後半島〜宮津〜大阪(1972年8月)、熱海・伊豆大島(1973年1月)、能登半島(1976年8月)、四国〜九州(1980年夏)など、日本各地を偵察し、海岸線の様子などをカメラにおさめていた。

 崔スンチョルは、1974年5月23日、工作員に包摂した金仁錫を能登半島の宇出津海岸から脱出させ、半年後に日本に再潜入させ、北朝鮮で工作員教育を受けてきた金仁錫を、半年後の11月25日、宇出津海岸から再潜入させた。崔スンチョルは日本に帰国した金仁錫に対し、小熊和也さんの拉致(1974年12月)を命じた。しかし、拉致が実行される前に、小熊さんは結核を悪化させて入院し、1976年7月に病院で死亡したため、以後、崔スンチョルは小熊和也名義のパスポートが使えなくなった。

 金正日による大検閲のため、1976年、崔スンチョルは召還命令を受け、秋に日本から密出国して、北朝鮮に帰国した。その後、日本に再潜入した崔スンチョルは、1978年7月31日、新潟県柏崎市の海岸で奥土祐木子さんとデートしていた蓮池薫さんに、「煙草の火を貸してくれと」と声をかけた後、2人を拉致したことが、被害者である蓮池薫さん自身の証言から明らかになっている。

 崔スンチョルは、東京都足立区西新井にアパートを借りたが、そのときの保証人は補助工作員の宮本明(本名・李京雨)だった。その後、崔スンチョルは小住健蔵さんと知り合い、1980年6月5日、小住健蔵名義の運転免許証を取得し、6月16日には小住健蔵名義のパスポートを取得した。小住健蔵さんの消息は1961年以来確認されていないが、崔スンチョルが「背乗り」した時点で北朝鮮に拉致されたことは疑いない。崔スンチョルは小住健蔵として1983年までの間に、香港、マレーシア、タイ、西ドイツ、韓国など6回も海外渡航し、1983年2月4日、マレーシアに出国して以降、行方不明となっている(その後の警察の調べで2004年までは北朝鮮にいたことが判明)。1985年3月1日、警視庁は崔スンチョルの補助工作員だった金仁錫を逮捕(西新井事件)したが、崔スンチョルは「朴先生」と呼ばれている正体不明の男とされていたのだった。(つづく)







関連サイト

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[第36回]対日工作員は朝鮮戦争中でも養成され日本に潜入していた
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[第38回]クーデター発覚によって廃止させられた金剛学院
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[第39回]朝鮮戦争後に組織改編された対南工作機関
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[第40回]1950年代に日本に潜入していた工作員は内務省所属
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[第41回]朝鮮戦争直後の拉致の疑いが濃厚な「特定失踪者」
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[第42回]朝鮮総連の誕生直後に工作員に包摂された在日朝鮮人
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[第50回]1961年9月の第4回党大会以後に誕生した南朝鮮総局
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[第51回]南朝鮮総局の傘下に入った党連絡部、党文化部、党調査部
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[第52回]1950年代半ばに対日工作員の日本潜入方式を確立
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[第53回]戦前に日本で生活した経験者を対日工作員として徴用
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[第54回]対南工作機関は「対南事業総局」と改称されて規模を拡大
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[第55回]社会安全省と人民軍偵察局の対南工作活動も強化された
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[第56回]北朝鮮から届いた写真の人物は加瀬テル子さんだった
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[第57回]潜入工作員が密航者だと警察に偽装自首する手法も登場
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[第58回]工作員のゴムボート使用とピストル武装が初めて確認された能代事件
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[第59回]寺越事件の家族を訪朝時に迎えたのは工作機関の党連絡部日本課長
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[第60回]寺越事件の犯人は清津連絡所のベテラン戦闘員だった呉求鎬
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[第61回]寺越武志さんをかばって抵抗し射殺された寺越昭二さん
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[第64回]1964年8月に摘発された韓国の「人民革命党事件」は真相不明
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[第65回]韓国軍によって初めて捕獲された人民軍偵察局の小型潜水艇
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[第67回]粛清騒動で対南事業総局は解体され対南工作担当書記を新設
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[第68回]金日成が最高人民会議で言及した韓国内のスパイ組織
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[第69回]半島統一を目指して1967年に再編された第124軍部隊
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[第70回]日本の官公庁を震撼させた総連工作員の「外務省スパイ事件」
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[第71回]北朝鮮の対南工作活動を在日朝鮮人密輸組織が支援
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[第72回]「青瓦台を襲撃し、朴正煕の首を取れ」と命令された工作組
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[第73回]兵装転換に手間取りプエブロ号救出に間に合わなかったF4ファントム
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[第81回]対南工作の失敗を口実に軍部強硬派を粛清した金日成
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[第82回]日本に密航して大学院修了後にスパイとなった韓国人
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[第89回]偵察局の工作員養成機関であることが明らかになった第198軍部隊
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[第95回]工作員専用の915病院で目撃された日本人拉致被害者
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[第97回]訪日韓国人が多数包摂されていた「鬱陵島拠点間諜団事件」
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[第98回]李厚洛KCIA前情報部長の拉致を命じた金日成
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[第99回]遠隔操作で朴正煕大統領を爆殺する装置を新たに開発
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[第100回]在日韓国人を包摂し大統領狙撃犯に仕立て上げた朝鮮総連
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[第101回]工作員の証言で新たに判明した日本人拉致被害者
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[第102回]日本人化教育の教官獲得のため拉致を定式化させた金正日
http://www.bnn-s.com/news/08/10/081028153758.html

[第103回]すべての活動は金正日の「唯一指導体系」に対する忠誠心競争
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[第104回]小泉首相に「特殊機関の一部が恣意的に拉致した」と答えた金正日
http://www.bnn-s.com/news/08/11/081104123642.html

[第105回]帰国して子供たちと再会した後も口を開かない拉致被害者たち
http://www.bnn-s.com/news/08/11/081105145221.html

[第106回]曽我さん親子を拉致した女工作員の弟は有名なバイオリニスト
http://www.bnn-s.com/news/08/11/081110143107.html

[第107回]横田めぐみさん以前に日本人拉致はなかったとする金正日
http://www.bnn-s.com/news/08/11/081111100606.html

[第108回] 北朝鮮の説明から読み取る日本人拉致被害者の所属機関
http://www.bnn-s.com/news/08/11/081114154336.html

[第109回]平壌で一時期共同生活をしていためぐみさんと曽我さん
http://www.bnn-s.com/news/08/11/081117154502.html






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