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独裁者の秘密を徹底検証 ドキュメンタリー金正日 第96回


 
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| 左上は、高大基・渡辺秀子夫妻の貴重なショット(撮影年月不明)。右上は渡辺秀子さん。中段は北朝鮮に拉致された長女の敬美ちゃん(左)と剛くん(中央)。中段右は、敬美ちゃんと剛くんの姉弟が遊んでいるスナップ写真。下段左は、敬美ちゃんを抱く渡辺秀子さん。北朝鮮の在日工作員だった夫の高大基は、本国に召還される前に、渡辺さんに1200万円の小切手を渡して、「北海道に家を建てて親子3人で暮らすように」と告げたという。1973年6月に高大基は突然姿を消したため、渡辺秀子さんが夫の消息を尋ね歩くことによって、工作活動が明るみになることを恐れた洪寿恵(下段右の顔写真。その後結婚し木村陽子として日本国籍を取得)は、渡辺母子3人を北朝鮮に送ろうとしたが失敗した。その直後、洪寿恵は独断で渡辺秀子さんを殺害し、1974年6月に渡辺さんの子供2人を北朝鮮に拉致した。洪寿恵は「遺体は橋の上から投げ捨てた」と平然と語るような女だったという。20047年4月12日、 警察庁は敬美・剛の姉弟を「北朝鮮による拉致被害者と断定した」と正式発表した。しかし、姉弟は朝鮮籍のため、日本国民であることが要件となる拉致被害者支援法に基づく「被害者」の認定基準には該当せず、拉致被害者と認定されてはいない |
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第3部 独裁者・金正日権力の源泉
第1章 党の謀略機関を掌握し拉致工作を定式化
[第96回] 渡辺秀子さん殺害と子供2人の拉致を指示した女性工作員
1973年12月、渡辺秀子さんは北海道帯広市に住む両親に「今、大阪の友達のところにいるが、お正月には埼玉に帰る」と電話したのを最後に、家族との連絡が途絶えた。
北海道・釧路で生まれた渡辺秀子さん(1941年6月5日生)は、18歳で親元を離れ、紋別市のスナックで働いていたとき、14歳年上で翻訳業をしているという在日朝鮮人の高大基と知り合い、1966年に2人は埼玉県上福岡市(現・ふじみ野市)に移り住んだ。1967年3月に2人は結婚し、4月10日に長女の敬美ちゃんが生まれ、1970年6月29日には長男の剛くんが誕生し、子供たちは父親の朝鮮籍に入った。
愛知県生まれの高大基は、日本人名で北海道の自衛隊の学校に通っていたことがあるといわれ、在日工作員として北海道で自衛官たちと接触して、軍事情報を収集していた。
1971年6月、朝鮮総連の第1副議長だった金炳植は、朝鮮労働党文化部(党統一戦線部の前身)の指示によって、工作活動のカバー会社「ユニバース・トレーディング」を設立した。知人の日本人が表向きの社長となり、金炳植の腹心だった高大基を専務取締役とした。ユニバース社は東京・品川区五反田駅近くのテナントビル「TOC」内にオフィスを置き、鉱石、非鉄金属、機械、医療器具などの輸出入と販売を業務とする商社だった。
しかし、ユニバース社の社員約30人のうち、営業1部の10人前後は在日朝鮮人を中心とした在日工作員で、近くのアパートで集団生活をしていた。彼らの指導工作員が高大基で、ユニバース社を隠れ蓑にして日本各地で“営業”と称し、自衛隊や在日米軍の情報を収集していた。
当時の朝鮮総連内部には韓徳銖議長と金炳植第1副議長の権力争いがあったが、金炳植は本国からの召還命令によって、1972年10月に北朝鮮に渡ったのを最後に、日本に戻ることは許されなかった。韓徳銖による金炳植の粛清のあおりを受けて、金炳植派だった高大基も本国に召還され、1973年6月、妻に何も告げずに北朝鮮に脱出した。
夫が突然に失踪したため、渡辺秀子さんは夫の行方を追って、ユニバース社の周辺を探し歩いた。そのとき、女が渡辺さんに接触して「高大基はもう帰らない」と告げ、実家の北海道に帰るよう促した。渡辺さんに接触した女は、ユニバース社の取締役で、高大基の秘書的な立場の洪寿恵だった。1947年11月、長野県茅野市で生まれた洪寿恵は、地元の高校を卒業した後、朝鮮総連の奨学金で東京の私立大学の英文科に進学した。大学時代は在日朝鮮人学生でつくる「在日本朝鮮留学生同盟(留学同)」と親交を深め、大学を中退してユニバース社に入社した。洪寿恵はユニバース社では、在日工作員として活動していた。
高大基が本国に召還された後、洪寿恵は組織運営の指示を仰ぐため、工作船で北朝鮮に渡った。日本に戻ってきた洪寿恵は「党幹部になったので、今後は私の指示に従ってもらう」とユニバース社の在日工作員たちに宣言した。
洪寿恵はユニバース社が工作活動の偽装会社であることが明るみになることを恐れ、北海道の実家から埼玉に戻っていた渡辺秀子さんに、「夫のいる北朝鮮に送ってあげる」と持ちかけて親子3人を誘い出し、1973年11月頃、目黒区下目黒清水台にあるマンションに監禁した。11月中旬、洪寿恵は部下の工作員を欧州の北朝鮮の出先機関に派遣して、親子3人の処置の指示を仰いだ結果、「3人を北朝鮮に連れてくるように」という回答を得た。
洪寿恵はラジオによるA3指令を受け、1974年3月、北朝鮮に送り出すために親子3人を福井県小浜市に連れて行った。3月10日の夜、渡辺秀子さんは「福井からかけている」と北海道に住む友人に電話したが、話し始めてすぐに誰か何かを言った気配で、電話は切れてしまった。電話からは、船の汽笛のような音が聞こえたという。
この時は天候不良のため、迎えの工作船との「接線」に失敗し、親子3人は東京都内に連れ戻された。半年たっても北朝鮮への渡航が実現しないことに苛立っていた渡辺さんに洪寿恵は激高して、本国の指示に背いて独断で、渡辺さん殺害を配下の工作員に命じた。
1974年4月、洪寿恵は「小林ななえ」名義の旅券を使って、羽田空港から欧州経由で北朝鮮に渡り、2人の子供に関する指示を得て、5月中旬に日本に帰国した。洪寿恵は社内の工作員で日本に帰化した男と相談し、「留学同」の後輩の女に子供の世話役を命じ、渡辺さん殺害にも関与した男に子供たちを福井県まで車で運ぶよう指示した。この運転手役の男は、「子どもに眠り薬を飲ませたのに、途中で起きてびっくりした」と話していたという。
6月中旬の夜10時、福井県小浜市岡津の「大きな2つの岩」が目印の地点で、工作船の案内員との「接線」に成功し、2人の子供の世話役の女も工作船に同乗して、北朝鮮に渡った。女はその後日本に帰国して、「子供が船酔いで大変だった。北朝鮮に渡ってから子供の親と勘違いされた」などと話していたという。
洪寿恵は1977年に社内の日本に帰化した男と結婚し、「木村陽子」という日本人となった。1978年11月、ユニバース社は突然、営業を停止し(1984年に正式に解散)、「木村陽子」は1979年5月に羽田空港から出国し、以後、北朝鮮で暮らしている。(つづく) 






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[第34回]対南工作を実施した人民軍最高司令部直属の526軍部隊
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[第35回]国内派(南労党)の牙城だった工作員養成機関「金剛学院」
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[第38回]クーデター発覚によって廃止させられた金剛学院
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[第39回]朝鮮戦争後に組織改編された対南工作機関
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[第40回]1950年代に日本に潜入していた工作員は内務省所属
http://www.bnn-s.com/news/08/04/080424163248.html

[第41回]朝鮮戦争直後の拉致の疑いが濃厚な「特定失踪者」
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[第42回]朝鮮総連の誕生直後に工作員に包摂された在日朝鮮人
http://www.bnn-s.com/news/08/05/080425111726.html

[第43回]国家情報委員会と内閣情報総局は実在していたのか
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[第50回]1961年9月の第4回党大会以後に誕生した南朝鮮総局
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[第51回]南朝鮮総局の傘下に入った党連絡部、党文化部、党調査部
http://www.bnn-s.com/news/08/05/080528154511.html

[第52回]1950年代半ばに対日工作員の日本潜入方式を確立
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[第53回]戦前に日本で生活した経験者を対日工作員として徴用
http://www.bnn-s.com/news/08/06/080602134634.html

[第54回]対南工作機関は「対南事業総局」と改称されて規模を拡大
http://www.bnn-s.com/news/08/06/080605142340.html

[第55回]社会安全省と人民軍偵察局の対南工作活動も強化された
http://www.bnn-s.com/news/08/06/080610144708.html

[第56回]北朝鮮から届いた写真の人物は加瀬テル子さんだった
http://www.bnn-s.com/news/08/06/080612144021.html

[第57回]潜入工作員が密航者だと警察に偽装自首する手法も登場
http://www.bnn-s.com/news/08/06/080616154311.html

[第58回]工作員のゴムボート使用とピストル武装が初めて確認された能代事件
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[第59回]寺越事件の家族を訪朝時に迎えたのは工作機関の党連絡部日本課長
http://www.bnn-s.com/news/08/06/080620105823.html

[第60回]寺越事件の犯人は清津連絡所のベテラン戦闘員だった呉求鎬
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[第61回]寺越武志さんをかばって抵抗し射殺された寺越昭二さん
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[第65回]韓国軍によって初めて捕獲された人民軍偵察局の小型潜水艇
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[第67回]粛清騒動で対南事業総局は解体され対南工作担当書記を新設
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[第68回]金日成が最高人民会議で言及した韓国内のスパイ組織
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[第69回]半島統一を目指して1967年に再編された第124軍部隊
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[第70回]日本の官公庁を震撼させた総連工作員の「外務省スパイ事件」
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[第71回]北朝鮮の対南工作活動を在日朝鮮人密輸組織が支援
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[第72回]「青瓦台を襲撃し、朴正煕の首を取れ」と命令された工作組
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[第73回]兵装転換に手間取りプエブロ号救出に間に合わなかったF4ファントム
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[第74回]瀕死の韓国人捕虜の前で自白を強要されたプエブロ号の艦長
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[第78回]朝鮮総連の活動家も工作員教育のため工作船で北朝鮮に
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[第93回]人民軍偵察員から党調査部の工作員に移籍された辛光洙
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[第94回]船外機付きゴムボートの侵入が初めて確認された「温海事件」
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[第95回]工作員専用の915病院で目撃された日本人拉致被害者
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[第97回]訪日韓国人が多数包摂されていた「鬱陵島拠点間諜団事件」
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[第99回]遠隔操作で朴正煕大統領を爆殺する装置を新たに開発
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[第104回]小泉首相に「特殊機関の一部が恣意的に拉致した」と答えた金正日
http://www.bnn-s.com/news/08/11/081104123642.html

[第105回]帰国して子供たちと再会した後も口を開かない拉致被害者たち
http://www.bnn-s.com/news/08/11/081105145221.html

[第106回]曽我さん親子を拉致した女工作員の弟は有名なバイオリニスト
http://www.bnn-s.com/news/08/11/081110143107.html

[第107回]横田めぐみさん以前に日本人拉致はなかったとする金正日
http://www.bnn-s.com/news/08/11/081111100606.html

[第108回] 北朝鮮の説明から読み取る日本人拉致被害者の所属機関
http://www.bnn-s.com/news/08/11/081114154336.html

[第109回]平壌で一時期共同生活をしていためぐみさんと曽我さん
http://www.bnn-s.com/news/08/11/081117154502.html






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