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独裁者の秘密を徹底検証 ドキュメンタリー金正日 第109回


 
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| 写真は、グーグルアースの衛星写真で見る金正日政治軍事大学の全景で、小泉首相が訪朝した際に車で往復した道路が左側にある。2004年5月、北朝鮮が日本側に提出した3枚の横田めぐみさんの写真のうち1枚(ピンクで囲んだ写真)は、大学構内にある出版社近くの駐車場で撮影されたものであることが、安明進証言によって判明している。安明進氏は大学内でめぐみさんを見たときの状況を私に話してくれたが、同じ話が手記に書かれている。「ある日、昼食を終えて食堂〔学生用〕を出てきた私たちは、数人でかたまってタバコをふかしながらしゃべっていたが、ふと見ると、教官たちが通っていた小高い道を彼女〔めぐみさん〕と他の日本人女性〔加藤久美子さん〕が歩いていた。彼女たちは一緒に食堂〔教官用〕にやって来るところだった。本校ではあまり女性と接する機会がないので、学生たちは彼女たちに声をかけたがっていた。<略>同級生の1人が何か挨拶をしたかったのか、いきなり『コンバンハ、食事をおいしく召し上がってください』と大声で言った。昼食時間なのに『コンバンハ』と言った彼に、私たちは声をあげて笑い転げた。<略>私たちに知らんぷりしようとしていた彼女たちも、彼の『コンバンハ』という挨拶には驚いたようだった」(『北朝鮮拉致工作員』147頁) |
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第3部 独裁者・金正日権力の源泉
第1章 党の謀略機関を掌握し拉致工作を定式化
[第109回] 平壌で一時期共同生活をしていためぐみさんと曽我さん
「私たちの班の担当教官は11期の丁順権。彼は清津連絡所の所属で、横田めぐみさんを拉致した実行犯だった。丁教官は日本人を『拉致した経験が2度ある』と語っていた。『1人は年を取った男。もう1人の女性(めぐみさん)は、この大学で教官をしている。拉致したころは幼かったが、今はきれいになった。学内行事があるときにでも、どの人間か教えてやる』彼は私たちにそう言った」(『新証言・拉致』117頁)
金正日政治軍事大学の25期生だった安明進氏は、大学の先輩で、横田めぐみさんの拉致実行犯である丁教官から聞いた話を、以上のように書いている。
1988年10月9日、朝鮮労働党創建記念日の前日、大学の大講堂に学生と教官が全員集まり、記念行事がおこなわれた。
「会場に入ると、丁教官が私たちに近づいてきて囁いた。『以前話した日本人の女はあれだ。私が1970年代の後半に新潟から拉致してきた』見ると、ひときわきれいな女性で、すぐに印象に残った。また、行事の後、教官と学生の間でめぐみさんについてこんな会話があった。『彼女は18歳の頃と、そのあと1回、合計2回、精神病で915病院に入院したことがある』」(『新証言・拉致』118頁)
丁順権証言によれば、めぐみさんは1982年頃(18歳頃)と1988年までの間の2回、工作員専用の915病院に入院したことがあったという。北朝鮮側は「18歳頃から精神的に不安定であったということについても根拠はない。結婚後、娘を産むまで精神的な所見はなかった」と説明し、1993年3月13日に自殺したと日本側に伝えた。しかし、2004年になって、めぐみさんは「1993年4月29日から6月3日」と「1993年8月3日から9月21日」の2回、695病院に入院したことがある、と大幅に説明を変え、死亡日も1994年4月13日と訂正した。北朝鮮が公表した695病院は、金正日政治軍事大学校内にある診療所で、「死亡確認書」を偽造したところだが、長期入院するような施設ではない。
金正日は、拉致事件のシンボル的存在である横田めぐみさんを「精神を病んで自殺」したことにして、拉致を認め謝罪すれば、拉致被害者の救出運動は終息すると考えていたに違いない。北朝鮮は、拉致を認めたにもかかわらず、日本の世論と救出運動はさらに高まったため、めぐみさんの娘である金ウンギョンちゃん(当初はヘギョンと名乗らされていた)をフジテレビに出演させ、祖父母への訪朝を呼びかけさせる演出によって、横田滋・早紀江夫妻の心を揺さぶる作戦に出た。しかし、可愛い孫に会いに平壌に行けば、金正日の術策に陥るだけと看破した横田夫妻は、心を鬼にして孫に会いに行くのを断念したのだった。
2002年10月に帰国した5人は、北朝鮮の内実についてはあまり多くを語っていないが、「救う会」関係者によれば、めぐみさんの情報だけはよく話したという。
一方、曽我ひとみさんの場合は、日本側が把握しておらず、母親の拉致も明るみになるはずなのに、拉致被害者として敢えて公表したのは、拉致直後にめぐみさんと親しい間柄になったからだと考えられる。
13歳で拉致された孤独なめぐみさんは、「朝鮮語を覚えれば、お母さんのところに帰してやる」と言われ、一生懸命に勉強していた。拉致されてから1年ほどした1978年8月18日、6日前に拉致されたばかりの曽我さんが平壌の招待所に現われた。初対面のめぐみさんは「にっこり笑って迎えてくれた」と曽我さんは証言している。招待所でジュースを飲んだり食事をしているうちに、2人は打ち解けて親しく話し合うようになった。その夜、足を引きずっていた曽我さんに、めぐみさんが「どうしたの」と聞いたのをきっかけに、曽我さんは拉致されたことを打ち明けた。すると、めぐみさんも「バドミントン部の練習の帰りに、家の近くの曲がり角で男の人に捕まえられ、すぐそばの空き地に連れて行かれた」と語ったという。2人は「本当に怖かったね」「すごく恐ろしかった」と囁き合いながら、眠りについた。
それから2人は、平壌の招待所で共同生活を始め、朝鮮語を一緒に勉強した。曽我さんの拉致実行犯である金ミョンスクが、2人の指導員として4カ月間一緒に過ごした。1978年12月、「2人ともその招待所を出て、別々になりました。その後3カ月ほど1人でいました。転々とある招待所を少しずつの期間で移動しました」と曽我さんは語っている。
翌1979年、曽我さんはめぐみさんと再会した。「とても懐かしがっていました。この時は7カ月間一緒にいました」(曽我証言)。その間、めぐみさんの拉致を指揮した指導工作員の辛光洙が、2人に朝鮮語と主体思想などを教えて、たまに数学や物理なども教授した。めぐみさんと曽我さんは招待所という閉鎖空間のなかで、卓球やバドミントン、バレーボールなどを楽しむこともあったという。(つづく) 






関連サイト

[第1回]「首相さまのご子息」は異例のスピード出世
http://www.bnn-s.com/news/08/01/071229132624.html

[第2回]金正日の権力基盤として新設された秘密警察
http://www.bnn-s.com/news/08/01/071229134648.html

[第3回]「唯一指導体系」で自分への絶対忠誠を要求した金正日
http://www.bnn-s.com/news/08/01/071229140619.html

[第4回]1975年までの対南工作を「零点」と酷評した金正日
http://www.bnn-s.com/news/08/01/080108102702.html

[第5回]謀略機関を完全掌握し権力基盤を構築した金正日
http://www.bnn-s.com/news/08/01/080109093715.html

[第6回]朝鮮解放から1年足らずで拉致を指令した金日成
http://www.bnn-s.com/news/08/01/080115093645.html

[第7回]「与えられた解放」による「上からの革命」
http://www.bnn-s.com/news/08/01/080117200341.html

[第8回]「金日成将軍歓迎大会」にすり替えられたソ連軍歓迎市民大会
http://www.bnn-s.com/news/08/01/080118093436.html

[第9回]満洲パルチザン派とソ連派が開設した「平壌学院」
http://www.bnn-s.com/news/08/01/080125090917.html

[第10回]金日成が新設した党幹部養成機関「党熱誠者学校」
http://www.bnn-s.com/news/08/01/080125112515.html

[第11回]非業の死を遂げた民族派キリスト教徒の★晩植
http://www.bnn-s.com/news/08/01/080125153845.html

[第12回]北朝鮮臨時人民委員会の委員長に就任した金日成
http://www.bnn-s.com/news/08/02/080201113144.html

[第13回]金日成を北朝鮮の指導者に決めたスターリン
http://www.bnn-s.com/news/08/02/080205102242.html

[第14回]ソ連占領軍が描いたシナリオで動いた金日成
http://www.bnn-s.com/news/08/02/080207094742.html

[第15回]1947年2月、金日成が北朝鮮人民委員会の委員長に就任
http://www.bnn-s.com/news/08/02/080210114804.html

[第16回]朝鮮人民軍の原型が整ったのは解放から2年後だった
http://www.bnn-s.com/news/08/02/080212164249.html

[第17回]2つあった対南工作員を養成する専門教育機関
http://www.bnn-s.com/news/08/02/080213152202.html

[第18回]正規軍は「北朝鮮人民軍」ではなく「朝鮮人民軍」と命名
http://www.bnn-s.com/news/08/02/080220101301.html

[第19回]民族保衛省と内務省に対南工作部署が確立される
http://www.bnn-s.com/news/08/02/080220154303.html

[第20回]北朝鮮の長い国名はロシア語案を誤訳したものである
http://www.bnn-s.com/news/08/02/080226132305.html

[第21回]北朝鮮工作員が最初に日本に潜入したのは1949年
http://www.bnn-s.com/news/08/03/080226160622.html

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http://www.bnn-s.com/news/08/03/080227162644.html

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[第27回]開戦初日に部隊間の通信が途絶した朝鮮人民軍
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[第28回]金日成の戦争目的のひとつは50万人の韓国人大量拉致だった
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[第29回]朝鮮戦争当時に大量拉致された韓国人の実態の分析
http://www.bnn-s.com/news/08/03/080324134737.html

[第30回]韓国から拉致した李升基博士は北朝鮮の“核開発の父”となった
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[第31回]朝鮮戦争参戦を決断した毛沢東
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[第32回]一時は金日成に対して亡命を勧告したスターリン
http://www.bnn-s.com/news/08/04/080331174923.html

[第33回]朝鮮戦争中に拉致され北朝鮮工作員となった韓国人の証言
http://www.bnn-s.com/news/08/04/080405174932.html

[第34回]対南工作を実施した人民軍最高司令部直属の526軍部隊
http://www.bnn-s.com/news/08/04/080408090309.html

[第35回]国内派(南労党)の牙城だった工作員養成機関「金剛学院」
http://www.bnn-s.com/news/08/04/080409154755.html

[第36回]対日工作員は朝鮮戦争中でも養成され日本に潜入していた
http://www.bnn-s.com/news/08/04/080414151453.html

[第37回]朝鮮戦争中にソ連派重鎮の粛清に成功した金日成
http://www.bnn-s.com/news/08/04/080416172756.html

[第38回]クーデター発覚によって廃止させられた金剛学院
http://www.bnn-s.com/news/08/04/080418143420.html

[第39回]朝鮮戦争後に組織改編された対南工作機関
http://www.bnn-s.com/news/08/04/080422120517.html

[第40回]1950年代に日本に潜入していた工作員は内務省所属
http://www.bnn-s.com/news/08/04/080424163248.html

[第41回]朝鮮戦争直後の拉致の疑いが濃厚な「特定失踪者」
http://www.bnn-s.com/news/08/04/080425101500.html

[第42回]朝鮮総連の誕生直後に工作員に包摂された在日朝鮮人
http://www.bnn-s.com/news/08/05/080425111726.html

[第43回]国家情報委員会と内閣情報総局は実在していたのか
http://www.bnn-s.com/news/08/05/080502105451.html

[第44回]金日成に対する個人崇拝を史上初めて公然と批判した尹公欽
http://www.bnn-s.com/news/08/05/080507122026.html

[第45回]粛清を繰り返して完成させた金日成の「首領独裁制」
http://www.bnn-s.com/news/08/05/080508163634.html

[第46回]1950年代後半に対南工作を担当した3大機関の実態
http://www.bnn-s.com/news/08/05/080514094740.html

[第47回]北朝鮮に拉致された後に粛清された「入北者」たち
http://www.bnn-s.com/news/08/05/080517111443.html

[第48回]南派工作員が関与していた4・19学生革命の始まり
http://www.bnn-s.com/news/08/05/080520171414.html

[第49回]「赤化統一」を未然に防いだ朴正煕少将の5・16軍事クーデター
http://www.bnn-s.com/news/08/05/080523104452.html

[第50回]1961年9月の第4回党大会以後に誕生した南朝鮮総局
http://www.bnn-s.com/news/08/05/080526143802.html

[第51回]南朝鮮総局の傘下に入った党連絡部、党文化部、党調査部
http://www.bnn-s.com/news/08/05/080528154511.html

[第52回]1950年代半ばに対日工作員の日本潜入方式を確立
http://www.bnn-s.com/news/08/06/080601145544.html

[第53回]戦前に日本で生活した経験者を対日工作員として徴用
http://www.bnn-s.com/news/08/06/080602134634.html

[第54回]対南工作機関は「対南事業総局」と改称されて規模を拡大
http://www.bnn-s.com/news/08/06/080605142340.html

[第55回]社会安全省と人民軍偵察局の対南工作活動も強化された
http://www.bnn-s.com/news/08/06/080610144708.html

[第56回]北朝鮮から届いた写真の人物は加瀬テル子さんだった
http://www.bnn-s.com/news/08/06/080612144021.html

[第57回]潜入工作員が密航者だと警察に偽装自首する手法も登場
http://www.bnn-s.com/news/08/06/080616154311.html

[第58回]工作員のゴムボート使用とピストル武装が初めて確認された能代事件
http://www.bnn-s.com/news/08/06/080617165828.html

[第59回]寺越事件の家族を訪朝時に迎えたのは工作機関の党連絡部日本課長
http://www.bnn-s.com/news/08/06/080620105823.html

[第60回]寺越事件の犯人は清津連絡所のベテラン戦闘員だった呉求鎬
http://www.bnn-s.com/news/08/06/080623170504.html

[第61回]寺越武志さんをかばって抵抗し射殺された寺越昭二さん
http://www.bnn-s.com/news/08/06/080627100012.html

[第62回]1日に2カ所同時に工作船を派遣できるようになった北朝鮮
http://www.bnn-s.com/news/08/07/080630160536.html

[第63回]工作船による潜入状況が具体的に明らかになった神田事件
http://www.bnn-s.com/news/08/07/080702103743.html

[第64回]1964年8月に摘発された韓国の「人民革命党事件」は真相不明
http://www.bnn-s.com/news/08/07/080707154621.html

[第65回]韓国軍によって初めて捕獲された人民軍偵察局の小型潜水艇
http://www.bnn-s.com/news/08/07/080708163242.html

[第66回]党中央委員会委員長に代わって党総書記が新設された理由
http://www.bnn-s.com/news/08/07/080712163232.html

[第67回]粛清騒動で対南事業総局は解体され対南工作担当書記を新設
http://www.bnn-s.com/news/08/07/080714155349.html

[第68回]金日成が最高人民会議で言及した韓国内のスパイ組織
http://www.bnn-s.com/news/08/07/080717163402.html

[第69回]半島統一を目指して1967年に再編された第124軍部隊
http://www.bnn-s.com/news/08/07/080722131318.html

[第70回]日本の官公庁を震撼させた総連工作員の「外務省スパイ事件」
http://www.bnn-s.com/news/08/07/080723153431.html

[第71回]北朝鮮の対南工作活動を在日朝鮮人密輸組織が支援
http://www.bnn-s.com/news/08/07/080728135238.html

[第72回]「青瓦台を襲撃し、朴正煕の首を取れ」と命令された工作組
http://www.bnn-s.com/news/08/08/080730101123.html

[第73回]兵装転換に手間取りプエブロ号救出に間に合わなかったF4ファントム
http://www.bnn-s.com/news/08/08/080801175105.html

[第74回]瀕死の韓国人捕虜の前で自白を強要されたプエブロ号の艦長
http://www.bnn-s.com/news/08/08/080805100000.html

[第75回]金日成に工作員として高く評価された統一革命党の金鐘泰
http://www.bnn-s.com/news/08/08/080808152152.html

[第76回]1度の浸透では朝鮮戦争以来最大規模の蔚珍・三陟侵入事件
http://www.bnn-s.com/news/08/08/080810174231.html

[第77回]在日朝鮮人の大学生も工作船で北朝鮮に渡っていた
http://www.bnn-s.com/news/08/08/080812135842.html

[第78回]朝鮮総連の活動家も工作員教育のため工作船で北朝鮮に
http://www.bnn-s.com/news/08/08/080818142024.html

[第79回]体をゴムボートに縛りつけられて工作船から投げ出された工作員
http://www.bnn-s.com/news/08/08/080819161153.html

[第80回]日本人戸籍を入手し「背乗り」して真正旅券を不正に取得
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[第81回]対南工作の失敗を口実に軍部強硬派を粛清した金日成
http://www.bnn-s.com/news/08/08/080826174728.html

[第82回]日本に密航して大学院修了後にスパイとなった韓国人
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[第83回]工作員教育の一環として1970年代初めまでに取り入れられた海外研修
http://www.bnn-s.com/news/08/09/080901164547.html

[第84回]煙草のチェリーの箱のなかの1本から発見された小さな乱数表
http://www.bnn-s.com/news/08/09/080903180511.html

[第85回]1960年代末の特定失踪者は6人全員が10代後半の青年
http://www.bnn-s.com/news/08/09/080908145146.html

[第86回]1969年11月の会議で日本人拉致の必要性を述べた金日成
http://www.bnn-s.com/news/08/09/080910160157.html

[第87回]北朝鮮に拿捕された韓国漁船の乗組員を工作員として教育
http://www.bnn-s.com/news/08/09/080912152639.html

[第88回]潜入工作員と出迎える在日工作員がトランシーバーで連絡
http://www.bnn-s.com/news/08/09/080917100511.html

[第89回]偵察局の工作員養成機関であることが明らかになった第198軍部隊
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[第90回]高速で逃げ去る際に爆発音に似た巨大な音を出す工作船
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[第91回]佐渡島宿根木の岩陰で工作員の潜入を待ち構えていた捜査員たち
http://www.bnn-s.com/news/08/09/080924163409.html

[第92回]韓国中央情報部(KCIA)を模倣した国家政治保衛部の誕生
http://www.bnn-s.com/news/08/09/080929144951.html

[第93回]人民軍偵察員から党調査部の工作員に移籍された辛光洙
http://www.bnn-s.com/news/08/10/080930150040.html

[第94回]船外機付きゴムボートの侵入が初めて確認された「温海事件」
http://www.bnn-s.com/news/08/10/081003105459.html

[第95回]工作員専用の915病院で目撃された日本人拉致被害者
http://www.bnn-s.com/news/08/10/081006163131.html

[第96回]渡辺秀子さん殺害と子供2人の拉致を指示した女性工作員
http://www.bnn-s.com/news/08/10/081010115346.html

[第97回]訪日韓国人が多数包摂されていた「鬱陵島拠点間諜団事件」
http://www.bnn-s.com/news/08/10/081014104524.html

[第98回]李厚洛KCIA前情報部長の拉致を命じた金日成
http://www.bnn-s.com/news/08/10/081015123805.html

[第99回]遠隔操作で朴正煕大統領を爆殺する装置を新たに開発
http://www.bnn-s.com/news/08/10/081020105201.html

[第100回]在日韓国人を包摂し大統領狙撃犯に仕立て上げた朝鮮総連
http://www.bnn-s.com/news/08/10/081021155348.html

[第101回]工作員の証言で新たに判明した日本人拉致被害者
http://www.bnn-s.com/news/08/10/081025092020.html

[第102回]日本人化教育の教官獲得のため拉致を定式化させた金正日
http://www.bnn-s.com/news/08/10/081028153758.html

[第103回]すべての活動は金正日の「唯一指導体系」に対する忠誠心競争
http://www.bnn-s.com/news/08/11/081030163315.html

[第104回]小泉首相に「特殊機関の一部が恣意的に拉致した」と答えた金正日
http://www.bnn-s.com/news/08/11/081104123642.html

[第105回]帰国して子供たちと再会した後も口を開かない拉致被害者たち
http://www.bnn-s.com/news/08/11/081105145221.html

[第106回]曽我さん親子を拉致した女工作員の弟は有名なバイオリニスト
http://www.bnn-s.com/news/08/11/081110143107.html

[第107回]横田めぐみさん以前に日本人拉致はなかったとする金正日
http://www.bnn-s.com/news/08/11/081111100606.html

[第108回]北朝鮮の説明から読み取る日本人拉致被害者の所属機関
http://www.bnn-s.com/news/08/11/081114154336.html

[第110回]曽我さんと別れたのちに田口八重子さんと同居していためぐみさん
http://www.bnn-s.com/news/08/11/081121163231.html

[第111回]韓国人拉致被害者と結婚し娘をもうけた横田めぐみさん
http://www.bnn-s.com/news/08/11/081125113702.html

[第112回]離婚後は重要な秘密機関に送られたと推測されるめぐみさん
http://www.bnn-s.com/news/08/11/081126144111.html






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