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女性の視点第3回 「もうへこたれることはありません」 伊藤純さんが語る性同一性障害 前編


12月10日(水) 12時35分
文:東  写真:東 



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伊藤純さん
 スカートをはけず、髪を伸ばせなかった「女の子」。

 空知管内栗山町在住の伊藤純さんは、2度の自殺を図るなど、幼少期から青春期までを複雑多感に過ごした。

 その理由は体(遺伝子)と心(頭)の性が一致しない「性同一性障害」。伊藤さんは花や指輪を大切にする女性だが、北海道のとある地方都市で男として生まれた。これまで多くの友人に励まされ、支えられてもきたが、苦難を乗り越えるまでには長い歳月を要した。

 以下、伊藤さんが語るこれまでの人生。

 −−男として生まれた伊藤さんが、自分の心を女性と感じ始めた時期は。

 伊藤 幼稚園時代は女の子と遊ぶ機会が多く、男の子は「仮面ライダーごっこ」など乱暴な遊びが多く、一緒に遊ぶことはできませんでした。

 私は父方の妹夫婦である養父母に育てられました。周りの女の子と同じような服を着たかったのですが、養父母からは2歳年下の実子の男の子(伊藤さんにとっては、いとこ)と同じく男らしい服を着せられました。養父母に育てられたので、反抗するような環境ではありませんでしたが、スカートをはく周りの女の子が羨ましかったことを覚えています。小学校の身体測定は男子と一緒になるので、嫌でしたし、恥ずかしくてTシャツも脱げませんでした。

 私は2年生から剣道同好会に入れられました。養父母はまだ私が男らしくなるだろうと考えていたらしく、剣道はさぼりながらも5年間続けました。

 小4からはクラブ活動が必修となり、私はバレーボールクラブに入りました。メンバーは女の子ばかりでした。この頃から養父は理容室に予約を入れ、私はスポーツ刈りにされていたので、髪を伸ばすことができず、「女の中に男が一人」と初めてからかわれて傷付きました。それでも女友達が私をからかった男子に「うらやましいんでしょ」とかばってくれました。小5の楽器クラブでも男友達から「男が一人」と言われました。小学校の6年間は、男友達にからかわれることはありましたが、いじめられるようなことはありませんでした。

 −−中学生になると、男子は学生服を着ることになります。

 伊藤 小学校を卒業して女友達と集まった時、みんなセーラー服を持ってきて楽しそうでした。私は(男子として過ごしていたため)セーラー服は持って行けません。これが初めて服装で(男女を)区別された時でした。

 私は中学生になっても女友達と遊んでいましたが、1年生の時、自分で決めてサッカー部に入りました。初恋の相手がいたので入部したのですが、やはりサッカーは下手でした。サッカー部は中学2年の1学期まで続けましたが、養父母が家を新築したため、転校することになりました。初恋の相手には何も言うことができず、ただそばに居たいという想いだけでした。

 幼稚園から中学校を転校するまで、私は自分のことを純(じゅん)と呼んでいました。しかし、転校後は誰も私のことを知らないので、純と呼ぶことを直さなければなりません。それでも「僕」や「俺」という言葉は使えず、その結果、自分のことを表す主語を抜かして話す癖が付いてしまったのです。だから私が話すと、友達からは「誰のことを話しているの」とよく尋ねられました。

 この頃、仲良くなった友達が「(自分のことを)俺と言った方がいいよ」とアドバイスしてくれました。ですから私は高校3年まで無理して自分のことを俺と呼んでいました。俺と呼ぶことは、自分が男であることを認めなければならないと思い詰めました。

 −−学校のトイレに行く時はどのようにしていましたか。

 伊藤 中学校には教室から離れた場所にほとんど誰も使わないトイレがありました。男友達にそのトイレまで行くのを付き合ってもらい、人がいないことを確認して個室に入っていました。こんな状況ですから、小学、中学とも修学旅行で(男子と)お風呂には入りませんでした。

 −−転校後の部活動は。

 伊藤 マネージャーはみんな女子でしたが、私はサッカー部のマネージャーになりました。この時も好きな男子がサッカー部にいたことが理由です。ただそばに居ることができればいいという気持ちです。

 ーー中学生時代に女子らしい活動をしたことはありますか。

 伊藤 校内の合唱コンクールでピアノの伴奏をしました。この時だけは、自分の感情を表現することができました。

 髪が伸びると養父母からは「床屋に行きなさい」と言われ、中学時代もずっとスポーツ刈りでした。私は指輪が好きでしたが、させてもらえるわけもなく、一人でいる時にこっそりと母(実母)の指輪をしてました。クリスマスに「指輪がほしい」と養父母にお願いしましたが、買ってもらえません。自家中毒になって、養父母がおもちゃの指輪を買ってくれると、ピッタリと自家中毒の症状が治まったほどです。

 中学生で声変わりと発毛があり、本当に苦しみました。喉仏が出ないよう、夜中にタオルで首を絞めたり、毛抜きで体毛を抜いていました。

 中編に続く。







関連サイト

中編
http://www.bnn-s.com/news/08/12/081211150052.html

後編
http://www.bnn-s.com/news/08/12/081212132037.html






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